第6話 放課後
放課後になり、皆が皆解放された面持ちで其々の場所へと赴く。やはり部活に向かう連中が一番活発で楽しげだ。
そんな中で一際有り余る元気を彷彿させている美佳と、それに続けと身支度を済ませるクラスメイト達に別れを告げ、僕は一路昇降口を目指す。
僕を含めても何げに帰宅部の総数は少ない。まあ、元々勉学よりも部活に熱い学校なのだ。そういった生徒が多い分、寧ろ当たり前と言った所だろう。
青春を往来する彼らを微笑みを持って見送り、さてと自分も教室を後にする。基本的に僕は一人で帰るのが主流だ。今までもそうだったしこれからもそうなる・・・はずだったのだが――
「ま、誠君」
「ん?ああ、峯浦さん」
振り向くと、峯浦さんが鞄を抱え歩み寄ってきたところだった。
それはともかく・・・
「・・・・・・・・・・・」
俄かに騒がしかった教室内が、突然水を打ったかのように静まり返ったのには正直呆れてしまう。ジッと此方を見詰める視線の数々を流し目に、峯浦さんに視線を戻した。
「あ、あの・・・」
モジモジと手先を絡ませ、頬を朱色に染めて俯く峯浦さん。きっと、そんな態度を取るから皆に誤解を招くのだ。どっからどう見ても、告白します的な雰囲気にしか見えない。
溜息を飲み込み辛抱強く待っていると、ようやく意を決した様子の峯浦さんが口を開いた。
「い、一緒に帰りませんか?」
そんなに恥ずかしいなら場所と相手を考えなさいな。と忠告したい気持ちを抑え、それよりも疑念が脳裏を先行した。
今までこのような誘いは皆無だったのだ。何か裏を考えてしまうのは当然というもの。しかし、考え込む僕の態度に、峯浦さんは不安を隠しきれず涙目で俯いてしまった。
「ダメ・・・ですか?」
「いやいやっ。そんな事ないよ全然オッケーだよ」
僕は自分を叱咤した。
馬鹿か、友達が一緒に帰りたいと言っているのにその裏を考えてしまうなんて、不毛過ぎる。
「うん。そうだね、一緒に帰ろうか、峯浦さん。」
「・・・!!。はいっ。」
笑顔で頷く峯浦さんを見て、ホッと一息つき、今度こそクラスを後にする。帯を引く視線は意識下から消すことにした。・・・唯一つを除いて。
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「・・・で、何で美佳までいるわけ?」
昇降口を過ぎ、僕は堪らず振り向いて尋ねた。
肩を震わせ、慌てて柱の影に隠れる小動物・・・じゃない、美佳を細目で見やる。観念したのか、「テへへ」と舌を出しつつ近付いて来た。教室から此処までこっそり付いて来ていたのだ。
「部活はどうしたの?」
「えっ!いやァ~まあ、ね。ノリで!」
「大会近いんじゃなかったっけ?」
「・・・・まこ。私を除け者にしようとしている?」
打って変わって涙目で主張して来る辺り、僕に対する対応を心得ているのか。それとも心から残念に思っているのか。まあ、美佳の事だから後者が有力的だ。
「そんな事ないよ。美佳がいいなら問題ない。寧ろ大歓迎だよ」
ともあれ、美佳に用事が無いのなら僕が拒否する理由も特にない。寧ろ心情的な面で見れば、話しやすい分プラスに働くのは自明の理だ。美佳は二つの言葉で応じた。
*
*
さて、成り行きかとうかはさて置き、昼のように再び三人で行動することになった。
昼での会話を通じて意気投合したのか、両サイドで聞こえる女の子同士の会話は楽しげだ。・・・さすがにもう、美少女二人に挟まれたこの状況にも慣れた。
――”たとえそれが望まぬ結果だとしても”――
そういえば、美佳もようやく人前を意識して、露骨に腕を組むのを自重したようだ。
場違いな安堵に包まれる僕を余所に、自然と流れる会話の流れは相変わらず。がしかし、時折聞き捨てならないフレーズが飛び交うのは正直勘弁してほしかった。
女の子の・・・その・・・ね?言葉に言い表すには躊躇われるので割愛させて頂く。
一応男子である僕もいることだし、そういった注意と認識を弁えてもらいたものだ。
・・・という終始気の休まらない下校であったが為、自宅を前にして思わず安堵の息を吐いてしまったのは致し方ないと言えよう。
「あの・・・お疲れですか?」
「ん?ああ、いや別に大丈夫だよ」
それに逸早く気づいた峯浦さんの気遣いに、僕は片手を振り笑顔で答える。
相変わらず相手を気遣い過ぎる峯浦さんに僕は思わず苦笑を漏らしてしまう。謙虚なのは良いことだが、峯浦さんはもう少し鷹揚があってもいいんじゃないかと思う。ま、それが彼女のパーソナリティーなのだろう。
「ていうか、もうついちゃいましたしね」
「え?・・・これが、誠君のご自宅ですか」
「そうだよ」
勝手知ったる他人の家、なのか美佳は既に玄関ポーチに立っていた。その場からの返答である(峯浦さんは美佳に質問したわけじゃないだけど)。峯浦さんが改めてしげしげと眺めている。
珍しくもない一戸建て、その外装は白く黒い枠組みで構成されている。モノクロ好きは親譲りかも・・・と納得できそうな統一感である。まあどうでも良い事である。
「天ヶ瀬さんは・・・誠君の家にはよく来るのですか?」
「うん。幼馴染だしね。最近はそうでもなかったけど」
と言いつつ既に玄関のノブに手を掛けている所を見るに、上がる気満々だ。だが、ある意味好都合だ。黄昏時のこの時間帯に女の子二人では心許無い。せめて峯浦さんのご自宅が僕より学校寄りであれば、後は美佳を送り届ければそれで済む話だったのだが。まあ峯浦さんの事だから、もしかして遠回りして此方に合わせている可能性も否めない。しかし、気安く「家はどこですか?」などと、女の子に尋ねる程僕は図太くない。加え、既に此処までの道のりで30分は食っている(寄り道せずにだ)。多少の休憩は欲しかった所。美佳が率先して僕の家に上がってくれるなら手間が省けるということだ。誘うのは勇気がいるし・・・、ここは美佳に便乗するとしよう。
「そうだ。ついでに峯浦さんも上がって行きます?」
「・・・・」
「あれ?峯浦さん?」
「・・・・・ふ」
「ふ?」
「ふええええッ!!」
「おお!?」
何だ?いきなり吃驚の声を上げる峯浦さんに此方がタジタジだ。見れば、峯浦さんの頬が見る見る内に赤く染まって行く。羞恥心故の赤面じゃないとすれば・・・一体?
「・・・す、すみません!あ、いえ別に嫌というわけではなくてですね。その・・・」
ここまで言われてようやく得心がいった。でも、ショックは隠しきれず呟く。
「僕って、そんなに野蛮に見えるのかな・・・」
「いえ!違います!」
「うわ!?」
今度は必要以上に迫って来た峯浦さんに驚く。思わず仰け反り手を前に翳し、
「そ、そんなに無理しなくてもい――」
「本当に!是非!お願い致します。」
「は、はあ・・・」
こう頭を下げて懇願されては是非もない。そもそも当初の目的は達成されたのだから満足すべきなのだろう。というわけで「では・・・」と促し、二人を連れ敷居を跨いだ。