一日目:運命的邂逅③
学校から僕の家までの帰り道には、少々大きな公園がある。
具体的に言うと、平日には暇を持て余したご老人達が日の当たるベンチで談笑し、休日には腹周りを気にしたお父さん達がジョギングに用いる程度には広い。
僕の登下校にはこの公園を通り抜けるのが一番の近道なので、特に運動嗜好もなく遠回りして感傷に浸るわけでもない僕は公園に足を躊躇なく踏み入れた。
そこで僕は新 陽菜と出会った。
いや、出会ったというのは語弊があるかもしれない。僕が彼女を見かけた時に彼女が僕に気付いた様子はないし、気付いていたとしても町人Aで済まされていたであろう、そんな一方的な邂逅であった。
どうして部活などの用事があるであろう彼女がこの時間にここにいるのか、それは僕には知る由もなかったことだが、確かに彼女はそこにいた。
運動でもしていたのか彼女の額に浮かぶ汗はきらりと光り、いかにも青春していますといった表情を浮かべていた。その様は学園一のアイドルといった風ではなく、どこにでもいる一般的で健康的な少女のものに見えた。
同時にそんな彼女の姿を、同じ学校同じ学年ではあるが、どこか遠くの世界を眺めるように見ている僕がいることに気付いた。
片やどこにでもいる平均少年、片や誰もが憧れる学園のアイドル。僕とは何もかもが違うというのに、彼女を気にする意味などないというのに。
彼女のような存在に出会った場合、普段の僕ならばそれが逃げ出せないような場合でない限り、なるべく視界に入れないように退散する。
もし人間の誰しもが劣等感を持つというのなら、誰だって知り合いでもない限り自分の身近な上位存在なんて見ていたくはないだろうし、耳にも入れたくないだろう。自分の才能を諦めている僕でさえそうだ。
そも僕のような人間と彼女のような人間がふれあう機会などあるとも思えない。
しかしそれでも僕はその場を離れることはしなかった。なんてことはない、ただ単に彼女に対して天才・天谷 総克と出会った時ほどの絶望と虚脱感を感じなかっただけのこと。本当にそれだけである。
学校一の才女である彼女に対して何故そのような感情を得なかったのかは後々に分かることだが、そんな普段とは違う感情を得たその時の僕に出来ることと言ったら、ただ彼女を見つめることだけだった。
ふと、強めの風が吹く。突風と言ってもいいほどのそれは、もしも彼女がスカートでも穿いていたならば僕の瞳をくぎ付けさせるに違いなかった。特段女性というものに興味を抱かない僕も悲しいかな、所詮はただの男子高校生なのだから。
そんな風は彼女の衣服、ジャージをまくりあげるには役者不足も甚だしかったが、彼女が近くにおいていたタオルをこちらに届けるには充分であった。
足元に舞い降りてきたそれを僕は思わず拾い上げてしまっていた。女性が使った後のタオルを男であるところの僕が拾い上げるのは流石にデリカシーが足りなかったと思うし言い訳をするつもりもないけれどあえて言わせてもらうとわざわざ自分の近くまで飛んできて下さったそのおタオル様を拾い上げて差し上げなければおタオル様に失礼であると感じたしわざわざ目の前の落とし物を見て見ぬふりをするのは彼女に対して失礼であり道徳的にも許されざることであると思われたからであって別に女性の使ったタオルに好奇心が刺激されたとかちょっと触ってみたかったとかとかそういう訳では断じてない。
そんな僕の愚にもつかない理由説明は置いておいて、拾い上げたそれには彼女の体温が残留しておりほんのり温かかった。
また彼女の汗を吸い込んだそれは僕の肌にしっとりと張り付いていた。
普通、他人の汗など不快以外の何物でもないのだけれど。この時の僕は、
(おお……!)
と心の中で感嘆の声をあげていた。まぁ、先程も言った通り僕も男の子である。察してほしい。
「あ、ありがとうございます」
僕の心がタオルごときに蹂躙されていると、その本体の方が僕に声をかけてきた。
思考がトリップしていたところにいきなり声をかけられた僕は言うまでもなく動揺することとなった。しかもイケナイ方向のトリップの仕方だったので心中余計に慌ててしまったのだが、幸いにもそれが表情に出ることはなく、されど返事をすることは叶わなかった。
「わざわざ拾ってくださって……ってあれ?佐藤君?」