一日目:運命的邂逅①
燦々と照りつける日差しが教室内を金星の如き灼熱地獄に変える今日この頃、窓際の席である僕は机の天板に涼を求めてへばりついていた。
私立聖稜学園高等学校。僕が通うこの高校は、都会からは少し離れた小さな田舎町に位置している。
この町は都会へ通勤可能な範囲にあり、なおかつ都会のゴミゴミとした空気に毒されていない。
そういった立地条件から家族で移り住む人が比較的多く、必然的に子どもの数も多い。そして子どもが多いとなれば次は、という理由でこの学校は造られたそうだ。実のところ僕はよく知らないのだけれど。まぁ、むしろ自分の在籍する高校の成り立ちを熟知する人間の方が稀であろう。
最寄りの駅から学校までは多少上り坂になっているが、徒歩で20分とかからないし、駅から近くまでバスが出ている。学校の立地条件としては好条件と言えるだろう。
そして築20年に満たないこの学校は、定期的な塗装のおかげもあってか今でも綺麗な外観を保っており、内装も新築のような美しさを保っている。学校内で最も汚くなりやすい便所も普段から生徒達に綺麗なしようと掃除を徹底させ、一カ月に一度は業者が掃除し、数年に一度は工事しているために輝きすら放っている。
環境の美しさというのは親御さんの、そして何より生徒の進学先の判断基準に含まれている。その点においては県内でも五指に入るそうだ。
今のご時世、それだけのことでもしなければ学校といえど生き残れないのだろう。私立学校などというものはつまるところ会社であり、生徒という名の客が来なければ利益を得られないどころか倒産してしまうものなのだ。それを考えると、何とも世知辛い世の中だと切なくなりもする。
しかしここは一応進学校という看板を掲げてはいるものの、そういった面に力を入れている割にはそこまで学生の教育に熱心ではなく、偏差値も中堅どころ。加えてスポーツ等クラブの育成にも熱意を見せないという、そういった面ではなんとも魅力に欠ける学校であった。
それでも僕はそれなりに気に入ってはいる。中途半端なところが、僕にぴったりだと思うから。
「お~し、テスト用紙を返すぞ~」
さしたる特徴もない(僕と血がつながっているのではと一部で噂されるほどに凡庸な)教師の声が教卓上から発せられる。
学校というのは勉学という一点が重要視されるものである。自然、勉強が苦手な学生――恐らく大半がそうであるだろう――そんな彼らにとって学生生活と言うのは極めて退屈なものである。故にこそ、学生生活にはイベントが必要なのだ。
勉強をこなすだけの日々は思春期の少年少女の思考を鈍らせ、結果的にその効率を悪化させることになる。そうでなくとも、多感な時期に色々なことを経験させておくことは子どもの健康的な精神的成長を促すのに必要不可欠だ。
もちろんそういったイベントは多々あり、代表的なところでは文化祭や体育祭、遠足などが挙げられる。けれど、中間テストもそういったイベントに含まれてもいいと僕は思う。
確かに成績の振るわない生徒にとっては地獄だろうし、成績優秀者には親や周囲からの期待というプレッシャーが不快に感じる行事ではあるのだが、生憎と平均少年である僕には赤点から補習の連鎖にも周囲からの期待にも縁がない。
であるからして、手軽に非日常を経験できる中間テストはそれなりには歓迎できるし、今日のテスト返却にも大した感慨もなく、むしろ授業が潰れる喜びの方が勝る始末であった。
「おい、佐藤!」
どうやら僕の名前が呼ばれていたらしい。徒然なるままに、そう、まさに徒然なるままに窓の外を眺めていた僕は彼の声を聞き流してしまっていた。
そのまま無視するわけにもいかず、仕方なく席を立つと教壇まで自分の答案を取りに行った。僕に無視されていたからか、その教師に少しキツイ視線を向けられた。もっとも僕は無視するつもりはなかったのだけれど。
僕は軽く頭を下げて謝罪の意を示して答案を受け取り、手元のそれを見ずに席に戻った。席に座る段になって初めて自分の点数を見たのだけれど、72点と相も変わらず平均的な値であった。
「今回のテストの平均点は69点だ」
案の定僕の点数はほぼ平均点といったところである。今更そのことに思うこともない。ないが、僕の口からため息が漏れるのは致し方ない事ではあった。
それから教師は今回は簡単に作ったがそれにしては平均点が低いだの、最近たるんでいるんじゃないかだの言っていたみたいなのだが、常に平均を取り続ける平均少年であるところの僕に関係があるとも思えなかったので、軽く聞き流しておいた。