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くまさんと萬次郎③

 くまさんは卯吉の話を聞いてびっくり。思わずちゃぶ台の上にあった熱いお茶をひっくり返してしまい、それがあぐらを組んでいた足の上にかかったからさあ大変です。びっくりしたのと熱いのとで、もう自分の中がしっちゃかめっちゃか。慌てて卯吉が汲んできた水をざばーっと、そこにかぶせると、今度は冷たさが背筋を走ります。もうぐちゃぐちゃです。それでも直ぐに平静さを取り繕うところが、これまたお茶目なところなんです。で、

「打ち首だって? だって萬次郎さんでしょ? 彼はこれから有名になって幕府を助ける人になるって占いには出てるんだけどね。そりゃおかしいぞ。」

 くまさんは、なんでだろう? という顔をしながら聞きました。

 そうそう、それなんですよ!と行った感じで、卯吉が答えました。

 「いや、何でも言葉がしゃべれないから、お取り調べができないっていうんですよ。お国の言葉も片言しか話せなくて、異国の言葉ばかり話している。それでみんなお手上げなんですよ。本人は土佐の国に住んでたっていうけど、それじゃ何の証明にもならないし、さっきも言った通りこの時勢、一度国抜けをした人間が帰ってきても、それは死罪に値するんですよ〜。弁明も異国の言葉しかしゃべらないものだから、お上のお偉方の中には、『こんなやつ早く死罪にしてしまえ〜!』って言う人もいて、このままだと一ヶ月以内にお沙汰が降りるともいわれているんですよ〜。瓦版筋の連中もこの人からいろいろと話しがきければきっといいネタが書けると期待してたんですけどね。」

 一気にしゃべると卯吉ははぁ〜っとため息をつきました。

 おひさまはさんさんと照り、どこかから蝉の鳴き声も聞こえてきました。開けた障子のところからすうっ〜と吹き込んだ風がどことなく夏の気配を伝えています。

 そっか、それでさっき卯吉は残念そうな顔をしていたんだ、とくまさんは思うと、ボソっとつぶやきました。

 「いや、そうなったら歴史は変わってしまう。何とかしないとなぁ〜。」

 少し考え込んでいると、卯吉は覗き込みながら言いました。

 「旦那、今なんと?おっしゃった?」

 くまさんは、ちょっと失言をした、というような顔をしながら、

 「いや、なんでもない。でもその男、非常に興味があるなぁ〜。是非あって話をしてみたいものだ。うんうん。卯吉、どうにかならんか?」

 「う〜ん。」とため息をつきながら考えています。

 しばらく時間が止まりました。

 ちりんちりんと風鈴の音がしたかと思うと、

 「あ、そうだ。小龍様のところのお嬢様、香絵様が確かお鳩さんと知り合いだったはず。それに香絵様も確か旦那の占いが大のひいきのはず。そこらへんから当たってみたら、きっとうまくできるかも知れない。ちょっとやってみまっせ〜!」というと、くまさんが静止する間も与えず、卯吉は外にたったか飛び出して行きました。

 「おい、ラビ…。いやはや本当にラビットだなぁ〜。しょうのないやつだぁ。」と引き止めようと思って出した腕を静かにおろしながらつぶやきました。


 さて、その翌日。明け方からの一雨が去って、空はあっという間に晴れ渡りました。いよいよ梅雨が明けたかな?と思わせる昼下がりのことです。卯吉がいつもとは違ってちゃらくない格好をしたお鳩と一緒にくまさんのところにやってきました。

 「先生〜、元気ぃ? もう卯吉っていったらチョー変態、じゃなくて大変なのよ〜。昨日いきなりうちに飛び込んでくると、『先生が香絵ちゃん家に行きたいって言っている。何とかならないか? 頼むよ〜。』って店の前で大騒ぎ。いろいろと話を聞いたけど、先生なんか香絵ちゃんに『ほの字』じゃないんでしょうねぇ〜。浮気したらそこの川でどざえモンにしてあげるけど〜。助けてあげたこと忘れないでよ! まぁ、その格好だから怪しまれてもほれられることはないけどね。」

 お鳩はちょっと笑いながら、それでもむっとしながらくまさんに言いました。

 くまさんは苦笑いしながら、

 「いや、そんなんじゃないよ。小龍様のお屋敷にいる『萬次郎さん』にちょっと会ってみたくてね。卯吉から聞いたんだけど、何もしゃべれなくて打ち首にされるのもかわいそうだし。占いからも彼は今後この国にとって大事な人になると出たからね。」

 お鳩は「ふ〜ん。」と言ったような不信だらけの顔をしながら、

 「まぁいいわ。さっき聞いてみたら香絵ちゃんが内緒で会わせてくれるって。言ってくれたわ。行ってみる??」

 「そりゃうれしいねぇ。ありがたいよ。彼には非常に興味があるんでね。」

 「彼なの?? まあいいわ。あたしも行くからね。だって先生だけ行かせたら『変なやつ〜!』って絶対いわれるしぃ〜。紹介したあたしの人格も疑われるしさぁ。それに浮気でもされたらまずいでしょ?」

 「そういうときは『やばいでしょ?』って言うんだよ。この言葉あんまりきれいじゃないけど、ナウい言葉にきっとなるから使ってごらん!」

 くまさんは笑いながら言いました。

 「やばい? なうい?? 何の事?」

 お鳩は「なにそれ?」っていう顔をしていました。


 半時ほどしていつもより三倍くらいこぎれいにさせられたくまさんは、お鳩と卯吉を伴いながら、河田様のお屋敷に出かけました。(三倍こぎれいにしたって言っても、いつもがいつもだからあんまり変わらないだけどね。)


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