デスメタルとメロウポップ
「環、ちょっと助けてほしくて」
柔らかな日差しが照り付けるオシャレカフェ、クウェスの奥まった席でオカルト雑誌の記事を書いていた円城環は、突然目の前の椅子を引いて座った聞きなれた声に盛大に溜息を吐き、無視しようと決めこむ。
「この人白里さんっていうんだけど、プロステイルっていうデスメのバンドやってるんだって。相談に乗って欲しくてさ」
「俺が歌い始めるとファンのみんなが倒れちゃうんです!」
どうやら環の事情を全く考慮するつもりのなさそうに続く声に嫌そうに目を上げれば、二人の特徴的な男が環を見つめていた。
向かって右に金髪のマンバンに赤い細身シャツという自分の外見を自覚してなければ到底似合わない装いを着こなす悪友の公理智樹で、その左側には白里と紹介された黒髪長髪にデカデカと髑髏マークが入った黒Tに迷彩パンツ、ピアスの溢れる耳をした見知らぬ男。対照的なような、平均からのはずれ具合からして組み合わせとしては合っているような絶妙な二人組は、長がつくストレートの黒髪にロングジレ、七分丈のクロップドパンツにコンバットブーツなサブカル一直線の環と合わせて耳目を集めていた。それぞれ無駄に顔もいい。
「歌? 俺は音楽はわからんぞ」
「違う違う、祟りっぽいのがあるんだって」
「またか」
胡乱な目で智樹を見つめる環は小さく呟く。中途半端に人の好い智樹は困った人間をみれば、そしてそれがこの世のものの仕業でなさそうなら、気軽に環のところに連れてくるのだ。
「あ、あの。円城さんはお祓いをされていると伺いまして、是非お願いしたく」
すっかり恐縮した風情の白里は、環を拝むように頭を下げる。
「こいつが何を言ったのか知らないが、俺に幽霊は見えんぞ。見える智樹に頼め」
環がすげなくそう答えれば、白里は探るように智樹に目を向けた。公理智樹は幽霊が見える。けれど手に負えないから環に話を持ってきた。それがいつものパターンだ。けれどいつもと違い、智樹は肩をすくめた。
「それがさ。ここに来る前に現場を見てきたんだけど、何も見えなかったんだよね、幽霊」
「……じゃあ幽霊じゃないんじゃないの?」
「じゃあやっぱり俺の歌が下手ってことですか!」
その大声は更に耳目を集め、環は頭を抱えた。
白里がいうには、プロステイルは隔週金曜の22時からの枠でライブをやっているそうなのだが、5分も演奏していると次第に観客の顔が苦痛に歪みはじめて何人かがヘドバンをはじめ、ついには倒れるのだそうだ。白里としては最初はエフェクティブなグルーヴがフィーバーしてノリノリになったからだと単純に思っていたが、それがあまりにも続いてしかも数人が救急車で運ばれる事態に至り、とうとうライブハウスの責任者から参加自粛を求められるようになった。
「……音が大きすぎるとか? 三半規管が揺れすぎれば倒れることもあるだろう」
「……ちょくちょくシャウトするんで大きく聞こえるかもしれませんが、音響自体は他のバンドも変わらないんです。他のバンドの時間じゃ倒れる人もいなくて……。だから何かの呪いか何か……そうでなければ俺の歌のせいかと……」
プロステイルの前のバンドも後のバンドも、倒れる者などいないらしい。
更に聞けばプロステイルは元々深夜帯にやっていたのが先々月頃から人気がでてきて、今のコアタイムの時間帯に移ったそうだ。その結果、もともとその時間帯にいたバンドが他の時間帯に追いやられたわけで、そのバンドやファンの恨みを買ったのではと戦々恐々としている。
それで智樹はプロステイルが誰かに呪われているのではないか、という結論に思い至り、ここに連れてきた。
環は興奮してライブで倒れるという話はなくもないと思い至るが、さすがに毎回救急車は不自然だと思いつつ、それ以前に智樹とこの白里がどういう関係かわからず耳打ちする。
「おい、まさか本当にめちゃくちゃ下手で倒れるみたいなオチじゃないだろうな」
「や。ジャイタンリサイタルじゃあるまいし。でも俺、この人の演奏聞いたことないからよくわかんない」
「は?」
「それがさ、今朝起きたらこの人の家にいたんだよ」
「ん? ……全然知らない人?」
「う、うん」
「無関係かよ」
うっすら目をそらす智樹を眺めつつ、智樹が酒乱なことを思い出す。この男は酔っぱらっては見知らぬところで目が覚めるを繰り返している。記憶がないまま白里の家に転がり込んで目覚めた智樹としては、一宿一飯の恩でも返そうとしているのだろう。
「頭痛くなってきた」
「あの、大丈夫ですか?」
環は自身の言葉に不安そうに瞳を揺らす白里に、悪い人間じゃないんだろうなと眉尻を下げた。
それで翌々週、やってきましたライブハウスQuinteT神津前。
環は不愉快そうに、普段は様々な用途に使っている文字を刻んだ石をカチカチと手の中で雑に鳴らしながらあたりを見渡した。
この辺りはいわゆる繁華街で、たくさんのクラブやライブハウスが集まっているらしい。今もそこかしこの路上で民謡からメロコア、ヘビメタまで様々な歌声が響き、お祭り騒ぎだ。道案内をする智樹は静かなところを好む環の苛立ちを気にもしない。だから環は余計に機嫌が悪くなっても仕方がないとひとりごちた。
たどり着いた大きな建物は収容人数300とそれなりに大きく、入口をくぐる前からあふれ出す大きな音に益々げんなりして、丁度いい石を手探りで選び出して耳栓がわりに片耳に詰める。暗い場内にはすでに多くの人間が影のように犇めき、一番後ろの壁際でもぐわんぐわんと大音響が鳴り響く。環はすでに帰りたくなっていた。けれど折角来た手前、プロステイルの出番まではなんとか耐えるつもりでもいた。
「はい、環、ジンジャエール」
「なんだって?」
「ジンジャエール!」
バーから戻った智樹からグラスを受け取れば歓声がひときわ大きく巻きおこり、思わずグラスを取り落としそうになる。演奏が終わったらしい。
「次がプロステイルだから!」
漸くまともに聞こえた智樹の声に頷いて周囲を眺めれば、少しだけ静けさを取り戻した場内にぞろぞろと新しい客が詰め込まれていく。
「随分な人気だな」
「彼ら、最近人気急上昇なんだってさ。だから箱側も続けては欲しいみたいなんだけどね」
「なんだ、箱って」
「ライブハウスのこと」
そうしてプロステイルがステージに現れて大歓声が巻き起こり、最初のシャウトで環はもう片方の耳にも石を詰めることにした。先ほどまで煩く響いていたロックに比べても、白里のだす音は獣の唸り声やらわけのわからない振動にしか感じられなかったからだ。頭が割れそうだと思いながら隣を見れば、両耳を手の平で覆った智樹と目が合う。
「幽霊はいるか?」
「%$#$?」
「ゆ!う!れ!い!」
舌打ちしてゆっくりと口を動かせば、智樹は会場中を見渡して首を横に振る。
つまり、幽霊はいないらしい。けれど1分もたたずに二人の目の前で観客はふらつき始め、バタリバタリ、一人また一人と観客が倒れて唐突に爆音がぷつりと途切れ、責任者らしき男が両手を大きく振りながら慌てた様子で飛び出して大声が響いた。
「中止! 中止だ!」
そうしてステージの真ん中で顔に歌舞伎みたいなペインティングをした白里は、しょぼんとうなだれていた。
慌ただしく観客が救急隊員に運び去られるのを後目に、智樹は楽屋に潜り込んでいた。目の前では責任者の男が白里にもう来ないでくれと拝みこみ、白里とバンドのメンバーがそこを何とかと頼み込み、双方頭を下げ続ける光景が繰り広げられている。ライブハウス側も明確な理由なく出禁にするのは難しいのかもしれないなぁとぼんやり思いながら仄聞していると、ファンの増加が著しいからどうか、みたいなところで話がループしている。どうしたらいいんだこれと思っているタイミングで環が現れ、智樹に耳打ちする。
「次のバンドでは誰も倒れてなかった。この建物の外でも何人かに話を聞いたが、倒れる人間はいなかったようだ。つまりこれはプロステイルが歌ってる間のみこのライブハウスの中だけで起こった現象だ」
「そうなんだ。ねぇ環。やっぱあの人たち、何か呪われてたりするの?」
環は肩をすくめる。
「違う。智樹、音でガラスが割れるのって知ってるよな」
「音? 昔テレビで見たことあるけど」
智樹の頭のなかで、高い音が流れてコップが割れる映像が浮かぶ。
「ただ絶望的に運が悪かったんだよ、多分な」
「多分?」
そう呟きつつ、環は首をかしげる智樹を無視して交互に頭を下げる2人の間に割って入り、おもむろに名刺を差し出した。
「私は季刊異界のライターをしておりまして、プロステイル様からの依頼で取材をしていました」
「は? 機械?」
突然の乱入者に、責任者はポカンと口を開ける。
「異界です。こういった超常現象専門の雑誌です」
異界は今どきUFOとか心霊写真をメインに細々と活動している雑誌で、環はライターとしてその収入の一部を稼いでいる。名刺を眺めて狐に摘ままれたような表情の責任者に畳みかけた。
「プロステイルのライブ時間を元の時間帯に戻すことはできませんか。それで人が倒れなくなると思います」
「え? やっぱり呪いなんですか」
環は面倒くさそうに、小さな黒い四角い箱を差し出す。
「これは音の共鳴の有無を測定する簡易の機械です。プロステイルが歌っている間、共鳴が発生していました。つまりプロステイルの出す音の振動に何かが反応し、それに影響を受けた者が体調を悪くして失神等の症状が生じたのだと思います」
音は振動で、状況によってはガラスを割ることもできる。人に聞こえない低周波音や不協和音によって体調不良が起こることもある。
「あの、他のバンドでは失神なんてないんですが」
「他にデスメタルのバンドをこの時間帯でやったことがありますか?」
そう環が問えば、責任者は腕を組む。
「いや、デスメタルはないけれど、そんなに変わるものでもないでしょう?」
「いえ、白里さんはとても特徴的な声を出されます。グロウルとかガテラルというのでしょうか、喉の奥を振動させて出すとても低い音です。白里さんが低い音で叫んでいるときに共鳴が起きていました」
白里がグゲェとでもいうような変な音を出す。智樹は確かにあんまり聞かない変な音だなと呟いた。
「以前の時間帯で起こらないのでしたら、この時間に発生している何らかの音や振動、そうですね、低周波とか高周波などの可聴音域外のものかもしれませんが、それが影響しているかもしれません。詳しく調査すれば何と共鳴しているのかがわかるかもしれませんが、費用もかかりますし、とりあえず時間を元に戻してみては」
そんなわけで、再来週からはしばらく時間を元に戻すことになった。そんなわけで再び大音響が響く廊下を抜けて外に出れば、外は相変わらずざわついていた。
「デスボが原因なんて思いもしなかった。調査の機械とか用意してたの?」
「あれは口から出まかせだよ。ただのモバイルバッテリーだ」
「え? まじで? じゃああれ嘘?」
「時間を戻せば多分戻る。何かが共鳴しているのはたしかなんだ、ほら」
智樹は環から渡された小さな石をおとなしく耳に詰めると、急に周囲の音が小さくなり、一つの音だけその耳に響き渡る。
「え、あれ? これ歌?」
「そう。この石にノイズを特定する効果を持たせた。何かが反響したり影響しあった時だけその音が記録され、その音だけが残って聞こえる。つまりあれが原因だ」
環が指さす方向では、二十代くらいの白い服を着た男が歌っていた。メロウポップで、さっきまでいたデスメタルの空間とは全く違うリラックスできる曲だ。智樹にはこの歌が人を失神させるなんて到底思えなかった。
「むしろ昇天しそうだけど」
「あの白里の音と混じった時の気持ち悪さは尋常じゃなかったよ、まじで」
環は実に不快そうに吐き捨てる。
「まぁ全然合わなさそうだよね。……あれってつぶつぶさんじゃん。この時間、この辺で歌ってるんだ」
「つぶつぶさん?」
「そう。うちのほうでもたまに路上ライブしてるよ。本当にきれいな声だよね。もうちょっと聞いてたいんだけど」
「馬鹿、終電なくなる」
つぶつぶさんの周囲には先ほどのライブハウスと異なり、静かな人だかりができていた。
それでそのさらに二週間後。
環の前には智樹と白里が座っていた。
「環さん、助けてください」
「まだ客が倒れるのか?」
それなら他に原因があるのかもしれないなとうんざりしている環の前で、白里は机に頭を打ち付けた。
「倒れることはなくなったんですが」
「じゃあよかったじゃないか」
「それがどうも……気軽に失神体験できるらしいっていうんで評判だったらしいんです、うちのライブ。だからお客さんが減っちゃって」
「知るかよ」
環はそう呟いて耳に石を詰め、今度こそ二人を無視することにした。
Fin
ホラーというよりミステリで全体的には現ファな空気。




