2.5話
ーーー山上 創ーーーーーーーーーーーーー
「おはよう。杏子。」
僕は村長の家の外で、洗濯物を干す杏子に声をかける。
「創。今日も父さんの所?」
「ううん。今日は杏子に用があってきたんだ。」
「私?何よ。」
「杏子今日暇?」
「暇にみえんの?」
「洗濯干した後は?」
「ご飯作ったりとか、あんのよ。」
「ご飯作った後は?」
「ご飯食べるわね。」
「その後は?」
「お風呂入って寝るわ。」
「じゃあ、お風呂入る前にちょっと時間作ってよ。」
杏子は少し黙った後。
「なに?あんたってそんな強引な性格なの?」
「強引?そうかな。」
「なんか、あんた結構図太いわよね。なんか優等生っぽい感じなのに。」
「うーん。あんまり考えたことなかったなあ。いっつも兄さんがそういう感じだから。僕はあんまり言われた事なかったなあ。」
「いや、結構あんなも図々しいわよ。平気で、人の事情に踏み込んでくるし。」
「そうかぁ。」
と頬をかく僕に、杏子は
「なんか、意外と人の話とか聞かなそうだし。」
と、追撃してくる。
「杏子も大概だけどね。」
と言うと、
「ほら、さらっとそう言う事言ってくる。」
「あはは。まあじゃあ、また夜呼びに来るよ。」
「ちょっと!まだ行くって言ってないじゃな・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
七時半頃、僕は杏子を呼びに行った。
杏子は渋々出てくる。
僕らは松明を片手に、寒い夜空を歩く。
道は、霜柱が張り、歩く時のシャリシャリと音がする。
吐いた息は、煙の様に舞い上がり、くらい夜空に消えていく。
「何処に行くのよ。」
僕は答えず、歩く。
シャリシャリと静かに音が鳴り響く。
道なりに進むと大体向かっている所が分かってくる。
何処に行くのか分かったのだろう。杏子は
「ちょっと、どういうつもり。貴方何がしたいの。」
僕らが行こうとしていたのは、伊佐奈の墓だった。
杏子は伊佐奈が死んで以来、一度も墓には行っていないと、村長から聞いていた。
「杏子、何で伊佐奈のお墓、一度も行かなかったの?」
僕は小さな声で呟くように杏子に話しかける。
「何であんたにそんな事言わなきゃいけないの。何?何様のつもり。ちょっと話したからって、自惚れてんの?」
松明の光が、杏子の怒りの表情をオレンジ色に映し出した。
「杏子、伊佐奈に対して、罪悪感、あるんでしょ。」
「は?何それ。」
「ずっと、伊佐奈の敵をって感じで話してたよね。でも、お墓参りとかには行ってない。杏子は、伊佐奈の敵って思い込むことにして、伊佐奈から目を背けていたいんじゃないかなって。」
僕は、とても繊細な、とても壊れやすい、鍵穴に、無遠慮に鍵を差し込むように、言葉を放つ。
「何よ。あんた何処まで、自分の見てる世界が正しいって思ってるわけ。私は伊佐奈の敵を絶対取ってやりたいって。ずっと。」
杏子は鍵を開けられぬよう、扉を押さえるように、反発する。
「僕さ、伊佐奈から杏子の事はよく聞いてたんだよ。
杏子はずっと多分私に負い目を感じてるって。
村長の家の長女で生まれた杏子は巫女になった事で、神葬に選ばれることはないのに、同じ村長の娘の伊佐奈はいつ、神葬に選ばれるか分からないっていうことに。
伊佐奈は杏子がいつも、何かに苦しんでいたって言ってた。まあ、そうだよね。あんな事が行われていたって杏子は知ってたんだから。
伊佐奈は事情は知らなくても、何となく、杏子が苦しんでいることに気づいてたんだよ。
だから私も、お姉ちゃんに悪くて、仲良くしたくても、中々上手く出来なかったって。」
杏子は予想外の言葉に、少し、黙り込むが、すぐに
「だから・・・何なのよ。貴方に何の関係があるのよ。今さら、そんな事聞かせて何がしたいのよ。」
杏子はより強く、僕の言葉を拒絶する。これ以上踏み込んで来るなと。自分の心を守ろうとする。
「でも、伊佐奈は、杏子の事が大好きだったって。」
僕は、無理やり鍵を回す。壊れてしまうかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。それでも、この扉を開けなければならない。
「え?」
「そんな事、どうでも良かったって。そんな事に負い目を感じないで欲しいって。いつか、神葬なんかなくして、お姉ちゃんが苦しみから解放されて欲しいって。」
「私、でも、伊佐奈にあんまり優しくしてあげられてない。いつも、あの子といると、責められているようで・・・」
「昔、伊佐奈と鎮魂祭を過ごしたの覚えてる?」
「え、ええ。確か、伊佐奈が迷子になったのを私が探し回って見つけて。」
「その時、怖くて、ずっとしゃがんで泣いてたら、お姉ちゃんが探しに来てくれて、本当に安心して。今でも、背負って歩いてくれた背中の温もりを覚えてるって。
帰りに、射的でクマのキーホルダー取ってくれて、それをいつも持っているだけで勇気が出るんだって。だから、いつも鎮魂祭で怖くなっても、そのクマのキーホルダー持ってれば不思議と勇気が出るんだって。」
僕は話しながら泣いていた。
杏子もつられて泣きそうになるが、こらえていた。
「何よ。何なのよ今さら。もう遅いじゃない。何もかも。」
「僕はいつか、伝えたいって思ってたんだ。でも、僕も伊佐奈の事、色々整理がつかなくて、後回しにしてしまっていたんだ。
でもこれ、今回の神葬で拝殿に行った時拾ったんだ。」
僕は杏子にクマのキーホルダーを差し出す。
キーホルダーは色褪せ、所々、塗装が剥げている。長年持ち歩いていたことが感じ取れる。
杏子はそれを見て、堪えきれず口を手で押さえ、声を漏らし、泣き崩れる。
「本当は渡すか、どうか迷ったんだ。もしかしたら深く傷つけてしまうかもしれない。でも、これは杏子に持っておいて欲しいと思ったんだ。
僕らはこれから先、もっと辛い思いをするかもしれない。壊れてしまうかもしれない。
けど、そんな時にこれを見て思い出してほしいんだ。伊佐奈の事を。罪悪感なんかじゃなく、愛情で。そして、その愛情が今後杏子の事を守ってくれる気がするんだ。」
「何よ。何なのよあんた。」杏子はボロボロ泣きながら呟く。
杏子が泣き止むのを待ち、そのまま、伊佐奈のお墓に向かう。
僕は伊佐奈の好物だった、酢昆布を供える。
「何よそれ。」
杏子は僕に言う。
「え?酢昆布。」
「何で、そんな物おくのよ。」
「え?伊佐奈の好物だから。」
「え?伊佐奈酢昆布なんか好きなの?」
「そうだよ。伊佐奈って凄い素直でいい娘だったけど、凄い偏食家で、家ででた、嫌いな食べ物とか食べたふりして、埋めたりしてたんだよ。犬みたいに。」
「ふふっ。何それ。」
「えー。じゃあ実は凄い意地っ張りとかは?」
「え?そうなの?」
「うん。伊佐奈って変なところ頑固で、僕らが河原で石を積む遊びをしてた時なんか、僕らが飽きて別のことやってて、伊佐奈のこと忘れて、夕方まで遊んで、伊佐奈の事思い出して、探しに行ったら、まだ石がうまく積めないって言って、帰らせるの大変だったんだよ。最後なんか泣きじゃくる伊佐奈を兄さんが無理やり抱えて、村長の家まで届けたんだから。」
「ふふふっ。何よそんなのだったのね伊佐奈って。そっか。そうなんだ。」
杏子は、悲しそうに笑う。
「だからさ、そんな面白い娘だったって。そんな自慢の妹だったって。そんな思い出にしようよ。伊佐奈の事、罪悪感なんかじゃなくて、愛情で戦おうよ、累と。」
「うん。もっと伊佐奈の事知りたい。私の大好きな妹だもの。」
僕らは手を合わせて目をつぶる。遠くからはフクロウの声がし、軽く雪が降り始める。
持っていた松明からは火の粉が、雪と混ざり合うように飛んでいる。
伊佐奈。ごめん。でも、僕らは絶対に神葬を止めてみせるよ。
だから、そっちの世界で見守っていてほしい。次こそは、伊佐奈の大好きだった、杏子こそは、護ってみせるよ。次こそは。絶対。約束だ伊佐奈。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「杏子。おはよう。」
「また来た。」
「いや、今日はちゃんと村長に用があるんだよ。」
「何よ、ちゃんとって。」
「え?だって、杏子用無しで来ると、怒るから。」
「別に怒ってるわけじゃないわよ。」
「え?怒ってるよ。いっつも。」
「は?何よ、あんた。」
「ほら、ほら、あちゃー」
と僕はスタスタと杏子に背を向け、村長の家に入ろうとする。
「ちょっと待って!」
僕は振り向く。
「ん?どうしたの?」
「あの・・・あり・がとう。」
僕は意外な言葉に、目を丸くして黙った。
「な、何よ。」
「いや、なんか素直な杏子見たことなかったから。」
「私だってお礼くらい言うわよ。別に。」
「え?言ってるのは見たことないよ。」
「煩い。」
「んー、まあでも。じゃあ、僕も、ありがとう。杏子。」
「え?」
「僕はずっと、伊佐奈の事を引きずって、思い出すと辛くて仕方がなかった。でも、何となく、今は温かい思い出で伊佐奈を持っていられる。
憎しみや、悲しみよりも感謝の気持ちを持っていられる。僕にとってもあのお墓参りは必要だったんだよ。だから、一緒に来てくれて、どうもありがとう。」
「ど、どう、いたしまして。」
杏子は素っ頓狂な表情でそう答える。
すぐに平静を装い、
「あ、あんたって、なんか、やっぱ、異様に大人びてるわよ。私、2つも上なのに。」
「杏子は子供っぽいよね。」
「な、」
僕はそう言い残し、何か言われる前に家に入った。
外からは杏子が何か言っているが、僕は無視して、村長のもとへ向かった。




