第1話 冒険者の日々
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
情けない声が森を響き渡る。天井がぐるぐると回り、ユウは気が付いたら逆さの宙づりになっていた。
宙づりになっているユウの上には蜘蛛がいた。通常の蜘蛛よりも遥かに大きい。捕食者然とした姿で。糸を口から出し、ユウを捕えていた。
「風斬り」
刹那、風の斬撃がユウの足に絡みついた糸を断ち切る。顔面から地面に直球しそうなのを、何とか手で着地する。
「SHAAAAAAAAAAAA」
蜘蛛が雄たけびを上げながら、フウアへと突っ込んでいく。その瞬間、ユウは背後を取り、斬りかかった。
「Ziaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
糸は厄介だが、それ以外はそこまででもなない。速さ、硬さ、どこを置いても何とかなる程度。実際、ユウが剣で斬っただけであっけなく死んだ。
「これで、10体目ね」
「じゃあ、任務完了か」
ユウは目の前の死体を見ながら、そう息をついた。ユウとフウアは依頼を受けて、モンスター討伐に来ていた。モンスターの名は糸蜘蛛。レベルはだいたい7くらいだ。
このモンスターが近くにある畑を荒らしているという事で、畑の所有者から冒険者ギルドを通じての依頼だった。
「ごめん、最後ヘマしちゃって」
「大丈夫。このモンスター、素の力自体はそこまででもないけど、糸が厄介だからね」
糸蜘蛛というのはその名が示す通り、糸を操るモンスターだった。もちろん、糸を使った攻撃もしてくるが一番厄介なのは罠だった。透明な糸を使い、罠を張る。そして、対象を動けなくした後に捕食するというのがこのモンスターのやり方であった。ゆえに、低レベルの者たちにとっては決して侮れない敵なのである。
「ところで、怪我は大丈夫?」
「あー、かすり傷をちょっと」
ユウがヘマして、罠にかかった時についた傷だった。もっとも、かすり傷で大したものではない。特に心配するようなのじゃない。ユウはそう思っていた。が、フウアは無視しなかった。
「じゃあ、今ここで治しちゃおう」
「大丈夫だよ、かすり傷程度だよ」
「かすり傷が致命傷になることもあるの」
フウアの言葉に大げさだなぁと思っていたユウ。が、傷に呪いを植え付けてくるモンスターもいると聞いて大人しく治癒を受けることにした。呪いとか、ごめんだ。ユウは呪いがどういうのかは知らないがそう思う。
ユウが頷いたの見て、フウアは満足そうにしていた。そして、ユウに言う。
「じゃあ、そこから動かないでね」
「分かりました」
その瞬間、フウアが長杖を出して詠唱を唱え始める。それと同時にユウの下から魔法陣が展開された。
『閉じて、癒して、結って。わが身の加護の元にかの者に庇護を与えよ。────癒しの場』
魔法名が語られた瞬間、身体のあちこちにあった傷が癒えていく。数秒も経たないうちに、全ての傷が癒えた。
「いたくない?」
「大丈夫、ありがとう」
「良かった。じゃあ、依頼人さんの所に行こうか」
「そうだね」
ユウとフウアは森を抜けていく。幸い、あの糸蜘蛛以外はモンスターはいないようだ。良かった。何事もなく森を歩きながら、ユウはそう思う。冒険者になってから一か月経った。モンスター退治も何度もやっている。が、それでも怖がりは治せそうになかった。
任務のためにやっているが、相も変わらず怖い物は怖かったのだ。
「にしても、モンスターってなんで人とか襲んだ」
「うーん、何でだろう……」
ユウのぼやいたような独り言にフウアは真剣に考えていた。別にフウアがそこまで悩む必要ないんだ、ただつい出ただけだから。ユウはそう思ったが、フウアはしばらく考えていた。
そして、申し訳なさそうに顔を上げる。
「ごめんね、分からない」
「いや、大丈夫。適当な独り言だから」
「うん。でも、ごめんね」
ユウはそう言うが、フウアは気にしている様子だった。フウアに言ったわけでもない。それに、誰にだって知らないことはある。別にフウアが気にすることはない。ユウはそう思うが、フウアは変わらず気にしている。
どういえばいいか迷っていると、森を抜けた。目の前には依頼人の家が見える。
「じゃあ、行こうか」
フウアはそう言い、依頼人の家へと歩いていく。どうやら、気を逸らせたらしい。その事にユウはホッとした。
*****
「あぁ、ありがとうね」
ユウとフウアは依頼人の家にいた。あの後、依頼人の家についた2人は依頼人に招待され、中に入って休んでいたのである。2人は依頼人のおばあちゃんに出されたお茶を飲み、ゆっくり飲んでいた。
依頼人はモンスターが無事に討伐されたことにホッとしながらそう言う。それに対し、フウアは微笑みながら話した。
「いいえ、大丈夫です。これからも困ったことがあったら遠慮なく言っても大丈夫です」
「ありがとうねぇ、エルフの嬢ちゃんにお兄さん。ところで、2人ともジャガイモを茹でたの、食べるかい?」
「ジャガイモを茹でたの?」
「そうそう。それにバターを付けるんだ」
ようはじゃがバタみたいなもんかとユウは思う。絶対に美味しいじゃんと思い、ユウは食べようと思う。一方の所、フウアはどこか困惑していた。
「良いんですか?」
「良いんじゃよ。ほら、身体を動かしたときはたくさん食べたほうがえぇ」
おばあちゃんはそう力説しているが、それでもフウアは困惑していた。が、ジャガイモに興味がないというわけではなさそうだ。おそらく、食べたいは食べたいんだろう。が、貰っていいのかそう悩んでいるように見えた。自分は一切の躊躇なく他者を助ける癖して、人からの好意には困惑するような奴なのだとユウは思う。
「いいじゃん、貰おうよ。おばあちゃんが良いって言ってるんだから」
「でも……」
「俺たちが無理してるじゃなく、あのおばあちゃんからの提案だ。それにフウアも食べたいんだろう?」
ユウの問いにフウアはこくりと頷く。やっぱり食べたいようだ。その事を確認した後、ユウは言葉を続ける。
「なら、食べよう。そっちの方が後悔しないし」
「良いのかな?」
「あのおばあちゃんが良いって言ってるならいいでしょ」
「そっか。じゃあ、お願いします」
「俺もお願いします」
フウアはそれで納得したらしい。ユウとフウアに頼まれたおばあちゃんは数分かからずにジャガイモを出してきた。ほくほくと湯気が立っていて、真ん中にバターが乗ってある。本当に美味しそうだ。ユウは火傷しないように慎重に食べ始めた。
「美味い」
一口食べて、ユウは思わずそう出た。いや、本当に美味い。バターとジャガイモ、どちらもベストマッチしている。ユウは美味しさのあまり、猛スピードで食べていく。フウアは猫舌のようで、息を吹きかけながら食べていた。
「おかわりもあるからね。若いもんはたくさん食べないと」
「ありがとうございます」
「すみません」
お言葉に甘えて、もう一個くらい食べようかな。ユウがそう悩んでいると、フウアがおばあちゃんに話しかけていた。
「すみません、そういえばこの畑ってモンスター避けのお香ってありますか?」
「モンスター避けのお香?」
「モンスターが苦手な臭いのお香があるの。高レベルのは無理だけど、低レベルのなら寄り付かなくなるのよ」
つまり、今回倒したようなモンスターは寄ってこないのか。めちゃくちゃ便利だなとユウは思う。そんな便利アイテムもあるんだなと感心していると、おばあちゃんはどこか困ったような顔をした。
「きれちゃったのよ」
「そういうのあるんですか?」
思わずユウはそう言葉に出す。てっきり、そういうのはないと思っていたからだ。ユウの言葉にフウアは頷く。
「えぇ、あるのよ。あぁ、なるほど……」
「冒険者の街ならあるんでしょうけどねぇ……、ほら、まだ解決していなんでしょ、あの事件」
おばあちゃんが言った言葉にユウは顔を顰めた。
あの事件。あの事件というのは、初心の森で出たモンスター騒動のことだ。初心の森で場所に似合わないモンスター、小巨人が出た。それ自体は何とかなったが、その原因はまだ分かっていない。
「森の道はそりゃ安全だけどねぇ、何が起こるか分からないじゃない。ちょっと、怖くてねぇ……」
「そうですね……。じゃあ、ちょっと待ってください」
フウアはそう言うと、ポーチから出した。フウアが出したのは、ピンク色の液体が入った小瓶だ。
「これ、よかったらどうぞ。これもモンスターが苦手な成分が入ってます。タオルとかに少し染みさせて、置いておけばモンスターはあまり近づかないようになりますよ」
「まぁ……。でも、嬢ちゃんはいいのかい?」
「私は大丈夫です」
フウアは安心させるようにニコリと微笑んだ。が、それでもおばあちゃんはどこか心配そうだった。
「もしもの時は俺も頑張ります」
まだ、フウアより圧倒的に弱い。でも、ユウとしては万が一が起きないように頑張る。そのつもりだった。
「そうかい、じゃあお言葉に甘えようかね」
おばあちゃんはそう言うと、フウアから小瓶を受け取った。これでしばらくはモンスターが来ないと良いな。そう思いながら、ユウはジャガイモを食べていく。
*****
おばあちゃんと別れ、ユウとフウアは森の道を歩いていた。
「にしても、原因まだ判明していないだね」
「そうね。全く分からないらしいの」
フウアはそう言いながら、初心の森の方を見る。このまま分からないと、ただただ迷い込んだだけとなるのかも。ユウがそう思った時、ふと気になることがあった。
「フウアはあの小巨人と何か関係ある?」
「どうして?」
「いや、あの時、お前のこと執拗に狙っていたから」
確かに、あの時自分は場違いだった。それはユウも分かる。だが、それにしたって明らかにフウアの事しか見ていなかった。ただのモンスターがそこまで執拗に個人のことを狙うだろうか。
対するフウアはどこか困惑したように話す。
「ううん。全く心当たりがない。小巨人にも全く……」
「まぁ、だよねぇ……」
当たり前だなとユウは思う。特定のモンスターと面識があるなんて、中々無いだろう。
「何事もないといいだけど……」
「ほんとねぇ」
ユウの嘆くような言葉にフウアも同調する。このまま何事もなければいい、そして何事もなく日本に帰りたい。そう思いながら、ユウは森の道を歩いていく。




