独りぼっちのラストクリスマス
クリスマスは恋人と過ごす日なんて誰が決めたのでしょうか。
本来はもっと厳かで静謐で神秘的な日。
神の子の誕生を祝い教会に詰め寄って祈りを捧げている地球の反対側の人々が、極東では男女の乱れた行為を推奨されているなんて知ったら、なんて罰当たりな人達だろうと思われてしまいます。
恋愛ソングと失恋ソングで溢れているこの街にはエデンの園から追放されて当然の人等しかいません。
ピコンとスマホの音に顔を向けると友達から返事が来ていました。
『ごめん、彼氏と予定あるから』
これで十人目。
私の狭い学友関係の中でさらに関係の薄い相手にまで声を掛けたのに全滅でした。
理由は彼氏がいるからだそうです。堕落している人しかいません。
深いため息をついたとき、ふと脳裏に彼女達の蔑む笑い顔が虚像しました。
『京美から遊びの連絡きてたわ』
『うちも~。てか普通クリスマスは彼氏と過ごすっしょ』
『もしかして彼氏いないんじゃね?』
『え~かわいそう』
『彼氏がいないのが許されるのは小学生までだよね』
はい、全部妄想です。みんなこんなにひどい人ではないのです。ひどい人は私だったのです。
赤のセーターに黒のフリルの付いたスカートを穿き、白いロングソックスをした気合満点の服装をしている私はイブ。アダムはすでに追放されてしまっているようです。
「みんな分かってないなぁ。クリスマスは独り身こそ楽しいのに」
強がりではありません。
相手に合わせる必要もなく、自分のやりたいことを好きなだけやることができるのです。
ショッピングモールのおしゃれな服屋に入り、おしゃれな男性店員と話をしながら笑い合ったり、露出多めな服をわざと選んで試着したいと上目遣いで尋ねたりすることも恋人がいるとできないでしょう?
「ありがとうございました」
一生着る機会がなさそうな服を買って大きな紙袋を一人で持つ羽目になることもないでしょうけれどね。
ではこれはどうでしょう?
オタク男子達が集まるゲームセンターに立ち寄り、つたない手つきでお金を両替すると格闘ゲームの筐体の前に座ります。目の前の眼鏡をかけた男子から対戦の申し込みが来ました。
「お手合わせ願います」
当然、私は初心者なので終始なにもできず、白い胴着を着た格闘家に謝りたい気持ちでいっぱいです。
すると、前に座っている男子がこう言います。
「フレームを学んで出直してこい」
フレイムとはなんでしょうか?なんだか素敵な響きに聞こえます。
彼は眼鏡をくいっと上げて、勝ち誇るように鼻を鳴らしていました。その視線はちょっと粘っこい感じがしましたが、知的で素晴らしい方のようです。
そんなわけでそそくさと立ち上がり、クレーンゲームのほうへ向かいました。
お淑やかな女子には競争は似つかわしくありませんからね。
どれをやろうかと歩いていると人気のブイチューバーの人形が箱の中にとらわれていました。いつも楽しませてもらっているお礼に助けてあげましょう。
コインを投入口に入れると無機質な機械に命が宿りました。
さてとアームを動かして……。
「私これ取れないのぉ~。代わりに取ってくれる?」
「ふん。こんなの楽勝だろ。俺に任せとけ」
「わーい。私、頼れる男が大好きなの」
思わず手が滑って盛大に軸がずれてしまいました。
あんなあからさまなぶりっ子をする人がいるなんて思わなかったんですもの。巧言令色とは彼女のことを言うのでしょう。
でも男のほうは顔を赤くして嬉しそうにしてます。ああいうのが男の好みなんでしょうか?女の私からすれば、ちょっとひいてしまいます。
気を引き締めて、ずれた軸をなんとか挽回しようと試行錯誤しましたがクレーンは空気を掴んで運んでいきました。もとより一回で取るつもりなんてなかったのですから問題ありません。
続けてコインを入れます。
「あん!おしい~、もうちょっとだったのに」
「ああ、そういうことか完全に理解した。次は取るよ」
「えぇー。すごっ、もう解明したの?天才じゃん」
隣のクレーンが動き出し、大きな頭と胴体の間に上手く爪が入っていきましたが、重量に耐えられず落ちてしまいました。
「嘘!ちゃんと掴んでたのに」
「これやってるわ。本来だったらあれでいけてるはずだから。まじやってるわ」
「ひっどい。もう詐欺だよこれ。裕くんが取れないわけないもん」
隣のカップルのキーキー声でまったく集中できません。
そのせいでまた軸をずらしてしまいお金を無駄にしてしまいました。
すると、店員が隣のカップルに声を掛けます。
「位置調整しますね~」
大声で話す二人にまずいと思ったのか、ぬいぐるみを出口のプラスチック塀に大きい頭部が飛び出るように設置。もう押すだけで簡単に取れてしまいます。声の大きさが正義の世の中を体現しているかのようです。案の定、次の一回で簡単に取れてしまいました。
「裕君!ありがと~。大事にするね」
「これぐらい大したことないよ」
まるで自分の手柄のように誇る男は女の手を握り、二人は幸せそうに去っていきます。
店員も微笑ましく見送ってから鍵を使い筐体を開けて商品の補充を行いました。
私も三回目のチャレンジです。
ようやく集中できるので、次で取ります。
レバーを慎重に動かして、横軸を合わせたら、今度は上方向に倒していき……箱をひっかいただけに終わりました。
「はぁ~~~~~~」
さすがに深い深いため息が出てしまいます。
ふと、横を見ると商品の補充が終わった店員と目が合いました。
茶髪に髪を染めたチャラっぽい人。
涙を溜めた私の瞳が効果を発揮したようで、なんと箱の位置をこれまた出口のほうへ移動してくれました。
「おめでとうございます」
おかげでブイチューバーを救出できた私は頭を下げて感謝の言葉を伝えます。すると、なんと連絡先を聞いてきました。
これも私に恋人がいたら絶対起こりえないシチュエーションでしょう。でも残念ながら彼は私のタイプの顔ではなかったので丁寧にお断りしました。
ルッキズムと批判しないでくださいね。恋人にはできないけど別に差別したりはしないもの。
さて次は何をしましょう。
大きな紙袋を片手に持って歩いていると、ミュージシャンでしょうか、広い広場の中央に建っている大きなクリスマスツリーの下でクリスマスソングを歌っていました。
暖かい色で輝いている電飾の周りには家族連れやカップル達が集まって耳を傾けています。中には音楽に乗って踊っている人たちもいて大賑わい。
「てかあれ、睦美じゃん。私の誘いを断って男と踊っているなんて」
他人のカップルを見るのと、友達が彼氏と一緒にいるのを見るのとでは精神的ダメージが桁違いです。それがイケメンだとなおさら。
その場を離れようと思いましたが、もうくたくたで足が鉛のように重く感じて一歩も動けません。
気合の入れた服装で大きな紙袋を持った羊質虎皮の私と地味な服だけどイケメンと楽しそうに踊っている温厚篤実な睦美。一体どちらが幸せなのでしょうか。
そんなの考えるまでもないですね。一考の余地もないですね。
もちろん、私です。
なぜなら、睦美にはこんな経験はできないでしょうから。
例えば、一人でクリスマスツリーを眺めているダウンジャケットを着た大学生がいるとします。
親子連れやカップル達ばかりで居場所のない女子高生の私は隅に追いやられるように彼の元へたどり着いてしまいました。
私よりも大きい彼を見上げると、口元をマフラーで覆った彼は腕を組みながら柱に寄りかかっています。その切れ長の瞳には寂しい憂いが秘められていました。
「あっ」
私に気が付いた彼と目が合ってしまい顔が熱くなってしまいました。
しばらく沈黙が続いたのち、結局二人横に並んでクリスマスソングを聞くことにしました。
すると、衆人環視の中にいるミュージシャンが「誰か前に来て踊りたい人はいませんか?そうですね~……あっそこのカップル!よければ前に来て踊りませんか?」と言って私達に向けて指をさす。
すると当然その場にいる人々から一斉に注目されます。
睦美にも私の存在を知られてしまい、手を振られてしまいました。
どうしましょう。隣にいる男の人はついさっき会ったばかりの、名前も知らない、言葉も交わしたことがない赤の他人なのに。でも睦美の前で一人でいる私を知られるのも恥ずかしい気持ちがあります。
不安な気持ちを抱えたまま隣の大学生を見上げると彼は唐辛子でした。
「あの」
それは、私の言葉だったか、彼の言葉だったのか判断がつきません。
ただ一つ断言できることがあるとしたら。
それは、独りぼっちのクリスマスは今年限りで終わりをむかえるということ。
こんな経験、恋人がいたらできないでしょう?




