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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――辞書が語る燃えるような恋愛

作者: 小山らいか
掲載日:2025/10/01

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 そして、校正の合間に教材の執筆の仕事をしている。今は、教科書の素材文の欄外にある覚えさせたい語句についての問題を考えている。

「厨」という言葉について問題を作る。「厨」は「くりや」と読み、いわゆる台所のこと。厨房の厨だ。さあ、どんなふうに扱おうか。問題を作るにあたって、念のためネットで検索してみる。すると、おもしろいものが目に留まった。

「厨=ネットスラング」。本来のもの以外に意味は二つあり、その一つは、中毒者。「〇〇厨」と使う。もう一つは、中学生を意味する「中坊」が誤変換されて、さらに省略されているというもの。侮蔑的に使う。

 最近は紙の辞書を使うことが少なくなった。少し寂しい気もするが、ネット検索することでこんな意外な使い方を目にすることができた。これはこれでおもしろい。ネットスラングも紙の辞書になってくれたらいいのに。いや、これだけ流行り廃りが早いものはかえって難しいか。

 校正では、ネット検索ではなく紙の辞書で調べたい場面もある。たとえば正字を確認するとき。正字とは、略字や俗字に対して点画を略したりしない、正統な文字のこと。よく目にするのは「頬→頰(左が俗字、右が正字)」や「掴む→摑む」「嘘→噓」「繋ぐ→繫ぐ」など。ネット上の表示では正字の確認が難しいので、紙の辞書を確認するか、電子辞書を使う。実用書や資格試験の本では正字を求められることはあまりないが、小説では正字に直すことが多い。

 辞書といえば、最近、教材の仕事で『舟を編む』を読んだ。2012年に本屋大賞を受賞し、映画化もされた三浦しをんさんの小説だ。主人公の荒木は辞書の編集をしている。

 ――「鳩が豆鉄砲を食ったような顔」とは、これのことを言うのだな。そう思った荒木は、「そういえば、文楽のゆうが複数名、床に並んで義太夫を語るとき、一番末座のものを『豆喰い』と俗称すると、先日読んだ本に書いてあった。豆を喰うみたいに、口をぱくぱくさせているだけだから、という理由だそうだが、この言葉を載せた辞書はあるのだろうか」 

 つねに耳にした言葉にアンテナを張り、辞書に載せるかどうかを考えている。言葉に敏感になる、という点では校正にも通ずるものがある。この表現、これでいいのかな。違和感を覚える場面を大切にする。違和感は経験によって培われていくものだと思う。

 辞書に関連して、もうひとつ。

 1999年に『新解さんの謎』という本が出版された。新明解国語辞典について扱ったものだ。新明解国語辞典は、他の辞書とはひと味違った語句の解釈があり、それがいわゆる「辞書らしくない」表現であると話題になった。

 私の手元には新明解国語辞典の第五版がある。広辞苑(第五版)の内容と比較しながら紹介してみたい(辞書名の後の丸つき数字は、複数の意味があるときのひとつということ)。


【燃える】

広辞苑③「気力・情熱・感情が盛んに起る」例「燃える思い」

新明解②「他のどんな感情よりもその感情が強く心を支配し、積極的に何かしようとする気持ちになる」例「燃える思い」


こがれる】

 広辞苑⑤「切に思い慕う。恋い慕って思い悩む」例「故郷に焦れる」

 新明解①「他のすべてを犠牲にしても、そういう状態になってみたいと一途に思い詰める」例「胸が焦れる」


 比べてみると、新明解のほうが少し前のめりというか、強めの感情を表現しているように感じられないだろうか。そして、こんな言葉も。


【恋】

 広辞苑①「一緒に生活できない人や亡くなった人に強くひかれて、切なく思うこと。また、そのこころ。特に、男女間の思慕の情。恋慕。恋愛」例「恋に身を焼く」

 新明解①「特定の異性に深い愛情を抱き、その存在を身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が昂揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態。例「道ならぬ恋に落ちる」


 新明解のほうは、揺れる恋心が手にとるようにわかる。そして、真打ちはこれ。


【恋愛】

 広辞苑「男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。例「恋愛小説」

 新明解「特定の異性に特別の愛情を抱き、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと」例「恋愛結婚」


 ここまで来ると、ほぼ小説だ。かなりアツい。思いはかなうのか、かなわないのか。ちなみに、第三版では「肉体的な一体感も得たい」の部分が「合体したい」となっていたそうだ。そして最新刊である第八版では、多様性への配慮により、恋愛対象を「異性」と書くのはやめたとしている。

 ネット検索は便利だし、新しい発見もある。触れたことのない言葉の宝庫だ。でも、やっぱり紙の辞書も捨てがたい。新明解の第八版、買ってみようかな。


 


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― 新着の感想 ―
辞書、子供の頃になんとはなしに、よく読んだものでした。 そういった状況で面白い文章に出会えると、子供の心が形作られる時の糧になるような気がします。
紙の辞書で性的な言葉にマーカーを引いてしまうのは『思春期あるある』でしょうっ!これはネットの情報では出来ない未知なるモノへの探究心と密かな心の充足ではないでしょうか。 いや、今の子たちはそんな事しない…
 私は新明解の2版と3版を所持しています。以前調べたことがあるのですが、『恋愛』はどっちも『合体』でした()  ちなみに、最初はどれだけかっ飛んでたのかが気になったので、県立図書館まで行って初版を読ん…
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