第9話 どんな戦いになるのか
「なんだあ? お姫様を守る騎士様気取ってやがるのかぁ? お前みたいな雑魚は俺様がげふう!!」
何かを声高に喋っていた男が、不意にくの字に折れ曲がり吹っ飛んでいく。
「「「え?」」」
我と少女以外から、疑問符が同時に漏れた。
それもそうだろう。こんなところで伏兵が現れただけでも十分驚愕に値するし、その伏兵が年端もいかない少女だったのだ。さらに、その少女が横なぎに振った斧が、男をいとも簡単に吹き飛ばしてしまったのである。
脳が処理を終えるのに時間がかかるだろう。もしくは、処理を拒んでしまうかもしれない。
だが、理性よりも本能で命の危険を感じたらしい斧を持った傭兵たちは、慌てて武器を構えたようだ。
しかし、その刹那。
「えい!」
「ぐはあ!」
「とう!」
「がっはあ!」
可愛らしい声とは裏腹に、まるで暴風のような音を伴って振られる斧。男たちは躱す事はおろか、受けきる事も出来ずに吹き飛んでいく。
10人居た傭兵風の男たちも、今や7人。このまま押し切れるかと思った刹那である。
ガギィン、と鉄と鉄が打ち合う音が響く。それは、男の一人が手にした手斧で切りかかり、少女がそれを受け止めた音だった。
一目見て手練れだとわかる男は、フードの奥に隠した目を光らせ、言う。
「何者だ。まさかその姿で近衛兵という事はあるまい」
「しつもんするのはバカだって、言ってたよ」
「そいつはもう死んだ。まあいい、殺してから考えよう」
「死ぬのは、やだ!」
そう言って地面に小さな爆発すら起こして飛び出す少女。しかし、少女の振り下ろした斧を相手の男はひらりと躱す。
やはり、強いな。
あの男が強いというのは、こうなる前からわかってはいた。それは単純に魔力を見て判断したわけではない。
魔力は肉体強度を上げ、強さの大きな要素とはなるが、それだけだ。
言ってしまうとこの場にいる少女を除いた人間たちの中で、一番魔力が強いのは馬車の近くで守られている女だった。
だが、この少女と渡り合っている男は、この人間たちが言い合いをしている時から様子が違ったのである。
一番最初にやられた声の大きな男が何やら煽っている最中、この手練れの男は左足のつま先を細かく微調整していた。
こいつの目的は馬車の近くで守られている女なのだろう。そしてこの男の軸足は恐らく左だと思われる。女が逃走するとすればどちらの方向なのかを常に予測し、軸足の先を調整し、いつでも踏み出せるようにしていたのだ。
この時点で、彼が己の身体能力を十全に把握しており、それを発揮する鍛錬をしていたという事が明白である。
また、これは戦闘能力とは直接関係ないが、この傭兵風の男たちの仲間というより、目的を同じくする別の存在ではなかろうか。
理由は距離だ。傭兵風の男たちの相対距離に比べて、この手練れの男は少し距離をとっていた。
心の距離は物理的な距離となって現れるものである。好いた相手と嫌いな相手、苦手な相手では隣に立つとしても距離に差がでる。
昔、人間が偉人に対してオーラを感じるなどという事を言っていたのを聞いたことがあるが、これも似た現象だと我は思う。
自分と違う、遠い存在だと心が認識しているから、体が近くに居ると違和感を感じるのではなかろうか。
その違和感をオーラという自分たちが本来認識できないものに置き換えて納得しているのだろう。
しまった、また思考が逸れた。我が現実に思考を戻すと、少女はがむしゃらに斧を振るい、手練れの男は軽い動きで躱し、あるいは斧を打合せて逸らしていた。
そして、場に動きが現れる。それまで様子を見ていた傭兵風の男たちが一斉に動き出したのだ。手練れの男の援護をするために、少女に向かって。
まずいな、そう思った矢先、もう一方も動いた。
「手助け! 感謝します!」
言って長剣を持った男が、傭兵風の男たちに向かって切りかかる。
長剣の男も中々やるようで、一人、また一人と傭兵風の男たちを切り倒し、危なげなく戦っているようだ。
これで少女を邪魔する動きは防げたか。しかし、どうしたものか、手練れ相手に少女では荷が重い。ここは援護するべきか。
我はゆっくりと草むらから出て、援護の準備に入る。無暗に魔法を撃っては少女に当たってしまうので、動きを見ていたその時、少女の声が聞こえた。
「押してダメなら!」
少女は突進し、轟音を上げて斧を振り下ろす。だが、その動きは読まれており、男は横にステップして躱した。
「ひく!」
しかし、その手練れの男の手を少女はガシっと掴み、そのまま思い切り後ろに引いた。
そこにいかほどの力が込められていたのか、男は水平に飛んで木に激突した。
これには、我も長剣の男も、まだ立っている傭兵風の男たちも、全員が唖然となった。
しかし、まだ終わらない。
「押して!」
少女は木にもたれるように倒れている男の頭を掴み、木に押し込んでめり込ませる。
「……まだダメ! ひく!」
そして後方に投げ飛ばし、男の体は轟音を伴って木に激突した。
そこにすかさず少女はまた突撃する。
「押して!」
少女は、何かを確認して声を上げた。
「まだダメ! ひく!」
再度轟音が鳴った。
「押して!」
『もうよい、人間の少女よ。そいつはもう戦えまい』
「でも! まだ生きてる!」
『魔力強度を上げて耐えているのだろう。しかし、戦うだけの余力はないだろう』
「わかんない! なにかするかもしれない!」
そういう少女の顔は、恐怖に歪んで見えた。
なるほど。少女は少女で、恐怖で震えていたのだろう。だからこそ、死という明確な終わりが見えなければ、相手が自分を襲ってくる可能性があると考えて恐怖に捉われていたのだ。
その恐怖から逃げるように攻撃を続けていたのだろう。
体は強くなっても、心は弱き人間の少女なのだ。今くらいは我が支えてやるべきか。
『大丈夫だ。その時は我が守ろう。こちらに来るがよい』
「……うん」
男の頭を握っていた手を離し、とぼとぼとこちらに来る少女。その顔は、どこか暗いように感じる。
我は小さな体を駆使し、少女の頭に飛び乗って頭を撫でてやる。
『よくやったな。貴様には才能がある』
「ほんとう? 私も、どらごんになれる?」
『ああ、なれるとも。それも世界最高のドラゴンになれるとも』
そう言ってやると、少女の顔から恐怖はどこかに飛んでいき、まばゆい笑顔となった。
「あの、君」
そう声をかけてきたのは、長剣の男だ。
残った傭兵風の男たちを倒したのだろう。なにやら複雑な顔をして声をかけてきた。
「助けてくれてありがとう。……その、君はどこかに所属しているのかな」
何を言っているのかわからない事が悔やまれる。少女の通訳が必要だ。
「ありがとう、どこかにしょぞくしてる? って聞いてる」
『なるほど、では、森で迷っただけだと返すとよい』
恐らく、こちらの狙いを知りたいのだろう。ただ助けただけなのか、何か目的があるのか。例えば、彼らが守っていた女を殺されるのはまずいから助けたが、誘拐する目的がある、などを危惧しているのだろう。
少女が我のアドバイス通りの事を言うと、わかりやすく安心した表情を見せた長剣の男が、手を差し出して言った。
「そうか、俺の名前はリ……、失礼、テンガロンと言います。この辺には詳しいんだ。どこでも案内するよ」