第7話 どこを目指して進むのか
我と人間の少女は森を歩いている。
少女は黒髪、黒目で10歳前後という様相だ。実際の年齢より少し幼い顔立ちをしており、声や口調も幼い事もあって実年齢が外見から判断するのが難しい。
実際に何歳なのか、と我は少女に聞いてみても、少女は知らないと答える。生まれてから今までの日数など数えていないし教わっていないとの事だった。
我は相変わらず猫くらいの大きさの竜という姿だ。黒い体に、目は金色というまさに強靭で神々しく、威厳と知性を感じさせる容貌だと言えよう。
ともあれ、我がグニタヘイズと名付けた孤島にある宝物庫からゲートで帰還した後、我々は森を歩き、人里を求める旅も数日が経過していた。
暗くなったら目印として水晶を地面に置き、一旦グニタヘイズに帰って眠る。そして朝になったら再び森に戻って探索をするという毎日だ。
ゲートの魔法はその性質から、行った事のない場所へは繋げることができない。行った事がある場合でも、何かを目印にしておく必要があるのである。
少女と最初にグニタヘイズへ移動した時は、その辺の木に目印の魔力を打ち込んでおいたが、今はもうその目印も消えてしまっているだろう。
確実なのは、目印用の魔法を込めた何かを置いておくことだが、楕円形に加工された水晶のいくつかに目印の魔法を込めておいたので、それを使いまわす事にした。
ちなみに、少女の荷物は彼女のベルトにある腰袋に入れているが、我の荷物はグニタヘイズに置きっぱなしだ。
取り出すときは我の胃袋に簡易的なゲートを発動させ、口から取り出すという方法を採用している。
人間の少女はその方法を何故かとても気持ち悪そうに見るのだが。
「アオーーーーン!」
突如森に響き渡った遠吠えと共に、くすんだ灰色の毛をしたオオカミが姿を現す。
「どらごんさん! わんわんがでた!」
ふむ、オオカミが出たか。恐らく6頭は居るだろう。
『いい訓練だ人間の少女よ。魔力を体に纏い、犬っころを討つのだ』
「……やってみる」
少女は足を震わせながらも腰袋から水晶を取り出し、魔力を込める。
緊張の最中であるのに関わらず、危なげなく魔力を込めて両手斧を出せた事は素直に賞賛するが、それでも、戦う準備ができているとは言い難い。
『少女よ、今一度呼吸を意識せよ。そして水晶に魔力を込めたように、斧にも魔力を込めるのだ。武器を体の一部と認識する、それが肝要なのだ』
顔は緊張に固まっているが、我の言葉に少女は素直に頷いた。
瀕死の際には、命の危険を感じた相手であるオオカミだが、今の我にとってはオオカミ如き相手という認識となる。
だが、人間はそうではないと心得ている。少女の心は今、恐怖が一杯なのだろう。
それでも我より一歩前に出て守ろうとすらするその姿勢は、素直に賞賛してもよい。
まあ、オオカミ如き我が相手をしてやってもよいのだが、少女はいずれ我の下を離れて人間として生きるのだ。自分の強さを正しく知っておく事が必要であろう。
恐らく、今の少女が纏う魔力であれば、たとえオオカミに噛まれたとて、傷一つ付かない筈だ。
それどころか。
「えい!」
「ギャウン!?」
矢の如く速度で飛び出した少女が振り下ろした斧は、一頭のオオカミの頭に命中した。
その膂力はいかほどのものだったのか、オオカミは水平に数メートル吹き飛び、木に激突して動かなくなった。
あれは即死だろうな。
オオカミたちはその結果に驚いたのだろうか、いや、単に本能だろう、残った5頭全員が少女から距離をとるように後退った。
そこに、五度疾風と轟音が訪れる。
その音と風が止んだ頃には、一様に頭蓋骨を陥没させたオオカミたちが散り散りに倒れている。
中心で、少女は少し不思議そうな顔をして立っていた。
『どうだ? 自分の体を正しく扱えそうか?』
「……むう」
なにやら呻きながら手を握ったり開いたりする少女。
通常、生物はゆっくりと成長する。魔物もいきなり魔力が増大する事はない。
毎日毎日、成長に伴い微量ずつ増えるのが普通だ。
それが彼女の場合はいきなり人間からドラゴンクラスへの変容を遂げてしまったのだ。恐らく、水鉄砲を撃ってみたら水圧でダイアモンドが切れてしまったくらいには驚く性能の違いだろう。
それも立ち止まってではなく、高速移動という動きを伴ってしまうと、自分でも何が起きているのかわからなかったのではなかろうか。
我は少女のように一気に変容するという経験をしたことがないので、いいアドバイスは浮かばないのだが、これはどうしても慣らしていく必要があるのだ。
うっかり力加減を間違えて、大切な人や物を壊してしまうという事もあるかもしれない。
それでいて、力を封じるために魔力を扱えないように訓練すればいいかというと、自衛の観点からそれは悪手であると思われる。
つまり、正しく力を認識し、正しく扱えるようになる。それが少女にとって一番良い事なのであろうと我は思っている。
しかし焦る事もあるまい。未だ人里は見つからぬ。この少女が人里から徒歩で連れてこられたという事実から、そう遠くない場所に人里があるとは思うのだが、到着してからもしばらくは一緒に鍛錬をしてやればよかろう。
そう考えて、少女に声をかけて進もうとした時、森中に響くほどの大きな悲鳴が聞こえてきたのだった。