第6話 何をどうやって持っていくのか
『ふむ、こんなものか』
「ものか」
何が面白いのか、我の語尾を真似する人間の少女はさておき、我々は旅に持っていく品を並べた。
サバイバルに使える品を探したのだが、人間が生活で使う品というものがこの宝物庫には殆どなかった。
興味深い造形の像や考えさせられる絵画などの芸術品や、技術の粋を集めた武器防具などはあるが、今回必要と思われる鍋や野外で使える寝具などは存在しない。
理由は簡単で、我には必要ないからだ。いや、この宝物庫にあるものも基本的に使う必要などあるわけがない。道具を作って進化してきたのが人間なら、自分自身を強化して進化してきたのが我々ドラゴンだ。在り方も進み方も全く違うのである。
とはいえ、今の我はギリギリ死を免れているだけの存在であるし、同行する少女は我の因子を受け継いだとしても、ベースは人間である。
道具もなしに行動するのは難しいかもしれないので、なんとか使えそうなものを選んだという所だ。
並ぶのは、先程の黒いナイフ、そしてその隣には両手持ちの斧が並んでいる。よくある木こりの使う斧のようだが、実際は武具の名工に対して富豪が「素晴らしいバトルアックスが作れるなら、素晴らしい木を切る斧を作ってみてくれないか」といういささか奇妙な注文をして制作されたものである。
柄は鉄よりも固いとされる木で作られており、緩やかなS字のカーブを描いている。斧頭は赤く塗装されており、制作者としては、日用品であはあるがこれは危険なものだから置く場所や使用には気を付けてくれ、という事を視覚的に伝える意図なのだとか。
これならサバイバルでも使えようし、少女が武器をねだるので、武器と言えなくもない。
そしてあとは鞄付きのベルト、漆黒のフード付きマント、そして少女が黒い布で作ったお手製ポンチョである。
特に困ったのは衣服だ。少女はボロ着を着ており、なんとか新しい衣服に着替えさせたいと思ったのだが、ここにあるのは全てサイズが合わない。
いつ手に入れたのか、豪華なドレスなども発見したが、勿論サイズは大人用である。
我は全身を覆うものだけでもなんとかしてやれないかと思い、黒いフード付きのコートを見ながら唸っていた。
そこに少女が黒い四角形の布を見つけ、中央にナイフで穴を開け被ったのだ。
こうして出来上がったのがお手製のポンチョという訳である。上質な生地であるから、ぼろ布を着ているよりはマシには見える。
そして少女はこちらのマントを指さし、言ったのである。
「お揃い!」
これには、我も困った顔をするしかなかった。
最強種と呼ばれるカオスドラゴンを困惑させるなど、やはりこの少女は只者ではないのだろう。
そもそも、我は人間用の衣服など必要ないから、このマントも被る事などないのである。
しかし、少女のやたらキラキラと輝く笑顔に押し切られ、持っていく事にした。
ついでだ、我が人間に変成していた時に使っていたの衣服一式を持っていくか。
そうして我は先程並べた品に人間に変成していた時に着ていた服を追加し、剣と杖も一本ずつ追加した。
剣を指さして、少女が問う。
「わたしの?」
『いや、貴様には大きすぎる』
少し装飾がごてごてとしていてあまり好きなデザインではないが、その剣の名は聖剣バルムンク。かつての友人に、我を殺せる武器を持てと命じて作らせた剣である。
しかし結局、友人はその剣を使いこなす事はできなかった。
「どらごんさんが使うの?」
こちらの目をのぞき込んで言ってくる少女に、我は笑って答える。
『使わぬ。我はこの通り、貴様よりも小さくなってしまったのだからな』
では何故持っていくのかという所であろうが、単に人間用の一式を持っていくならついでにと思っただけなのだ。
次に我は少女に命じて紙、筆、染料を運ばせ、我も楕円形に加工された水晶をいくつかを咥えて運んだ。
「何するの?」
少女は興味深々だ。
『まずはこの紙に、そのナイフを模写してみよ』
「うん」
少女は文句を言わず、寧ろ楽しそうに筆に染料を浸し、ナイフの絵を描き始めた。
本当は我自身で描いてしまいたいところだが、我の体の構造上、絵を描くのが難しい。ここは少女の画力を信じるしかあるまい。
そして出来上がった絵は、なんというか、独創的だった。
ナイフだという事はなんとなくわかるが、この少女にはそのナイフがそう見えているのかと驚愕せざるを得ない。
そもそも黒いナイフのはずなのに、色とりどりのカラフルな何かが描かれているのである。
『人間よ、これはそこのナイフを描いたという事で間違いないか?』
「うん!」
『色も、決して間違えてはいないのだな?』
「うん!」
『……ならば何も言うまい。少女は将来名のある画伯となれるかもしれんな』
「ほんとう!?」
『……さて、その話は置いておこう。その絵の上に水晶を置いてくれ』
多少強引に話を逸らして、次の工程にすすめる事にした。
水晶の形は川で見つかる綺麗な石のような楕円形をしており、少女の拳でやっと握れるくらいの大きさである。
それが少女の描いたナイフと言えなくもない絵の上に置かれる。
我が新規開発した魔法の式を空中に紡ぎ魔力を注ぎ込むと、紙から絵が分離し、大きさを変えて水晶の中心に吸い込まれていく。
最終的には、透明な水晶の中心でナイフのような絵が収まって、紙はまた真っ白な状態へと戻った。
「すごい、きれい」
少女が水晶を手に持ち、様々な角度がら中の絵をのぞき込んでいた。
絵は平面なので、横から見るとただの黒い線の様にしか見えないが、それでも正面から見れば水晶の中に絵が浮いているような不思議な代物へと化した。
ここまでは我の想定した通りの出来だ。
『さて、ここからが本番だ』
言って我は、少女に今作った水晶の隣に黒いナイフを並べて置くようにと指示をして、再度魔法を紡ぐ。
少女もこれから起こる事に興味深々なのか、顔を輝かせてその様子を見守っていた。
少々難解な魔法式なので時間がかかったが、魔力を流していくと水晶とナイフが半透明になる。これは、文字通り存在が『薄くなっている』のである。
その後、磁石に砂鉄が引っ付くようにナイフが水晶に吸い込まれ、水晶は元に戻った。
つまり、結果としては水晶がそのままに、ナイフが消えたという事になる。
少女が不思議そうな顔をしているので、我は実証実験の最終段階に入る事にする。
『人間の少女よ。その水晶を手にし、魔力を流し込んでみるとよい』
「魔力……どうやるの?」
なんと、魔力を持っているというのに、魔力の扱いを知らんのか。
『まあよい、少し魔力を込めるくらいは簡単だ。まずは魔力を意識するところから始めるぞ』
「うん」
『では、立って楽な姿勢をとるがよい』
「これでいい?」
『うむ、いいだろう。深呼吸をするのだ。重要なのは限界まで肺を膨らませた後、限界まで吐き切るという事。やってみろ』
少女は素直に、言われた通りに深呼吸を繰り返す。
しっかりした深呼吸を長い時間続けさせ、我は確認の為に口を開いた。
『魔力はな、貴様の体を作る無数の細胞が、体内にある栄養を餌に、空気を使って生産するのだ。深い呼吸を繰り返すと、何かが漲って指の末端が少し痺れたような感覚になるだろう?』
「うん」
『それが魔力の充足している状態だ。今なら体で強力なエネルギーが発生している事を感じる事が出来るだろう。そしてそのエネルギー、魔力は操る事ができる。魔法の場合はイメージや感性は殆ど必要なく、理性的な思考で発現させるのだが、肉体で魔力を使用する場合はイメージや感性が最も重要だ。体で発生している魔力を感じて、それを手に持った水晶に集めるイメージをするのだ』
それを聞いて、少女は目を閉じて集中し始める。
我々ドラゴンにとっては難しい事ではないのだが、人間にとってはどうなのだろうか。
そう心配したのも束の間、すぐに少女は魔力を操り、水晶に収束させ始める。
水晶は魔力に反応し、淡く光るとすぐに変化は現れた。
「ナイフ?」
目を閉じて集中していた少女が目を開けた時には、手に持っていたのは水晶からナイフに変化していた。
「どうして?」
まるで奇術を見たかの様に不思議な顔をして我に問う少女。
『そうだな。存在に対して作用する魔法でな。水晶でもナイフでもある物質へと変異させた、という所だ』
言われて、首を傾げる少女。まあ、そうであろう。
少女が聡明かどうかは別にして、この事象を人間に説明するのは難しい。一定の文化レベルと教育があれば理解出来るかもしれないが、そうでないなら前提としての知識から学ぶ必要があるだろう。
これは女神とやらの使った錬金術と、昔人間の学者が言っていた話にヒントを得て作った魔法である。
その学者は量子学を物理学にも結び付ける考え方をしており、例えば、ある人間が箱に入っており、右手を上げる可能性と左手を上げる可能性が同じであれば、箱の中ではそれぞれ同時に存在するのだ、というものだ。
質量を持たない光子、つまり光などであればそれはそうかもしれないが、質量を持った物質でそれはあり得ないと我は断じた事を覚えている。
だが面白い考え方ではあった。そこで、今回の魔法は水晶とナイフの存在に干渉する魔法を構築し、水晶とナイフそれぞれに『水晶である可能性とナイフである可能性がほとんど同じ物質』にしたのである。
しかし、まったく同じ可能性としてしまうと何も変化は起こらない、もしくは矛盾が発生して魔法が失敗してしまうので、僅かに水晶である可能性を上げておいたのだ。
結果、水晶に可能性が収束し、二つの物質がその定まった結果に呼応して一つの水晶という物質にその姿を変化させたのである。
そしてこの魔法はそれだけでは終わらない。魔力を流し込むとナイフである可能性が上がる仕様にしてあるのだ。
これは一度変化すると、魔力を持っている者が手にしている限り変化が解けないようにしてある。元の水晶に戻す場合は、手放して数秒待つ必要があるのである。
ともあれ、我は仕組みが理解できず不満そうな顔をしている少女に声をかけた。
『いつかは理解できるだろう。それよりも今は、持っていくもの全てにこの魔法をかけたい。手伝ってくれるか?』
「わかった」
素直に頷いた少女は、いそいそと真っ白に戻った紙と、毛に色が残っている筆を用意して、独創的な作品を次々と生み出すのだった。