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第40話 ゆ、勇者殿……

「ゆ、勇者殿……」


 勇者の消えた場所に向かってぽつりとこぼしたマリの言葉が、妙に大きくその場に置かれる。

 それに反応したのは、30人程度いる羊の魔物全員だった。

 ざ、という音が聞こえた気がするほど一斉にマリに視線が集まる。


「あ、う……」


 マリから思わず呻くような声が漏れたが、それを見た羊たちの表情は様々だった。

 にやにやと笑う者、まるで親の仇でも見るような厳しい顔をする者、飽きれた様に見下す者。

 人間の顔とは全く構造が違うが、様々な悪意のある顔なのははっきりとわかる。

 まずい。これはこのまま焼き払った方がいいだろう。そう思って魔法式をくみ上げようとした刹那、左腕の辺りに拘束を感じて一瞬意識がそちらに向かう。

 マリだった。

 彼女は、不安を感じているのだろうか、我の左腕を掴み、怯えるような目を羊たちに向けている。

 しかしおかしい、彼女は実力者だ。ここにいる魔物達に力では負けない筈だ。

 それがここまで怯えているのは何故だ。

 この謎を正しく解かなくてはまずい事になるのではないだろうか。そんな気がして、組み上げていた魔法式を一旦解き、フローレンスの方に視線を向ける。

 彼女は注意深く周りを見ていて、とりわけ床に散らばった紙の群れに視線を落としている。勇者が消えた原因がそこにあると睨んでいるのだろう。

 本来、あんな形で転送できる魔法など聞いた事がない。我の使うような空間を繋げて移動するならまだしも、一瞬で相手を意のままの場所に飛ばす魔法などあったとすれば、戦争も決闘も意味を無くすだろう。

 暗殺すらも容易だ。空気のない穴の中に転送すればそれで死体も隠蔽できてしまう。

 これは魔法ではない。この『ダンジョンの理』ではないだろうか。この特別な世界そのものの力、そういったものではないだろうか。

 恐らく、フローレンスのは我と同じ考えに行きついたのだろう。

 温和で気弱そうな顔をして、その実かなり芯はしっかりとした人間なのかもしれない。

 しかし、対照的にマリは異常に怯えてしまっている。現時点で冷静に動けないのは非常にまずい、我はマリの手をしっかりと握り、言う。


「落ち着け。お前は強い。この場所の法則を探しながら奥に進むぞ」


「う、うん」


 まるでマアナのような回答に眉根を寄せてマリの顔を凝視する。

 こいつ、こんな喋り方だったろうか。いつもなら、「うむ、そうじゃな」という感じで回答するのではなかろうか。

 よく見ると、いつもであれば18~19歳程度の小娘のくせに、妙に落ち着いた態度で、年より臭い動作、口調の彼女が、年相応の、それも気弱な小娘に見える。

 我がその違和感に眉根を寄せ、思考の中で答えを見つけんとニューロンがせわしなく発光し始めたその時、ガタン、という音が部屋に響く。


 部屋の奥、豚の魔物の座席の少し前あたりに、大きな光る板が下りてきた。

 そして一斉に羊たちが指を動かしカタカタという音がそこかしこから聞こえ、大きな光る板に一斉に言葉が表示され始める。


『なにあの子、ウザイ』『ほんと、男に媚びるしか能のないクズ』『死ねばいいのに』『あんたなんか需要ないよバーカ』『今時魔女っ娘? 馬鹿じゃないの?』『ロリババアやりたいんじゃね? 圧倒的に顔面偏差値不足で笑う』『親の教育が悪かったんじゃね?』『近寄りたくないよねえ』『絶対あいつ臭いよね、マジ消えてくれないかな』『アハハ、それ言い過ぎじゃね? みんな思ってる事だけどさ』『誰かあいつに死ねって言ってきてくんない?』『死ね!』『死ね!』『死ね』『死ね!』


 思わず眉間に皺が寄るような、稚拙な罵詈雑言が並んでいた。

 くだらない、我はそう思うのだが、マリは違ったようだ。

 顔面蒼白になり、我が握っている彼女の手は冷たくなって震えている。

 もしかすると今表示されている言葉に近いものを、以前どこかで言われた経験があったのかもしれない。

 所謂フラッシュバックが彼女の中で起こっているのではなかろうか。

 見ると、マリの目には涙が溜まっていた。それは決壊を待つダムのように、少し何かが起こるだけで大量の涙があふれるであろう事は明白だ。


 憐れ過ぎる。この場所の法則は未だにわからないし、行動する事によってどのような弊害があるかわからない。先の勇者の様にどこかに飛ばされてしまうかもしれない。

 けれど、このままこれを続けさせるわけにはいかない。

 我は手近な一人の羊に向かって声をかけた。


「今すぐやめろ。でなければ貴様らごと消し飛ばすぞ」


 静かに言った我の言葉だが、そこには明確な怒りと殺意があった。

 別段、マリという人間に思い入れがある訳ではない。というか人間という種族そのものに興味はない。

 けれど、目の前でこんな醜悪な光景が起こっているのだ。黙っている事など出来ようはずがない。

 しかし、羊は無視してカタカタと手元のブロックを指先で弾き続ける。


「おい、貴様、聞こえているのか」


 我がそう言って掴みかかろうとした刹那、パシャ、という音が聞こえた。

 気になって大きな光る板に目をやると、一人の男が映っていた。


「お父さん……」


 マリの声が、その人物が何者なのかを知らしめる。

 そして、板に文字が追加された。


『ごめんな、マリ。お前は何の才能もない。俺が悪いんだ。お姉ちゃんには才能が沢山あった。それで満足していればよかったんだ。お前に期待した俺がバカだったんだ』


「や、やめて」


 次は、年若い女が表示される。


『あんたのせいで私恥ずかしいんだけど。ねえ、一生外に出ないで貰える? マジ臭いし汚いし、死ねばいいのに』


「お姉ちゃん……」


 いつの間にか、マリは立っているのも辛いのか、我にしがみつくようにしている。

 そして次は、勇者クロウが表示された。


『本当は優秀なお姉さんの方が良かったけど、バカの方が扱いやすいでしょ? ほら、あいつバカで単純だから、「君が必要なんだ」って言ったら犬みたいに尻尾振ってさ。何勘違いしてんのか、最近化粧とかしてるみたいなんだよね、俺がお前の顔なんか一々見るわけないだろバーカ』


「……うぅ」


 俯くマリから、消え入るようなうめき声が聞こえる。

 ガリ、と音が頭蓋に響く。苛立ちを噛みしめていた我の奥歯が砕けた音だった。

 一体誰が、何の権利があって、何の目的でこんなことをするのか!

 ふざけるな! この最低なショーを考えたやつを全員、憎悪の炎で焼き尽くしてやる!

 そう思った瞬間、次の人物が板に現れる。

 それは、最初に現れた男と同年代の女だった。


「おかあ……さん……」


『産まなきゃよかった』


「ああああああああああああああああああああ!!」


 決壊した。マリの溜まっていた何かは、叫びと共に放出される。

 同時に、豚の魔物が立ち上がり、「何ヲシテイルンダ!」と声を上げながら向かってきた。

 勇者と同じパターンだ。しかし、マリが勇者と同じ場所に飛ばされるとは限らない。我はためらわずに魔法を──放てなかった。


「なっ……」


 どういう理屈かはわからない。魔法式は完璧だった。しかし、事象として現象しなかったのだ。

 混乱も一瞬、今のマリを一人にするのは危ないという使命感で脳内が活性化する。

 ふと、豚の魔物が座っていた場所にほど近い壁に張り紙がある事に気付く。

 そこにはこう書かれていた。


『上司の命令は絶対。逆らう事は許さない』

『備品を大切に。壊すべからず』

『廊下は走ってはいけない』

『職場は静かに。大声厳禁』 


 これだ。

 我は後ろのフローレンスをひっつかみ、早口で捲し立てるように言う。


「マリを一人にはできない。お前はこの場をなんとか切り抜けるのだ」


「は、はい。頑張りますが、どうやって」


 そうしている間にも豚の魔物が迫ってくる。時間は少ない。


「この部屋にはルールがある。壁の注意書きを探せ。頼むぞ」


 色々端折ったが、我の真剣さが伝わったのか、フローレンスも切羽詰まった表情で頷いたのを見て、我も決心が固まった。

 すうっと息を吸い込み、マリの体を左手で肩を抱くようにして引き寄せて声を出す。


「下等な魔物ごときが! 散々醜いものを見せてくれたな! 後で塵にしてやるから覚悟しておけ!」


 言って、我はマリを小脇に抱えるようにして持つ。まるで荷物を抱えるような体になってしまって申し訳ないが、この方が動きやすいので致し方あるまい。

 これにマリは不満、という訳ではないだろうが、状況が理解できていないのか疑問符が漏れる。


「え?」


「口を閉じていろ! 舌を噛むぞ!」


「ちょ……何? みぎゃああああああああああああああああ!!」


 我は全力で地面を蹴り、出口と思わしき方向へ駆け出した。

 いや、掛けるというよりは跳んだと表現した方がよいだろう。一歩で人間の身長4~5人分程度の距離を飛び、扉のような物をぶち抜いて廊下に出る。

 マリの悲しみを存分に内包した涙は一筋の煌めきとなり、速度によって降りかかる風圧で、濡れた顔から雫は弾き飛ばされていく。

 しかし今なお彼女の目からは新たに涙は次々と止めどなく生まれていた。余程悲しかったのだろう。

 後ろから、「何ヲシテイルンダ!」という声が聞こえる。だが、振り返っている時間はない。

 我は直線に伸びる廊下を一気に駆ける。小脇では相変わらずマリの「ぎにゃあああああああああああああ!」という悲鳴が続いている。口を閉じていろと言ったのにそれを無視するのは頂けないが、この悲鳴は興味深い。

 人間はもしかすると猫と祖を同じくする生き物なのだろうか。そう思える程に猫の声のような悲鳴だ。ちょっと可愛いとすら思う。

 しかしながら、周りに居る魔物どもにはドップラー効果によって猫の鳴き声とは別な物に聞こえるだろうし、通常の動体視力では我の姿を捉える事も難しかろう。

 それほどの速度で疾走する存在に、あの豚の魔物の『命令』は届くのだろうか。


 そう思った刹那、目の前に1枚の紙が、どういう理由なのか忽然と現れた。

 それも、我は高速で移動中であるにも関わらず、顔の少し先、絶妙に書かれている内容が読みやすい位置で固定されるように浮いているのだ。

 書かれている内容は。


『辞令

 マリ殿、及びファフニール殿


 本日、現時刻をもって貴殿らを第二倉庫監禁室への異動を任命します。

 新任地での活躍を期待しております』


 我がその内容を読んだと同時に、視界が暗転し、何かと衝突したような衝撃が脳を揺さぶった。

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