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第4話 なぜ彼らは留まるのか

 大いなる一歩を少女と共に踏み出して一週間が経った。

 我と少女が、その足でどこまで進んだのか気になるところだろう。

 しかして実は、まだ森の中にいた。


「どらごんさん。魚、捕れたよ」


『うむ、今火を起こすから、そこに置いておくがよい』


 我は相変わらず猫程度の大きさだ。これは心臓を動かすために常に魔力消費をしてしまうため、魔力の節約をするが当初の目的だったが、更に問題が出てきたのでやめる事ができない。

 今の体は放っておくと、体が部分的に崩壊してしまう事があるのである。最悪の場合壊死する。

 その反面、放っておいても傷が癒えたり修復に向かう場合もあったり、体の維持が安定しないのだ。

 なんとも表現が難しいが、我の体は死体であり生命体であるという一種異様な状態なのだと理解するしかなかった。

 そうなってくると、体が小さければ小さいほど把握や維持、つまり管理が容易になるのだが、変成術だと一時的なものでしかないため、新たな魔法を編み出した。

 この魔法は錬金術をメインにしており、我がこの体に意識を移した時に使った『転生』を少し改良したものだ。

 名を、『変生』と名付けた。

 我の体を変成させ、それを『正しい姿として』定着させるのだ。

 これは自分自身にしか使用できない魔法ではあるが、用途で考えればそれで十分である。

 そして、効果はずっと続く。今の我は猫くらいの大きさの竜という姿が『正しい姿』なのである。決して変身しているわけではないから、術が解けるという概念がない。

 そうして小さな体となって管理しやすくなった自分の体に異常な箇所が出てくれば、その場所に変生を部分的にかけて修復する。それを繰り返さなければならない体になった。

 と、長く考え事をしてしまった、早く火を起こさなければ。


 我は小さな体なれど、少女が前もって集めてくれていた木の枝などを集め、錬金術で枝から水分を抽出して捨てる。

 そして大体水分の含有量が10パーセント程度になった枝に炎属性の力術で火を付けた。

 パチパチと軽快な音を立てて木は燃え上がり、少女が持ってきた魚に視線を向ける。

 あらかじめ枝を加工して串にしたものを魚に刺しており、その柄の部分を咥えて火の近くに刺して立てるようにする。

 作っているのは我らの昼食、魚の丸焼きである。

 といって、この一週間の間、魚の丸焼き以外を食した事はないのであるが。

 

 一週間前、少女が目を覚ました時の事である。

 彼女はとても衰弱した様子であったのだ。顔色は悪くなかった事から、女神とやらの力で体は十全の状況になっているものと思われたが、精神の方は消耗している様子だった。

 そこで、まずは少女の回復を主目的と定め、副なる目的として、お互いの身体の状況を確認することした。

 回復と言えば食料や水が必須であるから、我が水の匂いを辿ったところ、近くに川がある事が分かり、更に良い事に、魚が生息していたのである。

 とはいえ、我のような強き存在は生の魚でもいいのだが、脆弱な人間である少女は魚を加熱して食さねばならなかったし、脆弱な人間は暑さや寒さにも弱い。

 特に夜は冷えるという事もあって、我がこうして火を起こし、魚を焼いて食わせているのである。

 そして、なぜそのまま一週間経過しているのかというと、異常があったからに他ならない。

 いや、少しだけ女神の魔法にインスピレーションを受けて、魔法の開発に没頭して時間が経っていたという事実も否めないが、それ以上に、少女である。

 我の見たところ、彼女は確実に人間を超えた存在になろうとしているのだ。

 いや、もうすでになっている。

 普段は衣服で隠れているが、彼女の背中の一部、肩甲骨と肩甲骨の間くらいであろうか、その部分の肌は硬質で浅黒く、よく見ると鱗のようなものが生えている。

 それだけではない。魔力の圧力がその辺の魔物とは桁違いなのだ。

 これは最早、ドラゴンの魔力を有しているといえるかもしれなかった。

 勿論成体となったドラゴンの足元にも及ばない魔力量ではあるが、それでも異常だ。

 仮説ではあるが、彼女の肉体は人の身でありながら我の因子を受け継いだのではないだろうか。

 つまり、最強種であるカオスドラゴンの因子を。

 その証左、というわけではないが、我は彼女の姿に目を向ける。

 彼女は未だ魚を捕る事に夢中である。最初の内は木の枝を槍の様にして投擲していたが、現在は素手だ。

 目にも止まらぬスピードで川に手を差し込んだと思った次の瞬間には魚がこちらに向かって飛んでくる。

 まるで熊が鮭を取る時のように、泳ぐ魚を手で弾き飛ばしているのである。

 我の記憶では、人間はそのような事をする生き物ではなかったと思う。

 いわんや、まだ大人の体にもなっていない少女が、である。

 いや、これだけではきっと単に多少力が強い少女という見解もできるかもしれないが、まだあるのだ。

 彼女が枝を槍替わりにして投げた時に、深々と地中に突き刺さったり、枝をいちいち拾うのが面倒だと大人の腰より太い木を押して折ろうとした際に、メキメキと音を立てて本当に木を折ってしまった姿を見たのである。理解してくれただろうか、これはもう明らかに人間ではない。

 そもそも人間は動物の一種で、魔物と違い魔力など持っていなかったと記憶しているのだが、この少女の親からも僅かに魔力を感じたし、確認すべきことは多い。

 以前、もう滅んでしまった文明で人間の友人が言っていた言葉がふと蘇る。

 たしか、『魔力を持った人間が現れ魔族や魔物を討伐し、魔王すら倒しそうな勢いだ。これでは民の賞賛を全部持っていかれて困ったものだ』だったか?

 ともあれ、彼女を人里にこのまま帰していいのかどうか、それを悩んでしまって森の中で生活しているという次第だ。

 いや、それは建前で、実は違うのかもしれない。


「どらごんさん、さぼってる!」


『そんな事はないぞ。我はいつだって勤勉だ』


「呆っとしてた!」


『む、いや、確かに少し考え事をしていた事は認めよう、しかしさぼってはいない。こうして魚を焼いているのだからな』


「魚。こげてるもん」


『なに!?』


 いかん! 魚が焦げた場合には有害な成分ヘテロサイクリックアミンが含まれてしまう。

 この成分は直ちに体に不都合を起こすというわけではないが、それでも体に悪い。

 こんなものを脆弱な少女に食べさせる訳にはいかぬ!


『すまぬ。この焦げた分は全て我が食べよう』


「半分こしよ」


『だめだ! 貴様がこの焦げた部分を食う事はならぬ!』


「むー、どらごんさんと一緒がいい」


 ぐっ、そう言われると一瞬何故か意思が揺らぐが、それでもだめだ。


『ならぬ。素直に言う事を聞け、人間の少女よ』


「はーい」


 少女は、やや不服そうに頬を膨らませながらも我の言う事を聞く。

 正直に言おう。我は、この少女と過ごす日々が楽しいと感じているのだ。

 永い時を一人で過ごした我にとって、新鮮な事ばかりだ。

 いや、若かりし頃の我が必要ないと手放したもの、鬱陶しいと突き放したもの。それらが、こんなにも我の心を揺さぶり、それでいて不快ではなく心地よいものだとは思わなかった。

 しかし彼女は人間だ。体がどのように変質しようとも、心は人間なのだ。

 こうしていたずらに時を無駄にするべきではないのかもしれない。早く人間の場所に帰してやるのがいいのだろう。

 よし、明日にでも役立つであろう魔法のいくつかを完成させ、森を抜ける相談でもしようか。

 我はそんな事を思いながら、川から上がってきた少女に渡す焦げていない魚を、葉で作った皿に乗せていくのであった。

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