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第34話 失礼シマース

 目が完全に死んでいる魔物達は凄まじい速さで駆け、その剛腕を振るう。

 その威力は振るった際に重い風の音が伴う事から、人間がその攻撃を受けたならば吹き飛ぶだけでは済まないだろうと思える程だった。

 それもそうだろう。この魔族らは、その弱そうな見た目からは想像できない程に強大な魔力を有しているのだ。

 一般的に魔力を多く保有している者は身体能力が高い。これは魔力が体を動かす動力なのだから当然ではある。

 しかしそれが全てという訳でもない。魔力には効率があり、同じ魔力保有量であっても、より魔力を体に循環させ動かすイメージが出来る者の方が肉体的な魔力操作に優れている。

 これは魔力を対外に具現する能力とは全く異なる能力である。対して、人間でいう所の魔法使いは異なる。魔法はイメージも必要だが、それでは発動しない。重要なのは正しく数式としてアウトプットする能力だ。

 予定し、計算し、表記する。魔法を事象として現象させる行為は、研究開発の過程に似たものであるのだ。


業火イグニス


 そう唱えると、我の杖の先に浮かんでいた魔法式が赤い炎の球体へと変化し、ポン、という気の抜けた音と共に放物線を描いて飛んでいき、その場に居た魔物数体を巻き込んで爆音を上げながら爆発した。


 しかしキリがない。そして気味が悪い。

 魔物達は凶悪な攻撃を繰り広げながら、その口から出るのは、気の抜けた掛け声だ。

 

「失礼シマース」


「コチラオ願イデキマスデショウカー」


「確認シテイタダケマスカー」


「ゴ検討イタダケマスデショウカー」


 何かの確認をこちらに依頼する言葉と共に轟音を上げて振り下ろされる凶悪な爪。その一撃を躱しながら、我は溜息を吐いて回りを見る。

 身体能力が高い魔物達だが、攻撃は単調で、どこか喧嘩慣れをしていない温和な人間がおっかなびっくり攻撃しているような、そんな不釣り合いさを感じるのである。

 それは生物が生きていく中で得た、いわば体になじんだ力ではく、いきなり見ず知らずの誰かの体と力を与えられて己の体に振り回されているような不自然さが見える。

 これは、勇者クロウに感じた違和感に近い。ただ、勇者程膨大な力という訳でもない魔物達は、魔力で劣るテンガロン達相手に競り負けている様子だ。

 この点については本当にテンガロン達を褒めてもいいとすら思うくらいである。例えば魔物が繰り出した拳の一撃を剣の腹で逸らすようにして躱し、体制が崩れた魔物の足元を踏むように蹴りつけつつも、その蹴りの反動を利用して距離をとったテンガロン。

 普通であれば相手が体制を崩せば、有効な一撃をいれようと剣を振り下ろしているかもしれない。しかし、焦る事なく拳の力を逸らした関係上剣の構えが万全ではなく、彼我の身体的な能力差を考えて距離を置く事にしたのだろう。

 中々出来る判断ではない。

 今我が言ったことを机の上で考える事は誰でも出来るかもしれない。しかし、命のかかった戦いという最中で、そのような冷静な判断をし、緊張している体をその思考に沿う様に万全に動かすというのは並大抵の事ではない。

 彼はきっと、勝てない相手と沢山戦った事があるのだろう。それは修練の場なのか、実践の場なのかはわからないが、ともあれ若いように見えて、意外と技巧派のようだ。


 そしてテイルも、タイプこそ違うが技巧派と言える。

 彼は右手に細剣を持ち、左手に肉厚のマチェーテを構えていた。半身になり、魔物の繰り出す攻撃に対して絶妙な角度でマチェーテを当てて攻撃を逸らす事を何度も繰り返し、十分な隙が見えた瞬間に右手の細剣で必殺の突きを繰り出すのだ。

 その凄まじい突きは、足からの力をうまく直線で伝えており、相手にヒットした瞬間に反作用で地面が少し沈んだように見えるくらいである。

 恐らく、その人生の殆どを人を殺める一突きをどう入れるかという事だけに費やしてきたのだろうと思わせるような、芸術の域であるとさえ思う。

 彼らは本質的に弱い。しかし、その弱さをカバーする技術があるのだ。


 そして何より意外だったのは、ネイトとヴィエタである。

 彼女たちは三ヶ月前まではテンガロンに守られるだけの存在だったように思うのだが、それがどうだ。

 ヴィエタは手に持つ盾、円形でドーム状になっている、所謂バックラーという種類のものだろう。それを使って攻撃を防ぐのだが、それがとても攻撃的なのだ。

 相手の攻撃の先に盾を置いて防ぐのではなく、相手の攻撃に盾をぶつけて相殺しているのである。

 シールドバッシュという盾で殴る攻撃があったと思うが、それを相手の攻撃に被せて行う事によって相手の攻撃を防ぐだけでなく、弾いてよろめかせることに成功しているのだ。

 これも身体能力で言えば魔物に軍配が上がるのだから、まさにタイミングと角度が非常に良いからそうなるのだろう。

 そして出来た隙を、ヴィエタは右手に持つ剣で攻撃するのかと思いきや、「ネイト!」と合図の様に声をかける。

 すると、後ろから杖を構えたネイトが「光よ!」と叫ぶように唱え、光弾が杖の先から放たれ、魔物に当たって目を焼くような光の爆発が起こった。

 そして更に魔物の体制が崩れ目を焼かれたところに、ヴィエタは裂帛の気合と共に唱える。


「闇よ!」


 その声にどれほどの力があったのか、ヴィエタがブロードソードで魔物を袈裟切りに切った時、剣で切った傷の少し下に同じような傷がもう一つ。恐らく、何らかの魔法で剣の影を使って攻撃を加えたものなのだろう。

 堪らず「イカガイタシマシタカー」などと気の抜けた事を言いながらもよろめいて後退する魔物。

 相手が数的優位な状況とならなければ彼女達は負ける事はないだろう。


 しかし、二人の使っている魔法は我の知らない魔法だ。いや、ネイトもヴィエタも、魔法式を展開していない様に見える。つまりそもそも我の知っている魔法と、彼女達の知っている魔法は異なる技術体系のものだろう。

 ともあれ、多数の魔物に襲われ、数的優位性は魔物にある筈なのだが、それを防いでいるのは勇者一行のメンバー達と我。そして、なんとマアナの活躍によるものだった。

 今も我の目に映るのは弾丸の様に魔物に飛び掛かるマアナの姿だ。

 マアナは一本の線にしか見えない流星のような突撃で魔物に向かい、勢いそのままに斧を叩きつけていた。

 その威力はすさまじく、何と何がぶつかればそんな音をするのかという程の轟音を立てて魔物が吹き飛んでいくのだ。そしてマアナはその場に留まることなく次の標的に向かって再度弾丸となって飛んでいく。

 まさに人間大砲とはこの事だろう。


 勇者一行も戦果凄まじく、大楯を構えた騎士風の見た目のソフィーは堅実に相手の攻撃を受け、あるいは味方を守り、それでいて守るだけではなく時折剣で相手を怯ませる。

 その隙をついて間合いの外、しかも死角から一気に飛び込んで致命的な一撃でもって魔物を仕留める暗殺者スタイルの戦い方をするピュエリ。あるいは大斧を持った戦士風の女ネーアが一刀両断で屠る。

 そんな着実に数を減らしていく三人に近づこうとする魔物達を魔法使い風の女、マリが牽制の意味もあるのだろう、爆発する魔法を適度に放って吹き飛ばす。

 そして全体を把握するかのように正確で強力な狙撃の魔法で魔物を吹き飛ばす司祭風の女、フローレンスが居る。

 最初は守るのが大変かと思ったのだが、中々どうして人間というのはしぶといものである。

 魔物は数を減らし、最早数的な差は殆ど見受けられない。油断できないのは、今も尚森の影から新たな魔物が追加されており、最終的な総数が読めないのはいただけないが。


 しかし、この戦いで最も意外だったのは勇者である。

 タナカと名乗った魔物を相手どっている勇者クロウが、想定より弱いのだ。

 いや、違う、本気になっていないのか、それとも本気を出せない理由があるのか。

 確かにタナカと名乗った女の魔物は、他の魔物に比べて更に膨大な魔力を有している。

 戦闘能力としてもかなり高い事が見て取れる。

 だが、我を倒す程の力を持った勇者であれば、あっという間に撃退できるはずだった。

 しかし、実際は。


「どうして君は戦うんだ!」


「アア!? シゴトダッテ言ッテルダロ! ウゼェンダヨ!」


「その仕事は、僕たちを殺さなければ達成できないのか!?」


「知ラネェヨ! オ前マジウザインダケド!」


「向き合う事から逃げるな!」


 などと言い合いながら、魔物の攻撃を受け流す事に専念している様子なのだ。

 一体何をやっているのか。どういう理由があったにせよ、まずは殲滅してから考えればよいだろうに。

 我に対しては「悪者に見えるから」というだけの理由で問答無用で殺しにかかってきた筈の勇者は、この女の魔物、タナカに対しては何故か攻撃を躊躇っている様に見える。

 しかし、獣の魔物には容赦ないようで、タナカの援護にやってきた魔物達は一刀で切り倒しているから、魔物という存在そのものに思い入れがあるという様子ではない。

 

(過去にタナカと接点でもあったのか? いくらなんでも不自然過ぎる)


 我は胸中で疑問符を浮かべ、疑念の目を勇者に向けながらも魔物に剣を差し込み、その命を奪う。

 そろそろ頃合いか。我はマアナに念を飛ばした。


『マアナ。魔物の数も減ってきた。我はタナカを倒す事に専念する。その間みんなを守れるか?』


『うん! 頑張ってね! どらごんさん!』


 いい子だ。本当にいい子だ。

 人知れず我はにやりと笑って、突撃してきた魔物の拳を躱し、すれ違いざまに相手の頭に杖をあてがい、衝撃波の魔法を叩き込んでおく。

 まるで爆発した様に頭が吹き飛んだ魔物の姿に一瞥することもなく、我はタナカの方へと歩を進めるのだった。

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