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第32話 ところで、勇者様は何故森へ?

 耳にはサラサラと水の流れる音が流れ込んでくる。

 空を見上げれば、太陽がこれでもかと目に向かって光を注いでくる。

 それを眩しく思って目を細め視線を落とすと、食料が沢山並んだ布のシートが目に入る。

 平和な光景だ。まるでピクニックにでも来ている気分にすらなる。

 けれど、そこに居並ぶ者達は何やら微妙な雰囲気だ。

 ふと見やると、そういう雰囲気などお構いなしのマアナが二個目の卵焼きサンドを食べ終えて、三つ目に手を伸ばしかけ、しかしそれは余りに遠慮がなさすぎると思ったのだろうか、手を引っ込めて変わりに焼き魚を手に取った。

 そして、笑顔で勢いよくかぶりつく。

 けれど、咀嚼しながらマアナの顔は怪訝な顔に変化していった。

 それはまるで、美味しいはずの物にかぶりついたら、全く味がしなかったとでも言うかの様子だ。


 風の音も少なく、水のせせらぎと、マアナの咀嚼音だけが全員の耳に入る状況。日差しは暖かく、じっとしていると場所によっては服の表面をじりじりと焼いていくような日の光。

 心地いい筈のその光景は、抜け出さなくてはならないぬるま湯であるような焦燥感もある。

 それはきっと、群れで暮らす人間であれば大きな焦りとなるのかもしれない。けれど、我は個で生きるドラゴンだ。よくない雰囲気だろう、とは思うが、なんとかしなくてはならないとまでは思わない。

 なんとかしなくてはならないと思ったのであろうテンガロンが、勇者に向かて笑顔を浮かべた。


「ところで、勇者様は何故森へ?」


 無難な問いだ。そして空気を変えるという意味でも、その問いは効果的であろう。見なくてよい遠い場所から、現実という近い場所へと目線を変える問いだといえる。

 その問いに、勇者クロウは「うーん」と何やら困った顔をしながら仲間達の顔を見た。

 仲間達はというと、クロウの目線を受け、頷くばかりである。まるで全てを任せるとでも言う様に。

 恐らく全幅の信頼がクロウに集まっている結果がそうさせているのだろう。ただ、我の目には、その信頼はクロウには重いという風に感じた。

 不思議なものである。我を倒す程の力を持った存在が、その実、あり得ない程に未成熟な人間なのだ。それはどこか、小さな子供が巨大な鈍器を持って、やもすればその武器の重さに振り回されてしまうのではないかと不安になるような、そんな危うささえも感じる。

 勇者クロウは口を開く。その顔は、追い詰められた者のような顔をしていた。


「領主様からの依頼を、冒険者協会経由で受けまして。ドラゴン出没もそうですが、森の魔物に変化が起きているらしいんです。それの調査に」


 その言葉に、問うたテンガロンが鼻白んだ顔をして「そうでしたか」と声を出した。

 魔物の調査。それも領主が乗り出しての事。

 魔物に変化が起きているというなどという情報は町には流れていなかったから、大々的にやっている訳ではないのだろう。それを考えると、あまり世間に公開したくない情報ではないだろうか。いや、もしかすると件のドラゴンの場所を割り出すまでの間、勇者一行へは接待のような依頼をしているのだろうか。

 我はそんな予想をしながらも、勇者の視線の動きに苛立ちを覚える。マアナの事が気になるのか、テンガロンと会話している最中もチラチラと視線をマアナに向けている。

 とうとう話の隙を見て、「サンドイッチ、もう一つ食べていいよ」などと言いつつマアナに微笑みかける始末だ。

 特に気にした様子のないマアナは、嬉しそうに受け取って、「ありがとう」と言い終わるや否や貰った卵焼きサンドに齧りついたようだ。

 気に入らない。明らかにマアナに取り入ろうとしている勇者クロウの狙いがわからないし、そもそも力ある危険な存在に近づいて欲しくないと思うのだ。その思いが、我の眉間に皺を寄せる。

 そんな我の心の動きに、目ざといテンガロンは気付いたのだろう、声を大きくして「俺たちはキノコ狩りにきたんですが、危ないですかね?」と問いかける。

 これに答えたのは勇者ではなく、魔法使い風の怪しい女、マリだった。


「なんとも言えぬがのぅ、もし本当に森の生態に変化があったとしたら、例えば世間を騒がしておるレッドドラゴンが現れて手当たり次第に動物や魔物を淘汰しているか、あるいは……」


 幼い見た目に反して勿体付けた喋り方をするマリは、そこで一旦言葉を切って、鼻にかけるようにして装着している丸眼鏡を人差し指で押し上げながら言葉を続けた。


「ダンジョンが発生した、という可能性も無くはないな」


「ダンジョンとは、なんだ?」


 マリに思わず問いかけていた我に向かって、一斉に視線が集まった。その目には、様々な思いが含まれている様に感じて、眉根を寄せる。

 そんな我に、マリは何故かニヤリと笑って説明を始める。


「ダンジョンとは、謎に包まれた存在なのじゃ。私はダンジョンの研究を趣味にしていてな。と言って、まだダンジョンに入った事はないのだが」


 マリはコホンと咳払いをして言葉を続けた。


「曰く、ダンジョンは成長する迷宮であり、地下に向かって伸びていく。その最奥には魔王が存在し、魔王を討伐するとダンジョンは消滅するらしい」


 なるほど、と我は心で頷く。だが、それでは我の問いには答えているが、結局何故生態系が変わるのかがわからない。

 その疑問を、率直に聞いてみる事にした。


「どうして生態系が乱れるのだ?」


 マリは、少し難しい顔をして、口を開く。


「曰く、ダンジョンは小さな異世界と言われておってのぅ。ダンジョンの中はこの世界とは全く異なる魔物が生息しているそうなのじゃ。ダンジョンは迷宮であり、入ってきた者を殺して養分にする。それだけではない、魔物がダンジョンから外に出て、この世界の生き物を狩ってダンジョンに死体を持ち帰るというのじゃ。だがまあ、まだ解明されていない事も多く、謎に包まれておるがのう」


 そう言ってマリはフローレンスにちらりと視線を向ける。

 どういう事かと思って見ていると、補足するように口を開いたのは瞑想から目を覚ましたのか、静謐で、しかし確かな強さを感じる目をこちらに向ける鉄壁の戦士ソフィーだった。


「フローレンスは、アース教の司祭だからだ。教会に蓄えられている知識は国よりも古く、そして多い。それはダンジョンについてもだ」


「確かに、私は勇者様と同行すると決まった時に、禁書庫への立ち入りとダンジョンや魔王についての知識について一定の許可をいただきました。とはいえ、語れるほどの情報はありません」


 そう言ったフローレンスだが、その言葉尻は少し違うのではないかと思えた。語れるほどの情報が無いのではなく、語る事の出来る情報がない、という事ではないだろうか。

 我の記憶にダンジョンというものは存在しない。つまり、我が世界との関わりを断ち引きこもっていた間に発生しだしたものだと考えられる。

 異世界から来たという勇者。小さな異世界と説明されるダンジョン。そしてその情報を握るアース教。

 我の直観は、これらは世界の根幹にかかわる何かではないかと囁いている。そして。


(あの神と思しき存在とも、無関係ではないのかもしれぬ)


 人知れず胸中で呟いた我。しかしその刹那、ある事に気付いて思わずマアナに視線を向ける。

 すると、マアナも同じことに気付いたのか、こちらに驚いたような視線を向けた。


 ……囲まれたか。

 マアナ以外が、気付いた風もないが、魔力を持った何者かが我々を取り囲んでいるのだ。

 強者である勇者や、戦いに特化しているだろう勇者一行の面々も気づいた様子が無い事から、もしかすると人間は魔力を感じる事ができないのかもしれない。

 だが、我々ドラゴンは魔力を感じる器官が耳の近くにあるのだ。マアナも、恐らくドラゴンの因子を受け継いだことによって、その器官を得たのかもしれなかった。

 ともあれ。


(どうしたものか。敵ならば打ち倒せばよいが、守るべき存在が多い。こういう場合、人間らしい対応というのはどういうものなのだろうな)


 我は溜息を吐きながらマアナに、一つ頷き立ち上がった。

 そして、言葉を放つ。


「何者かはしらんが、出てきたらどうだ」


 テンガロン達をはじめ、マアナを除く一行は我の行動が意外だったのだろう。目を丸くしているが、構わず続けた。


「人間らしく会話から始めてみたが、やはり面倒だ。我らしく行かせてもらおう。不快だから滅べ」


 言って、森の一角に向けて火球を放った。

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