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第31話 お口に合いませんでしたか?

 これは、まさに暴力だ。

 我は先程味わった卵焼きサンドなるものの強烈な味を思い出して眉間に皺を寄せた。

 不味いという事ではない。ただ、強烈だったのだ。

 これは人間よりもドラゴンである我の方が耐性が低いと思うのだが、テンガロン達も同じように一口目を吐き出していたため、そう変わらないのかもしれない。

 繰り返すが、不味いわけではなかった。


 まずはその卵焼きサンドなるものを頬張り、歯を立てた時にその異様さに眉をしかめる事になる。パンに歯ごたえが全くないのだ。

 パンと言えば、スープと共に食さねばとても食べれるものではないという固定概念を覆す事実に、まるでたたらを踏むかのような心地で歯を進めると、内包されている粘度の高い調味料が中から噴出してくるのだ。

 それはとても濃厚で舌に絡みつきながらも、強烈な酸味を伴って舌の味蕾一つ一つに過剰な油を伴って染みわたる。

 舌先から中程までには酸味が強く刺激し、強烈ではあるがある種サッパリとしているにも関わらず、舌の奥では旨味とでも言えばいいのか、後味として残りそうな深い味が広がる。

 それはまるで味覚として感じられるありとあらゆるものを、強烈に刺激するようなものだ。

 あるいは油の沼の中で藻掻く者を、味という刃で四方八方から串刺しにするとでもいえばわかるだろうか。

 そんな凶悪な罠に捉われた舌に、卵焼きが現れる。

 卵焼きは、卵が保存に向かない性質もあって、そこまで市場にあるものではない。

 だが、養殖しているドードー鳥の卵は貴重なたんぱく質として焼いて食べる事もあるので、その味は知っている。

 淡泊な味で、そこまで味覚を刺激しない。そう思って一息つく思いで油断して舌に卵焼きを転がす。

 だが、そこで大いに裏切られるのだ。

 予想していた淡泊な味などではなく、甘味を感じるのだ。

 それだけではない。これは海藻を茹でた出汁だろうか、舌の奥に淡く感じるのは、旨味に似た味覚だ。

 またも訪れる味覚の暴風。それはまるでゴングが鳴ったと同時にラッシュスパートをかける剣闘士が、最終ラウンドに至るまでずっとラッシュを続けているような。

 そんな逃げ場のない状況に、距離を取りたいと誰もが思うだろう。

 事実、そう思った我々は、思わず一旦吐き出すという物理的な距離をとる手段に出てしまったのである。

 

 そんな我々を見て、勇者クロウは眉を八の字にして慌てた声を出した。


「お口に合いませんでしたか?」


「あ、いえ、そういう事じゃないのですが……」


 テンガロンが慌てて対応する。

 いや、『口に合わない』という言葉が言い得て妙ではあった。テンガロンが以前言っていた事を信じるのであれば、勇者とは、異なる世界からやってきた存在だという。

 だとすれば、勇者の住んでいた世界では普通かもしれない。ただ、この世界において、ここまで味の濃い料理は存在しないと言っても過言ではないのだ。

 いや、味が濃いだけではない。濃い味で上手く調整されているのだ。

 つまり、味がとても濃いが慣れると美味しいのだ。


 この世界の料理は、まず素材の味が基準となって、それに合わせる味付けをしているし、何と言っても調味料など高価なものをふんだんに使うという発想があまりない。

 味を調える為に使うという認識なのだ。

 引き算というよりも、割り算のような感覚だ。


 対して勇者の卵焼きサンドは違う。

 まるで素材の味が調味料の一つであるかのような、様々な味を掛け合わせて複雑な味わいの中で調和を取っていくようなものである。

 足し算であり、掛け算のような考え方である。


 恐らく、この濃い味付けで調整された食べ物に舌が慣れてしまうと、今までの食事では物足りなくなってしまうだろう。

 我のような、そもそも肉を生でそのまま食べるドラゴンはこの国の塩で味付けする人間の食事ですら味が濃いのだ。

 それに慣れた後に食べる生肉の、なんと味気ないものか。


 ふと傍らを見ると、ヴィエタが困ったような、そんな顔をして卵焼きサンドを見ていた。

 マアナはというと、一口目は吐き出してしまったが、二口目以降はむしゃむしゃと、実に満足そうな顔をして食べている様子だった。

 ヴィエタが、ぽつりとつぶやいた。


「これは、民全体の幸福度が下がりますわね」


 その言葉に反応したのは、テンガロンである。


「ええ、と言っても、止める事もできません」


 その様子に、不思議そうな顔をした勇者が質問を投げる。


「どうしてですか? 美味しい物って幸せになりませんか?」


 我は成程と胸中で呟いてから、己の中で得た答えを声に出す。


「幸せが生まれるからこそ、不幸も生まれる。現時点で幸せも不幸もないものに、幸せが突然生まれてそれが全員に享受されないとしたら、それは少数の幸せを生み、同時に多数の不幸を生むという事だ。まあ、商人や庶民レベルであればそんな事を気に掛ける必要はないだろうが、国や領地を治める立場であれば、看過できないだろうな」


 我はちらりとヴィエタとテンガロンに視線を送ると、二人は目を逸らした様子だ。

 恐らく、本当はそういう立場の存在なのだという事だろう。

 我の勝手な憶測になるが、我々が居る町は比較的裕福な町だろうけれども、マアナは口減らしに捨てられた子なのだ。その事実はつまり、この国は食に余裕がある訳ではないという事である。

 今現在の状況で言うと、食にありつけるという事が幸せであって、それは多くの者が達成できているのだろう。

 もちろん貴族や大きな商家などの食事は豪勢なのではないかと思うのだが、ここ三ヶ月で得た情報から推察するに、裕福な所では食事そのものではなくて、食器などが豪華になるのだそうだ。

 あと、食事の提供される量も多くなる。美味しい不味いという点については、庶民と変わらないらしい。

 このように味にそこまで手が回っていない原因は、食料の生産地で人手不足が深刻化しており、食料の供給が間に合っていない事も大きい。

 隣国などではその問題を、奴隷などで賄うという手段をとっていると聞いたが……いや、話が逸れた。

 ともあれ、今この国では食について不幸の割合が少ないのだ。不幸の状態の者は、基本的に決まった場所に寝泊まりする事もできず、最悪の場合は命を落とす事さえあるからである。

 そうならない者は、幸せなのだ。


 我が考えを終えた時に、それを見計らって、という訳ではないだろうが、司祭服を着た女、確か名前はフローレンスが口を開いた。


「けれど、幸せを感じる人が一人でも生まれるなら、価値があるのではないでしょうか」


 我は、フローレンスの目をしっかりと見て言葉を返す。


「人間らしくない考え方だが、その通りだ」


 我の言葉を理解できた者は少ないかもしれない。マアナに至っては聞いてすらおらず、卵焼きサンドの二つ目を手にしていた。

 我は、ここで議論する意味などない事を知りながらも、言葉を続けた。


「群れ全体の事などどうでも良いのだ。少数、つまり自分の周りが幸せになればそれで良いという考えはとても理解できる。我々ドラゴンは更に個人主義だから、自分が幸せになればそれでいいと考える。我はフローレンスの言は実にドラゴンらしくて良いと思うが、群れ全体を管理する人間の為政者はそうはいかぬだろう」


 そして、最後に我は溜息をついて言葉を括った。


「この話は本当に意味がない。ここに卵焼きサンドがあるのだから、流出は止めらないし、この国の生産者にこれの材料を安定的に生産する能力はないだろう。特に卵は輸送の問題もあるし、都市部では難しいだろうな。といって田舎でそういった事も難しい。だから、つまり貴族や裕福な者が独占していくのだろう。ただ、この話は先に言ったように話すのも考えるのも無駄だ、誰かがどうにかする問題でもないからな」


 我はそう言って、何の味付けもされていない油の味と、ぱさぱさとした触感の焼き魚にかぶりついた。

 やはり、前回食べた魚は美味いと感じたのに、今食べた魚はとても味気ない気がして、苦笑するしかなかった。

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