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第29話 残念だったな

 キノコの採集も相当な数を計上し、マアナに至ってはこの数時間で30本ほども見つける事ができた。

 思わぬ才能だと思うのだが、マアナには常々どこか感性が特別個性的であるという事を感じていたのである。

 それはきっと、見えている世界が違うのだろうと思うのだが、具体的に何が違うのかを確認しようにも、主観によるものなので難しい。

 今回のキノコに関しても、捜索のコツを聞いたところ「むあっとしたところを探して、その中でむむって伸びてるのがキノコタケさんで、ざらざらっとしてすんってしてるのが毒キノコさん」という、なんとも理解が難しい答えだった。


 やはり人間は難解だ。これを理解しようなど、どうかしている。

 しかして我は今、その難解な人間の姿になって一行と共に歩いていた。

 これは先程キノコ採集もそろそろ終わろうかという時に、ドラゴンの姿だと誰かと鉢合わせになった時に困るかもしれないという事をヴィエタが言い出したからである。

 これには我を除く者達の全会一致で、人間の姿の方が都合が良いという結論に至ってしまった。当事者であろう我の意見や想いなどは全くの無視である。

 ヴィエタによると、それこそが民主主義なのだというのだが、それは我と解釈が異なる。

 民主主義とは、意見が対立した際にお互い折衷案を出し合って全員が合意出来る案を模索する事が本来の筋だ。

 しかしながら、どうしても折り合いがつかない箇所については部分的に賛成者が多数の案にて決を採るという事だ。

 今回に関しては、民主主義ではなくて恐怖政治だと言えよう。


 ともあれそういう異論はあるが、彼らが我とマアナを心配してこの提案になっているという事は分かっている。

 だからこそ、釈然とはしないがそれでも従ってやっている。これが大人の対応をというものであろう。

 事実、我はこの場の誰よりも年上だしな。


 そんな多種多様な考えが渦巻く一行の先頭は、どこで拾ったのか手ごろな枝を振り回してご機嫌なマアナと、時折「あぶないぞ」「もっと前を見ろ」と誰よりも保護者然とした暗殺者、テイルの二人だ。

 この場の全員が同じ感想を抱いているのではなかろうかと思うのだが、テイルは恐らく子供好きなのだろう。

 思えば森に入ってから今まで、必ずマアナが視界に入るように動いているように思う。

 対象との距離の保ち方はやはり流石は暗殺者と言えるほどで、絶妙にマアナに気を遣わせない、マアナの邪魔をしない距離感である。

 翻ってそれは、最も意識を向けられず、それでいて対象と離れすぎない距離であると言える。

 マアナへの表面的な態度だけを見ていると微笑ましいとすら思える所だが、暗殺者としての経験と技能が遺憾なく発揮されている所に彼らしさが伺い知れた。


 その次に続くのは、先頭の二人を微笑ましく見守るネイトとテンガロンの二人であった。

 テンガロンの視線は主にマアナに向かっており、まるで世界一の絶景を眺めているとでもいうように時折目を細めて眩しそうにしている。

 接していればわかるのだが、彼は本当に人間が好きなのだなと思う。

 いや、正確にはそうではない。人間を信じたいと願っているのではないだろうか。

 彼の中にはどこか人間に対して絶望している、とても冷めた部分があって、それを直視しないように希望の方に目を向けている、そんな風に感じるのだ。


 対してネイトはどちらかというとテイルを微笑ましく見ている事が多い気がする。

 どういう気持ちが含まれているのかを知るに足るほど、ネイトの経緯を知っている訳ではないが、時折羨望にも似た目をすることもあるように感じるのである。

 そこから察するに、自身の運命や職業、そういった逃れられないものから逃げようとしていて、暗殺者でありながら子供と仲良く歩くという一般的に相容れない状況に憧れに近いものを感じているのではないか、と我は予想している。

 まあ、これはあくまで予想でしかないのだが。


 そして最後尾は我とヴィエタである。

 思うに、口を開けばいつも喧嘩に発展しがちな事から一番相性が悪いように思うのだが、今回のキノコ採集では行動を共にする事が多い。

 我としても別段険悪な雰囲気になる必要はないので、軽口などを交えて友好的な雰囲気を作りたい所である。

 ちらりとヴィエタを見て、我は口を開いた。


「残念だったな」


「何がですの?」


 無理だった。我の口から出たのは嫌味な色が十分に乗った言葉であった。

 だが、ヴィエタは気にした風もなく先頭のマアナに目を向けながら答えてきたので、話を続けることにする。


「結局、キノコは一つしか見つけられなかった。何の勝負をしていたのかしらんが、お前の敗北だ」


「あら? そう見えまして?」


 こちらに振り向きながら笑って言うヴィエタに、多少驚いてしまう。

 怒って言い返してくると思っていたからだ。

 実際の彼女は、楽しそうに、そして試すようにこちらを見て言葉を続ける。


「私は敗北なんてしていませんわ。あなたには理解できないだけ」


 ヴィエタの言い分に、我はたまらず言い返した。


「どういう事だ? 貴様は誰よりもキノコを見つけた数が少なかっただろう」


「やっぱりわかっていませんのね。どれだけ長く生きたかわかりませんけれど、まだまだですわ」


「負け惜しみで言っているのか? 我らドラゴンにとって、勝ち負けは重要だ。だが、負けたのに勝ったと言い張るのは最低な行為だ」


 眉根を寄せた我に対して、ヴィエタは笑顔で人差し指をぴっと立てた。


「であれば、覚えておいた方がよろしくてよ? 勝ち負けは切り取った結果でしかないのです」


「どういう事だ?」


 疑問符が浮かんだ我の顔が可笑しかったのか、声すら上げて笑うヴィエタ。

 彼女は、今まで見せた事のないほどの笑顔だった。


「そしてこの話は私の勝ち、ですわ。トカゲさん」


「……我はトカゲではない、ドラゴンだ。それに、仮にこの話が負けだとしても、理屈くらいは教えてもらえるんだろうな」


「理屈、そうですわね」


 我をトカゲと呼んだ事については触れる事もなくヴィエタはそう言って、どこか遠くを見つめた。


「勝敗などというものはどの角度から、そしてどの部分を切り取るかでしかありませんの。あなたが言っている勝敗はキノコ採集で多くの本数を得るという視点での勝敗ですわね?」


「そうだが」


 それ以外に何があるというのだ。


「ではもし、私の採集したキノコが、他の誰よりも金銭的価値が高かった場合、金銭的な価値が最高のキノコを見つけるという視点では私の勝ちになりますわ。そうでなくても、私のとって美味しいキノコ、誰かにとって美しいキノコ、どんな角度で勝負するかなんて様々でしょう?」


「それは暴論じゃないか? 確かに勝負とは定量化して正と負を分けるものだろうとは思うが、あらかじめ勝利の基準を決めておくものでなければ成立しないだろう」


「だから、成立しないし、しなくていいと言ってるんですわ」


 全く意味がわからない。成立しないなら、勝負そのものに意味がなくなる。

 誰が勝者なのかが明白になるからこそ、勝負する事に意味があるのであって、解釈次第で誰しもが勝者たり得るのであれば、勝負をする意味とは何になるのだ。

 我が眉根を寄せれば寄せる程に、ヴィエタの笑みは深くなるようだ。


「私は勝ち取りましたわ。私自身の力で手に入れた、貴方が認めるキノコを。私は、私に勝ったんですの」


 フフフと笑う彼女は、まるで少女がするような、さしずめマアナがやるように嬉しそうに大手を振って歩く。

 足元の整っていない森の中なので、あまり褒められた歩き方ではないのだが、それは置いておこう。

 ヴィエタの言には人間独特の考え方が含まれているように思う。現に己と戦うなど、ドラゴンには無い概念だ。

 戦いとは勝者と敗者を生む。

 だというのに、自分を相手に戦って自分に勝ったとしたら、それは同時に負けている自分も存在するという事にならないだろうか。

 だとしたら勝ちと負けが同時に発生する場合は引き分けではないかと思う。

 矛盾が多すぎるのだ。意味がわからない。

 これは人間独特の哲学的な考え方なのか、それともヴィエタ独自の思考形態なのかさっぱりわからない。

 理解を放棄したいのに、何かが引っ掛かってうんうん唸る我に、ヴィエタはくすくすと笑いながら話しかけてくる。


「さっぱりわからない。って顔してますわね」


 そうだろう。我の顔には、どの言語を使う種族でもわかる『わからない』が書いている事だろう。


「わかりたくば、私を見ていなさいな」


 そう言って彼女は前を向く。


「私は自分の運命にも、この世界にだって勝ってみせますわ。それを、私の人生で証明しますの。だから、私が死んだ時、私が勝ったか負けたかの審判は頼みましたわよ?」


「えらく、重い役割を託すのだな」


 我がそう言い返すと、彼女はこちらを振り向いて笑う。


「私が死ぬ時は悲惨な事になっているでしょうから、その時にこの中で生きているのはきっと、あなたくらいですわ」


 そう言う彼女の顔は、何の憂いもなく、何の懊悩もない、まるで何らかの確信を持っているような真っすぐな笑顔だった。

 この透き通るような笑顔が見つめる先が、もう少し前向きなものであったならと思わなくもない。

 だけれど、ひとつ言っておかねばならない。


「断る。それに、我よりもマアナの方が長く生きる。だから頼むのであればマアナ頼め」


 我の言葉を聞いて、「そう」と少し残念そうな顔をする彼女。

 我が何か言葉を続けようか悩む間に、少し先を歩くテンガロンから声が聞こえてきた。 

 

「川があります、一旦昼食にしましょう!」


 その声に、我は様々な思いを一旦胸にしまい込み、先を急ぐのであった。

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