第28話 キノコは十分に集まっただろうに、そんなに必死になる必要があるのか?
マアナが一つ目のタマゴタケを見つけてから一時間程が経過した。
その頃には、大体どの辺りに生えているのかという事が全員なんとなくわかってきたのだろう、既にタマゴタケは10本ほど集まっている状況だ。
そんな中、一本も自力では見つけられていない者もいる。
ヴィエタと我だ。
特にヴィエタは全身を泥だらけにしながら、それこそ這いずって探しているくらいであるのだが、何故か全く見つからないのだ。
ここまで強烈な運の無さを発揮する人間はあまり見た事がない。
我も同じく見つかっていないのだが、我はそもそもそこまで真剣になって捜索している訳ではないのである。
決して、見つけようとして見つからないわけではない。本気を出せばすぐに見つかるはずだが、こんな程度の事で我が本気になるはずがあるまい。
言い訳ではない、本当だぞ。
そうして採集優秀組と、我とヴィエタの格差は現実的な距離となってしまい、マアナ達の後ろ姿が離れていく。
マアナと離れるのは色々と不安にもなるが、ヴィエタを一人にしてしまうのも良くない事だろう。
そう言えば、ヴィエタとはいつも言い合いになってしまって、まともに話した事があまりない。
いい機会だと思い、我は軽口を躱すつもりで口を開いた。
「キノコは十分に集まっただろうに、そんなに必死になる必要があるのか?」
すると、ヴィエタは一瞬きょとんとした表情を見せた後、鼻で笑って言葉を続ける。
「負けてもいい戦いなんて、つまらないでしょう?」
「誰と戦ってるんだ、お前は」
軽い突っ込みのつもりで吐いた言葉だが、予想以上に彼女の顔を曇らせてしまった。
彼女は、呆っとマアナ達の背中の方に目をやって、静かに呟く。
「さあ、わかりませんわ。私はいつまで戦い続けるのでしょうね」
その言葉はきっと、彼女の人生そのものに問うたものなのだろう。溜息のように小さく、それでいて重さを感じる呟きに聞こえる。
そう言えば彼女はよくわからない人間だ。いや、テンガロン含め、今我の周りに居る人間は色々と隠し事の多い人物達だとは思う。
その中でもヴィエタとネイトは特別何か大きなものを隠している気がするのである。
それは出自に関わることなのだろうと思うのだが、我とてそんな事を無暗に質問するような無粋な人間ではないし、そこまでの興味もないのである。
どこまで行っても、結局は短い付き合いになるであろう他種族の一個体でしかない。
だから、深入りする必要もないし、寧ろすべきではない。
しかし、彼女の横顔をじっと見ていると、不思議な興味が湧いてくるのだ。
人間社会は複雑だ。幾重にも単純が折り重なり、一つ一つの単純を見つけ出す事すら難しいほどに複雑なものだと思える。
だが、複雑ではあるが難しくはない。複雑でありながら分かりやすい、それだからこそ人間は暮らして行けるのであろう。
これがわかり辛くなってしまうと、生きる事が困難になってしまう。
そして特筆すべきは、人間の心の複雑さだ。
こちらは複雑でわかり辛く、寧ろ理解する事など不可能ではなかろうかと思える程である。
我々ドラゴンの心は、もっと単純だ。それはきっと本能に近いと言えるだろう。
だからこそドラゴンは容易に分かり合い、そして戦うのだ。
人間は分かり辛い。いや、分かり合う事など不可能だと思える。
今こうして隣にいるヴィエタの心の内もさっぱりわからない。
キノコ採集で闘争を燃やしているのであれば、相手から奪えばいいと思うし、そうではなく、探す能力で勝ちたいと思うのであれば、今この場で勝つ事など不可能なのだから、キノコではなく勝つ手段を模索する為に情報を学ぶ方向にシフトすべきだ。
けれど、彼女はそうはしない。それはどこかキノコ採集ではなく、別の戦いをしている様にも見える。
では一体、彼女は何を競っているのだろう。
何と戦っているのだろう。
どうしてそんな事をする必要があるのだろう。
少し考え込んでしまった我の顔を、ヴィエタはのぞき込むように見て、言った。
「意外ですわね。あなた、人間に興味がありますの?」
まるで心を読まれたかのようなその言葉に、内心どきりとしながらも否定はしておく。
「興味はない。疑問に思う事がいくつかあるだけだ」
「それって、興味あると言っているようなものだと思いませんの?」
からかうような顔になるヴィエタ。どうしてかはわからぬが、妙に腹立たしい。
我が鼻を鳴らしてそっぽを向いた瞬間、ヴィエタの声が大声を上げた。
「あった! ありましたわ!」
そう言って赤いキノコを掲げるヴィエタ。だが、タマゴタケとは限らない。
似た毒キノコかもしれない事を考えると、喜ぶのは早計だと言えよう。
「待て、テンガロンに見せよう。それがタマゴタケかどうかを確認せねばなるまい」
我がそう言うと、ヴィエタは手にしたキノコを突き出した。
「あなたが確認すればいいじゃない。早く見てくださいな」
「いや、我よりもテンガロンの方が……」
「早く!」
なんと強引な人間なのか。
我としては、我の曖昧な判断ではなく、確実な判断ができるテンガロンに見せた方が絶対に良いと思うのだが。
そう思いながらも、仕方なくキノコに目を向ける。
傘はルビーのように赤く、やもすれば毒々しいとまで言えそうな目に映える赤。
柄は黄色く、だんだら模様が特徴的だ。傘の裏側を見てみても、やはり黄色い。
特徴としてはテンガロンから聞いたタマゴタケと一致する。
念のため、記憶の中にあるマアナ達が採集したキノコと一致するかどうかを数秒かけて確認したが、やはりこれはタマゴタケであると言ってもいいだろう。
我は一つ頷いて、その旨を告げる。
「現時点の情報では、それはタマゴタケだろう」
そう言うと、ヴィエタは泥だらけの顔を輝かせ、両手を上げて喜びの声を上げた。
「やりましたわ!」
言いながらぴょんぴょん跳ねる彼女。
そんなヴィエタを見て、我は一つ気付いた事があった。
泥で汚れてボロボロになった衣服。泥と汗で汚れた顔。
しかし、彼女はそれでも『美しい』のだ。
これは決して矛盾する事ではない様に思う。
着飾れば着飾るほどに醜悪になる者もいるし、着飾ってより美しくなる者もいる。
彼女は、着飾っても着飾らなくても美しいのだ。
それは天から与えられたものではないだろう。
彼女の美しさは、人工的なのだ。
指先の神経一つ一つまで計算しているかのような所作。表情筋の一つ一つまでも自由自在に動かしているかのような仕草。
すべてが計算されているような動きに見えるのである。
それはきっと最早無意識の域なのだろう。徹底して作られた美しさと、それに抗うように破天荒でやもすれば悪とみなされかねない言動、そのちぐはぐさが彼女の複雑さをより深くしているのだろう。
どういう生き方をすれば、このような存在になるのだろうか。
我々ドラゴンよりも、ヴィエタの方が神と目される存在に近いのではなかろうか。
そんな変な考えを吐き出すつもりで溜息を吐いた我は、思わず言葉も一緒に吐き出していた。
「なるほど、美しいな」
「……は?」
我の声が聞こえたのか、ヴィエタは一瞬で固まり、我に氷のように温度の低い眼差しを向けて言う。
「ごめんなさい、トカゲはちょっと」
「我はドラゴンだ! それと、変な勘違いをするな!」
堪らず否定した我の言葉を合図に、いつものように言い合いに発展したのだが。
その言い合いが終わった頃には、テンガロン達は50本以上のタマゴタケを見つけてきていた。
ヴィエタはいいとして、我まで困った子を見るような目で見られてしまったのは、言うまでもないだろう。
誠に遺憾である。
それに、その不服そうな我の顔を見て、ヴィエタが楽しそうに笑っていたのも気に入らぬ。
世界で一番不幸なドラゴンがいるのなら、それは我ではないだろうか。




