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第27話 マアナさーん! あまり走り回らないでくださいね! 暗がりにはスライムが出たりしますから!

 我は森に居る。

 と言って、視界に映るのは時折入ってくる光で見える、革の質感と詰め込まれた食料くらいで殆どは真っ暗だ。

 しかし我は森に居る。正確に言うなら、我を入れたリュックが森に居るマアナに背負われている、といったところだろうか。


 ともあれ、普段は暗く、どこか恐ろしい様相であろう森なのだが、ここにいるメンバー達のせいでピクニックの光景の様になっているのは少々眉根を寄せる所だ。

 折角鬱蒼とした木々が並び、湿気で空気も淀み、様々な匂いが混在して混沌とした場であるのに、この一行はまるで草原を歩いているような風である。


 勿論、我にとっては恐ろしい場所でもなんでもないのだが、それでも風情というものがあろう。

 しかし、そんな風情を吹き飛ばすような、テンガロンの注意の声が飛ぶ。


「マアナさーん! あまり走り回らないでくださいね! 暗がりにはスライムが出たりしますから!」


「うん!」


 返事をするマアナの声からは、この状況を楽しんでいる事が伝わってくる。

 彼女の境遇を考えると、ひとつの目的に向かって誰かと一緒に作業をするなどの経験は皆無だろう。

 だからこそ、今の状況が楽しいのかもしれない。


 そもそも、何故全員が付いていく事になったかの発端は、どうやらマリーザがマアナ一人で依頼をしている状況を快く思っていなかったらしい。

 そのため我に冒険者登録を勧めてきたのだろうが、ヴィエタ達にも相談したところ、では自分たちが一緒に行動するとヴィエタが言い出したそうだ。


 そしてヴィエタ達がマリーザの店で依頼を受ける理由がもう一つあった。

 冒険者協会の支援制度だ。

 冒険者協会の認定を得た特定飲食店は、冒険者協会の代わりに直接依頼を請け負う事ができるのだが、冒険者協会に申請して依頼を回してもらうこともできる。

 マリーザの店には直接依頼が殆ど入ってこないため、冒険者協会に依頼を回して貰い、その依頼をマアナが引き受けるという形をとっていた。

 しかしその場合、原則危険な仕事やうまみの少ない仕事が中心に回ってきてしまうのである。

 それでも冒険者協会は聖人の集まりではないが、鬼の集まりでもない。危険な仕事をいくつかこなして貰う代わりに、草むしりなどの簡単で人気のある仕事も回してくれるのである。

 マアナが一人で仕事をしていたここ三ヶ月間は、危険だったり割に合わない仕事をテンガロンやヴィエタ達が請け負って、比較的簡単な仕事だけマアナが行っていたという形だ。


 そういう背景があって、それをあまり恩着せがましく言わない連中だからこそ、我もあまり強く否定する事ができず、一緒に行動する事に承諾してしまった。


 この事をはじめ、テンガロン達の事を考えると心の中に、何かモヤモヤとしたものが薄く広がっていく感覚がする。

 それがいったい何なのかは分からない。それについて深く考えるほどの量でもない。

 けれど、はっきりとそれがあるのは分かる。

 我はその感覚を振り払うように数度頭を振ってリュックから飛び出し、外の様子を見る事にした。

 飛び出した我の目に飛び込んできたのは、赤い傘のキノコを握り、ふんぞり返って笑うヴィエタの姿だった。


「おーっほっほっほ! もうタマゴタケを見つけてしまいましたわ! 自分の才能が怖くなってしまいますわね!」


「それ、ベニテングダケです」


 すかさず否定したテンガロンに、ヴィエタは顔をキノコの傘と同じ色にしながら反論する。


「で、でも! ベニテングダケは傘に白いイボが着いてる筈でしょう!? あなたさっき言ってたじゃありませんの!?」


 言いながら、ヴィエタは手に持ったキノコをグイっとテンガロンに向ける。

 確かに、言ったように傘にはイボなどは付着しておらず、赤い傘がテラテラと光っている。

 道中テンガロンが語っていた話の中に、ベニテングダケの傘には白いイボがあるという話があったのもその通りだ。

 しかし、テンガロンは首を振り、人差し指を立てて言った。


「話半分で聞いているからそうなるんですよ。白いイボも特徴の一つですが、そのイボは雨風によってとれてしまう事もあるんです。だから、タマゴタケかベニテングダケかを判断する場合は柄の部分と、傘の裏側を見てください。タマゴタケはどちらも黄色いのですが、ベニテングダケは白いのです」


 説明を聞いてヴィエタはキノコの柄と裏側を確認し、顔を更に真っ赤にしてキノコを地面に投げ捨てた。

 そして彼女は、一言一句区切るように力を込めて言う。


「次こそは、ちゃんと見つけてみせますわ」


 我は、戦慄くように震える彼女に半眼を向けて思う。

 誰と何を競っておるのだ、お前は。


 ちょうどその時、マアナの声が森に響いた。


「獲ったー」


「すごいですねマアナ!」


 マアナはタマゴタケを皆に見えるように突き出してその存在を証明し、ネイトが手を叩いて喜んでいる。

 そこにテイルも寄っていって「よく見つけたな」などと褒めたたえる。

 マアナの手に握られているのは、柄も黄色いように見えるが、本当にタマゴタケなのだろうか。

 我のみならず、一同の視線がジャッジを求めてテンガロンに向かい、テンガロンがその口を開く。


「間違いありません。タマゴタケです!」


「「おお!!」」


 一同の喜びの声を受けて、マアナは手に持つタマゴタケを天高く掲げ、言った。


「称えよ」


 木々の隙間から漏れる光を浴びたかのようなその姿は、まるで神の御使いか、もしくは神そのもののような神々しさを具えており、思わずネイトとテイルは跪いて首を垂れる。

 ヴィエタを見やると、彼女は悔しそうに顔を歪め、口惜しそうな声を漏らしていた。


「これが、力の差というものですのね……今回は譲ります。しかし! 次は負けませんわ!」


 そう言いながら進み出て、彼女も跪いて首を垂れた。

 その姿に満足したのか、マアナは手にしたタマゴタケをヴィエタに差し出す。


「こ、これを……わたくしに?」


 畏れで震えるような声を出すヴィエタに、マアナは尊大な顔をして頷き、言った。


「はげむがよい」


「ははー!」


 まるで王が騎士に褒美を授与する時のような光景がそこにはあった。

 いや、何を見せられているのだ我は。

 呆れ半分の気持ちで傍らにいるテンガロンに目を向けると、彼はマアナ達に優しい目線を向けている。

 それにはどこか、羨むような感情もあるように見えたのは気のせいだろうか。

 だから我は、テンガロンに向かって言ってやる。


「混ざってくればいいのではないか?」


 テンガロンは、まるでその光景から片時も目を離したくないとでも言うように視線を動かさず、声だけで返してくる。


「いえ、大人も必要ですから」


「うむ? あそこには大人が沢山……いや、大きな子供だったか」


 テンガロンの視線の先。何故かマアナから貰ったキノコを掲げて『マアナの築く新たな時代に自分も忠誠を尽くす』というような演説を始めたヴィエタと、その観衆として手を叩いて賛同するネイトとテイル。

 そして満足げに腕を組んでうんうんと頷いているマアナ。


 確かに、この中に大人は居ないようだ。 

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