第26話 さあ! 選り取り見取りだよ!
「さあ! 選り取り見取りだよ!」
マリーザの声と共に数枚の依頼書がテーブルに広がった。
冒険者登録は色々とあったのだが無事に済んだ。いや、本当に色々あったのだが。
あわや冒険者協会を消し炭にしてしまいそうな局面もあったし、冒険者協会の技術が興味深く、根掘り葉掘り聞いてしまった。
特にデータクラウドという魔法技術はどうやればそんな技術を思いつくのだと内心驚いた程である。
なんでも、本拠地にある本体に情報を記録していれば、どの端末でも情報を作成、追加、閲覧、修正、削除ができるのだとか。
見せてもらった端末は球体の水晶で、大きさが人間の頭ほどだった。
本体はとても巨大なものらしいが、末端の職員では詳しくはわからないのだそうだ。
我はこの話に鼻息荒く食いついたのだが、テンガロンに諫められ、話を進めてしまった。
というか大体はテンガロンがあれこれと言い募ってなんとか話しが進んだのであるが、まあその事は置いておこう。
ともあれ、苦労して冒険者登録を済ませた我は、テンガロンと共に一旦マリーザの店に帰ってきたのである。
そこにはマリーザとマアナの他に、傲慢な令嬢ヴィエタ、あまり多くを語らない才女ネイト、常識があるようでズレている暗殺者テイル、この三人が食事をとっていた。
折角だからという理由で一緒の卓で食事をする事になったのだが、何が折角なのか未だにわからない。
そして、今に至るという訳だ。
ヴィエタが依頼書に目を通しながら、尤もらしい声で言う。
「どうせなら、少し危険な依頼くらいが丁度いいですわね」
何がどうせなのかわからないし、何をもって丁度とするのかもわからない。
つまり、言葉の意味は分かるが言っている事の意味が何一つわからないのである。
だが、そこに何故かネイトが頷いて会話に参加する。
「そうですね。とは言っても、冒険者協会に危険な仕事は少ないです。一番危険な仕事はこれですね」
そう言ってネイトが差し出した依頼書をテイルが読み上げる。
「募集内容、商人護衛をする傭兵組合の食事提供係、馬の世話。要求資格は戦闘技能E級、調理資格E級、乗馬資格E級。なるほど、しかしこれは移動する依頼で期間も長い。食材は傭兵側が用意する分、費やす期間の割に安い賃金だな」
その言葉に、うんうんと唸りながらテンガロンが答える。
「あまり遠出は望ましくないです。それに、長期もちょっと……」
「だそうだ」
テイルがネイトに依頼書を返し、ヴィエタは代案となる依頼を出す。
「危険という意味では、これはどうですの?」
再度手渡された依頼に目を通したテイルが、今度は頷いた。
「募集内容は森でタマゴタケの採取。資格は必須となっていて植物採取A級だそうだ」
テイルの言葉が終わると、我とマアナを除く全員の視線が一斉にテンガロンへと向かう。
テンガロンは困ったような顔をして、弱々しい声となった。
「まあ、確かに俺は植物採取A級持ってますけど、キノコは本当に難しいんですよね」
とまあ、何やら言い合う一同だが、我には大きな疑問があった。
根本的、かつ本質的な疑問過ぎて、口に出すのも憚れるような疑問である。
我は、念のためにその疑問に触れる事にした。
「なにやら、貴様らも同行するような感じに聞こえるのだが気のせいだろうか」
「「「同行するけども?」」」
「……そうか」
マリーザとマアナを除くほぼ全員から異口同音に帰ってきた答えに思わず曖昧な返事をして、そして閉口してしまう。
どうしてこうなったのだ。
そもそもなのだが、我はあまり他人と行動を共にするのが好きではない。
これはドラゴンが種族的にそうなのか、我が個としてそういう性格なのか判断が難しい所であるが、恐らくそのどちらも原因なのだろうと思う。
個として生きる文化のドラゴン種で、そしてその文化に適応する性格の我。
それが大所帯でぞろぞろとキノコ狩りなどと、はっきり言って不満だ。
我はその不満の気持ちを隠さずに言葉にする。
「キノコくらい、我一人で十分だ。貴様らはいらぬ」
「馬鹿を言わないでください!」
これに過剰に反応したのは何故かテンガロンだった。
「キノコは危険なんです! 特にタマゴタケは見た目が赤く毒キノコに酷似しています。群生地には似た種類としてベニテングダケという毒キノコがあってですね──」
何やら早口でまくし立てるテンガロンに被せるように我は声をやや大きくする。
「毒キノコだろうと何キノコだろうと、キノコなら構わんだろう」
「ドラゴンさんの体と一緒にしないでください! 人間は繊細なんです! 毒キノコで命を落とす可能性だってありますし、ベニテングダケは胃腸だけでなく神経系に作用して錯乱状態になる可能性だってある。あるいは昏睡に陥る可能性だってあるんですよ!?」
なんだかさりげなく悪く言われた気がするが。
いや、ここで引いてはならぬ。我は一歩も引くことなく対話を続けることを試みた。
「毒キノコの毒如きで軟弱な。何度か食えば、耐えられるようになるのではないか?」
「ドラゴンさんくらい博識な人であれば、神経に作用するという時点で免疫はつかないという事くらいわかりますよね!」
ぐぬぬ、手強い。
一々我を引き合いに出してくる話法も鬱陶しい。
さっきまで中々面白いやつだなと思っていたテンガロンが、ここにきて急に憎らしい。
なんと言葉を返せばよいかと熟考に入った我。必然的に睨み合いへと変化した我とテンガロンの間で、テイルがぽつりと声を零した。
「俺ら暗殺者の間でも毒は重要なもので、研究している奴がいる。その知識のための犠牲となった仲間も沢山知ってる。中には相当苦しい毒もあるらしい」
テイルの顔は無表情だ。だから見方によっては悲しみを宿しているようにも見えてしまう。
そう言われては我も毒キノコの危険性を認めなくてはならないだろう。
我は目を瞑り、深呼吸をした。
その隙に、というつもりはなかったろうが、ネイトが不思議そうな声を発した。
「毒を使うという事は、毒を抽出できるのですよね? 毒を抜いてしまえば食べられるのでは?」
その意見に首を振ったのはテンガロンだった。
「いいえ。抽出はあくまで必要な毒を手に入れる事が目的です。毒を完全に吸い出して無毒化するものではありません。あとは一部の地方では煮こぼしといって、茹でる事で毒素をお湯に放出させ、そのお湯を全て捨てるという事で一定の毒素を抜くことがあるそうですが、これも完全な無毒化とは言い難いです。毒が残る事もありますし、通用しない種類もあります」
そう語るテンガロンに疑問を覚えたのか、ヴィエタがきょとんとした表情で問う。
「あなた、やたらと詳しいですわね」
「俺は……、色々事情があって、子供の頃は家から出られない時代があったんです。許されるのは庭での訓練と部屋にこもっての勉強だけ。どうしても外の世界が知りたくて、植物図鑑や動物図鑑を毎日眺めてたんですよ」
「なるほどねえ、それでこんな頭でっかちな人間になっちまったのか」
最後はマリーザである。
テンガロンの肩を叩きながら言う彼女は、テンガロンの母親の様にも見えるくらいだ。
結構な強さで肩を叩かれているテンガロンはというと、痛そうな顔半分、まんざらでもない顔半分と言ったところか。
どういう関係性なのかはわからないが、二人には強い友情というか、母子の情のようなものを感じた。
そんなものを見せられて、駄々をこねるわけにもいかなくなり、我は大きなため息を吐く。
「わかった。それでいい。だが、我はキノコの事などわからぬし、地理情報もわからぬ」
「それは任せなさいな。テイルが詳しいですし、そこの植物学者さんも頑張るでしょうから」
つまり自分は何もしない宣言をしたヴィエタが胸を張る姿を見て、多少は辟易としながらも、具体的に今回の依頼についての話を皆と詰めていく。
そう言えば、そもそもの論点は何故皆がついてくるのか、という事だったような気がする。
しかし、きらきらとした顔をして会話に混ざるマアナの横顔を見て、そんな事はもう、どうでも良くなっていたのだった。




