第25話 本日はどのようなご用件ですか?
「本日はどのようなご用件ですか?」
やってきた案内係の男は、にこにこと近づいてきて言った。
その笑顔は心からの笑顔というよりは、笑顔を作って張り付けているという感じのするものである。
見やれば、冒険者協会の職員は全員が表情が柔らかい。きっとそれは、物事を円滑に進めるために笑顔で対応しようと心がけているからこそ、張り付けたような笑顔となるのだろう。
我のように他者と支え合う必要のない文化圏で、かつ物事の本質を見る存在からすると嘘くさいように見えてしまう訳だが、そういう視点で無ければきっと暖かい笑顔を浮かべいる柔和な人間に見える事だろう。
いや、事実相手の為に笑顔を作っているのだから、比較的温和な人間が多いのだろうなとは思うし、その笑顔の端々にはプロ意識のようなものも見える。
嘘の笑顔だから信用できないというのは極端な考えなのだなと感心する思いだ。
人間の文化は、表と裏が複雑に入り組んでいてわかりにくいものである。
ともあれ、要件を聞かれているのだ、答えねばなるまい。
我は目の前に居る案内係、皺のない制服のようなものを着て、眼鏡を掛けた男に向かって言葉を投げた。
「冒険者登録とやらを頼めるだろうか」
すると、案内係の男はこちらを上から下までしっかりと目で見定め、我ではなくテンガロンに笑顔で言う。
「訳ありですか?」
「そう捉えていただいても結構です」
淀みなく答えたテンガロンだが、この案内係の男は何故そう思ったのだろうか。
彼は我の疑問符が浮かんだ顔を見て「ああ」と何かに気付いたように声を上げ、説明を始めた。
「服装ですよ。最初は仕事の依頼を出す側の方かと思ったんですけどね。一般的な冒険者の殆どは貧困です。そうでない冒険者志望の方は基本的に訳ありですよ。テンガロンさんのようにね」
言って男は意味ありげにテンガロンに視線を向けるが、テンガロンはバツが悪そうな顔になって黙ってしまう。
男は、我に視線を移して言葉を続けた。
「しかし、そんなパーティーに着ていくような奇抜で高価そうな服で町を歩くのはおすすめしません。大通りであればいいでしょうが、裏路地に入った瞬間に襲われてしまいますからね」
困ったように笑い、諭すように言う彼は恐らく善意で言っているのだろう。
しかし、はっきり言って我はむかついた。
善意かどうかなど関係ない。我にとってそれは侮辱なのだ。
何かに怯えて恰好を変えるなど、弱者の思想だ。人間に擬態しているというだけでも我としては腸が煮えくり返る思いであるのに、この上更に注文を付けられた気になる。
そんな事で腹を立てるなと言う者もあるかもしれないが、その考えは正に人間の考え方でしかない。
我々ドラゴンは、面子というのが命を懸けるに値すると考える生き物であるのだ。
そんな我の心に渦巻く憎悪の炎に敏く気付いたテンガロンが、慌てて話しを進める。
「そ、そういう訳で、番号札を貰えるかな」
「かしこまりました」
我の腕をきゅっと掴んで一歩前に出たテンガロンに免じて、この場は黙っておこう。
彼はここが焦土に変わる事を望んでいないようだ。面倒くさい。
我が溜息を吐いたのと同時、案内係の男は101番と書かれた木札を取り出し、その裏にペンのような物で何かを描く仕草をする。
僅かに魔力反応を感じたので、ペンは何かの魔法具なのか、それともこの男が魔法を使ったのか。
しかし人間が魔法陣と呼んでいるもの、我々で言うところの魔法式は浮かんでいない。我の知らない技術なのだろうか。
興味を持って見ていた我に、男は木札を差し出す。
手に取った我は何かが描かれているであろう裏側を見てみるが、何も見えなかった。
気になって聞いてみる。
「この札に何をしたのだ」
「えーっと、受付へのメモを書いてます。何を書いたは詳しく言いませんが、今回のご用向きが伝わるようにしているんですよ」
「何も見えないが?」
「ああ、ARという魔法技術を使った拡張現実ですので、対応した魔法具が無いと見えません。申し訳ございませんがこの拡張現実に表示される情報は機密となりますので、開示できないんですよ」
難しい顔になった我に、テンガロンが耳打ちをしてきた。
「一説によると、アース教が定める勇者。つまり異世界より転生してきた者が開発した技術という噂です。ただし、遠い島国が発祥だと言われていて、実際はどのように開発されたかはわかっていないのです」
興味深い話である。つまり、先日現れた我の命を奪った存在は、異世界からやってきた者だという事であろうか。
長い間生きてきたが、そんな話を聞いた事がない。
声を潜め、テンガロンに聞く。
「転生者とはなんだ。それにアース教が定める勇者という言い方が我にはわからぬ。つまり転生者という者がそれなりに居て、それらは皆勇者という事か?」
「詳しくは後でお話しします。転生者という存在は恐らく過去に何度かこの世界にやってきている、というのが最新の学説です。そうでないと説明がつかないブレイクスルーがこの世界に何度も起こっているのです。そして、アース教はその存在を、神より遣わされ、世界を救う勇者だと認定しています。アース教以外の勇者の定義はそうではありません。例えばヴァン教の定義する勇者は、神の血を色濃く受ける王家、もしくは貴族より生まれ、世界を救わんとする勇の者としています」
ますますもってわからない。
当然の事の様に出てくるアース教やらヴァン教やら。我にはどういう存在なのかよくわからないからだ。
しかし、歴史的に見て異世界からの来訪者が幾人か居たであろうという見立てと、その理由については理解した。
なるほど、拡張現実というものがどういうものか実際にはわからんが、恐らく現実の世界に加筆修正可能な視覚情報を追加させるというようなものではなかろうか。
だとすれば、そんな複雑な魔法式をこの町の人類程度の文明が手に入れているのは確かにアンバランスだと思える。
「あのぅ」
考え込む我とテンガロンに、案内係の男は困ったような声をかけてきた。
「なんだ?」
我がそう返すと、案内係の男は一つ咳払いをして言う。
「おかけになってお待ちいただけますか? そこに立っていられると、えーと、何と言いますか、そうですね。有り体に言って邪魔なので」
言われて、テンガロンが慌てて我を掴みながら謝罪する。
「す、すみません! さあドラゴンさん! 向うで座って待っていましょう!」
我の意思など関係なく、引きずるように我を椅子の方へと連れていくテンガロン。
その横顔を呆れた顔で眺めながら、我は胸に芽生えた妙な予感に不安を感じていた。
勇者という存在は我の前にまた現れるのではないだろうか。そして、その背後にはアース教や人間達の思惑。そして更に背後にはあの夢に出てきた女の存在があるような気がするのである。
そんなどうしようもない渦の中に、我は巻き込まれてしまっているのではないだろうか。
我が巻き込まれているのだとすればマアナもそうだろう。
最悪の場合、我はこの命に代えてもマアナを守ってみせよう。
しかし、この目の前で申し訳なさそうに顔を歪めて、額に汗を流しているこの男、テンガロンはどうだろうか。
その流れに、巻き込んでしまうのだろうか。
テンガロンは良い奴だが、残念ながら強くない。心も体もだ。
我は、自分の心が少し意外だった。
彼が自分の身を守れないとすれば、それはしょうがないだろう。
我ならそう思うものだと認識していたが、別の感情があるのだ。
それは言葉にするのが難しい。惜しいという感覚にも似ているし、不安という感覚にも似ている、悔しいという感覚も遠からず、悲しいという感情も交じっている気がする。
そのどれもが普段の我の心には浮かんでこない感情だ。
だからこそ、言語化が難しい。
まあよい。
我はともに座って、律義に「各教会について説明した方がいいですか?」と聞いてくるテンガロンに、笑って「今はいい」と答えながら、心の中でも笑った。
何を弱気になっているのだ。
思う事があるのであれば守ってやればよい。
相手が異世界から来た者であろうが神であろうが関係あるものか。
我はテンガロンが気に入ったのだ。
その存在を害そうというのであれば、叩き潰してくれる。それで良いのだ。
我はそんな事を思いながら、テンガロンがあれやこれやと世間話や考察を投げてくるので、その会話を楽しんでいた。




