第24話 それで、ドラゴンさんも冒険者協会に登録ですか
「それで、ドラゴンさんも冒険者協会に登録ですか」
「ああ、そうだ」
傍らを歩くテンガロンの声に、適当に頷いておく。
テンガロンの言葉の通り、マリーザとマアナに説得されてしょうがなく冒険者協会に登録をしに向かっているその道中である。
町は活気に満ちており、特に大通りとなると様々な人間達の声が溢れていた。
マアナの視界を通じて何度も見た光景ではあるが、実際に見てみると、やはりここは平和なのだなと痛感し、思わず溜息が出る程だ。
我は今、人間の姿となって町の大通りを歩いている。
誇りあるドラゴンであるこの我が、人間の姿に擬態して、こそこそと忍ばなければならないのは正直気に入らない。
我の体は人間で言うと中肉中背という所だろうか。頭髪は黒髪なのだが、人間のそれとは少し異なる上質な毛である。
風が吹けばふわりと揺れ、触り心地が他の生物に比べて非常によいのだが、不思議な事にあらゆる衝撃を驚くほどに吸収する。
これは今も存在しているか不明だが、かつて出会ったドラゴンにファーリードラゴンという種族が居たのだ。
この種は全身が鱗ではなく毛で包まれており、その毛を参考にしている。
まあ、ファーリードラゴンは求愛を糧に生きる種であるので、そういう意味で鬱陶しい奴だったが、毛が上質である事は間違いはなかった。
いつまでも撫でたくなるような、そんな魔性を備えている。
そんな魔性の下には我自慢の黄金の瞳が世界を睥睨していた。
輝くような黄金を縦に切り裂くように瞳孔がある。それは猫のそれの様だが、圧倒的に気品が異なるとだけ言っておこう。
そこから下は人間を模しただけなので割愛しよう。一応、それなりに姿によって力学的な制限というのはあるので、そういう意味で美しい肢体を目指して設計してある。
衣服は滅んだ文明の貴族が着ていた服だ。様々な催事でもこの服を着ていればいいと言われて渡されたもので、黒地に金の刺繍が所狭しと主張している。
そして赤いマントを羽織っているのだが、どうやらこの時代の人間とは少し流行りが異なるようだ。
周りに目を向けると、皆質素な布地の服を着ており、殆ど装飾を付けていない。
我のイメージだと、人間の女は冬でも胸元や背中が開いた服を着ていたような気がするし、人間の男は夏でも首を絞めるような襟で、ごてごてと暑苦しい装いをしていた気がするのだが、そんな者はいない。
思うに、人間というのは体に纏う衣服で自分の考え方、主義主張、どういう道を歩んできたか、そういった自分が何者なのかを現す習性があるのではなかろうか。
そしてその価値観は纏う物という性質上、文化や歴史によって姿を変えるものなのだろう。
なんと面倒な。
我々ドラゴンは、何も纏わず己が体と行動でそれを示すのである。
それは人間の装飾などと違い、もっと根源的なものを示すため時代などに左右されず普遍の美しさを持っているのだ。
まあ、この程左様に少しばかり人間との感性に違いがあると理解したが、それでも人間の風習に合わせて服を着てやっているのだ。誰も文句はあるまい。
色々と考えると人間に憎しみを向けてしまいそうになるので、気分転換に周囲を見渡してみる。
すると、我の方を見ていた男女と目が合ったのだが、その男女は「ひっ」という悲鳴に近い何かを口から飛び出させて目を逸らしてしまった。
なんだ? と思って改めて周りに注意を向けると、すれ違う者は皆一瞬我の方を見て、その後わざとらしく目を逸らしてひそひそと何かを話している。
大声で談笑していた者達ですら、我の傍を通った後は声を潜めるのだ。
我の心に憎悪の種火が付いた。
何が気に入らぬ。わざわざ貴様らに合わせてやった結果がこれか。
我とて好きで貴様らに合わせている訳でもない、なんならすれ違う人間全てを灰にしてやっても良いのだぞ。
心の種火が炎の息吹をあげようとした刹那、傍らのテンガロンの声が聞こえた。
「ドラゴンさん。目が怖いですよ、もしかして人間どもよ、焼き尽くしてやるとか考えてません?」
こやつ、読心術でも使えるのだろうか。
我は驚きを目に現してテンガロンを見る。
「なぜわかった」
「考えてたんだ……」
何故か少し呆れたような表情のテンガロン。彼は、それでも無理矢理の笑みを浮かべて話しを続ける。
「しかし、人間の姿になれるなんてドラゴンさんは凄いですね」
「こんなものは変成術の基本だ。そこまでたいしたものではない」
我がそう返すと、彼は何か思いつめたような顔をした。
「それでも、うらやましいですよ」
なんだろうか。テンガロンの纏う空気には変な重さがあった。
その背に何かを背負っているかのように首を垂れて足元を見る彼に、我はなんとはなしに言葉を投げる。
「貴様も、なりたいものになればいい。何かが障害となっているのなら、我が焼き尽くしてやってもいい」
テンガロンはハッとしたような顔をして我を見る。
なにやら恥ずかしい。我は気恥ずかしさを隠すように早口に言葉を続ける。
「とはいえ道は自分自身で切り開く方が望ましい。だが、貴様がどうしても無理だと思った時は、我を頼るといい」
我の言葉を聞いたテンガロンは小さく笑った。
「意外ですね。人間の事など興味がないって言うのかと思いました」
すぐに会話を終えるつもりだったが、テンガロンの言葉に逆に疑問を覚えた我は、この会話をもう少し続けることにした。
「何故意外に思うのか我にはわからぬ。その認識は間違ってはいない。我にとって人間の事などどうでもいい」
我の紡ぐ言葉に、真剣な顔をして聞くテンガロン。確かに我は人間をいくらでも殺戮できるのだ。人間の法に縛られる謂れもない。
勝手にこの場所は人間の領地だと主張している者どもを焼き尽くして、これからは我のものだと言ってやってもよい。
だが、それでは本来のマアナを人間社会に帰すという目的が成されない為、その選択はできない。
しかし、それ以外にも理由がある。
「ただ、お前は別だ。何故なら我の中で貴様はもう人間ではなく、テンガロンだからだ」
言葉は難しい。これで我の真意が伝わるかもしれないし、伝わらないかもしれない。
相互理解など言葉では無理だ。結局一方通行と一方通行が相手と自分の間を行き来しているだけで、どう受け取るかなど相手次第でしかないのだ。
ただ、そこには信頼がある。
テンガロンであればこうは受け取らないだろう。テンガロンならこういう方向で受け取るだろう。
そう信じて言葉を投げるのだ。実際の結果などは分からないし、知る必要もない。
これがテンガロンという個人ではなく人類へという事であればもっと難しい。
誰がどう解釈するかわからないのだから、どう伝わるかなど一々考えるのも億劫だ。
だから、対する相手が人類であれば興味がないし、面倒なら焼き払えばいいと思う。
その程度のつもりで発した言葉なのだが、テンガロンは真面目くさった顔で、決意めいた何かを感じさせる口調で言った。
「わかりました。その信頼に答えられるように、頑張ります」
何を頑張るというのか。
あと、テンガロンの目が主人に懐く子犬のようにキラキラした目をしている気がするのは、果たして気のせいだろうか。
その後も他愛のない話をしつつ、我々は冒険者協会へと向かうのであった。
○○○
「85番の番号札をお持ちの方ー」
「48番でお待ちのシンディ様はいらっしゃいますかー」
冒険者協会に到着して、まず耳に入ってきたのは案内の係員と見られる人間が何やら番号を呼ぶ声だった。
かなり大きな施設で、入ってすぐは椅子が沢山ならんだ待合所となっており、そこに冒険者と見られる人間達が黙して座っている。
もしかすると冒険者だけでなく、依頼者もいるのかもしれないが、我に見分けはつかない。
その者達が一様に木の札を握りしめており、係員が番号を呼ぶたびにその木札に目を落としている様子だった。
待合室の奥には受付と見られるカウンターがあり、窓口が横一列に並んでいるのだが、こちらは待合所と違ってガヤガヤと活気があり、受付係の表情もコロコロと変わって忙しそうである。
もっと荒くれものがそこらで喚き散らしている場所を想像していたのだが、イメージしていたものと少々違って事務的な作業を淡々とこなしている場所のようだった。
その様子にを観察がてら呆っと立っていた我だが、そこに案内係と思しき男がやってきた。




