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第21話 なんだよ

 ため息の主、マリーザに視線を向けると、地面を見るように視線を落とした彼女の横顔があった。

 その顔は悲しいというよりも寂しい、そんな感情を伺わせる。

 じっと見ていた我に気付いたのか、その憂いに満ちた目をこちらに向ける。

 思わず心臓が跳ねたような感覚がした。いや、我の心臓は人工的に魔法で動かしているため、想定外の動きなどするはずはないのだが。

 この感覚はじっと見つめていた事がバレたという事に対する罪悪感なのか、それとももっと別の何かによるものなのか。

 我には判断がつかない。

 彼女は、憂いに満ちた顔のまま、眉を八の字にして口を開いた。


「なんだよ」


「いや、そうだな、うむ。こんな事になったのは本意ではないが、我が直々に謝ってやってもよいかもしれぬ」


 我がそう言うと彼女は噴き出したように笑った。


「あんた本当にわけわかんないね、それがドラゴンの考え方ってやつなのかい?」


「そうかもしれないし、そうでないかもしれん。我は時折自分の考えをドラゴンの考えとして話すが、実際ドラゴンは個で生きるものだからな。他のドラゴンの事など、あまり知らないのだ」


「へえ、そうかい。ちょっとはあんたの事がわかってきた気がするよ。その前に、ここは店の中なんだ、その物騒なものをしまってくれよ」


「ん? ああ、これはすまない」


 我は握ったままだった剣と杖に気付き、確かに場にそぐわないと反省する。

 そして水晶に戻して腰の袋に入れておいた。

 その様子を見て、マリーザが顎に手を当てて聞いてくる。


「見た事ない道具だね。それって空間をいじる魔法は入ってないよな?」


「これは二つの物質を一つの物とし、状況に応じてどちらかに固定するという魔法だ。空間に関しては特に干渉していないが、そうか、空間を変容させれば物を運ぶのに便利かもしれないな」


 この我の気付きに対して、マリーザはひらひらと手を振って笑う。


「やめときな、空間拡張だとかなんだとか、そういう魔法は開発しようとした時点で国家反逆罪だ」


「便利だと思うのだが、何故だ」


「そんなもんあったら、税関も入国検査も何も役にたたないだろ。商人が関税をちょろまかすくらいは可愛いもんで、禁止薬物やら危ない物を持ち込み放題だ。暗殺者も証拠や死体を隠せるし、生き物を入れられるとしたら誘拐だって簡単になるんだよ? ちょっと考えてもそれだけあるのに、悪用する事を考えだしたらきりがない」


「なるほど、十分に国家を混乱させるに足る技術を国内で開発するのは、国家反逆罪にあたるというわけか」


「ま、そんなとこ。勿論、空間を拡張する魔道具を所持していても国家反逆罪になるからね。あんた常識ないんだから、気をつけなよ?」


 なんだろうか。マリーザは不思議な人物である。

 普通であれば余計なお世話だ、と突っぱねてしまいたくなるものだが、マリーザに言われるとそういう気も起こらないのである。

 だから、我は。


「わかった。できるだけ気を付けよう」


 できるだけ、の部分にささやかな抵抗を表明しつつ、従うしかなかった。

 それが可笑しかったのか、マリーザはまたも笑う。


「ああ、そうしてくれ」 


 会話の隙を見つけたのか、マアナが水晶を手にマリーザに話しかける。


「私もできる。どらごんさんとおそろい」


 マアナはそう言って水晶を斧に変化させ、そしてまた水晶に戻してみせた。


「へえ、凄いねえ」


 その様子に微笑むマリーザに、マアナは嬉しそうに続ける。


「わたし、りっぱなどらごんになれる?」


 一瞬きょとんとするマリーザだが、それでも笑顔に戻って言う。


「ああ、なれるさ。それも世界で一番のね」


 まるで母子のように笑い合うマリーザとマアナ。その光景に、我は寧ろうしろめたさのようなものを感じた。

 マアナはドラゴンの因子を秘めているとはいえ、結局は人間だ。人間の親の元に産まれ、人間の容姿をし、人間の文化で育った存在である。

 対して、我は人間を知っているに過ぎない他種族だ。マアナの傍にいるのであれば、マリーザのような人間がふさわしいのではなかろうか。

 そして、もっと極端に言えば我よりも同じ人間である勇者達のほうが、マアナを幸せに出来るのではないだろうか。

 つまり我は、マアナの幸せになる機会を奪っているのではなかろうか。

 得体のしれない不安は、いくら下らない考えだと否定しても、粘りのあるどろどろとした物が貼り付いているかのように、拭っても拭っても拭い切れない。

 思わず憮然としてしまった我に気付いたマリーザは、何を思ったのかカウンターの方に歩きながら口を開いた。


「そういやあんた、人間の姿になれるんだね。結構いい男じゃないか」


 からかうような口調だが、それに乗ってやる気分にもなれなかった。


「ああ。姿にも誇りを持つドラゴンの我としては、こうして他種族の姿になるのはあまり好まないがな」


「小さくなるのはいいのかい?」


「よくはない。だが、人間になるよりは幾分かましだ」


 ふうん、と気のない返事をしながら、マリーザはカウンターにコップを二つ用意し、並々と酒を注ぐ。

 木の深い匂いに交じって果物の華やかな香りがくすぐるそれは、恐らくブランデーだろう。それも、かなり熟成されたものだと思われる。

 用意した二つのグラスの内、ひとつを手に取ったマリーザは、誘うような、からかうような笑みを浮かべて言う。


「勿体ないね、折角いい男なんだからさ、酒に付き合ってくれよ」


 普段なら断るところだ。我は別に酒が嫌いという訳でもない、寧ろ好きな方だが、誰かと呑むのは好まない。

 酔った人間などというのは大体が面倒で煩わしいからだ。

 けれど今は何故か、断ろうと口を開きかけると先程の悲しそうなマリーザの横顔がちらついて口を閉じてしまうのである。

 だから、大きなため息を一つ吐いて、こう言った。


「その酒を造った者に感謝するんだな。少しだけ付き合ってやろう」


「この酒は旦那の故郷の酒なんだ。いい香りだろ?」


「ああ、お前の伴侶は料理も凄い。あの緻密な計算を感じさせる事は勿論、努力で得たであろう確かな技術がある。そして一番はその裏で、他人の反応を見て自分の舌と他人の感じ方をすり合わせた努力までも感じさせる。並みの者では至れぬだろう」


 我のその言葉を聞いて、マリーザはまるで年端のいかぬ子供がするような、裏表も何もない嬉しそうな顔をした。

 

「あんた、この世界で数少ない旦那の良いところが分かる同志だね、嬉しいよ」

  

 マリーザの喜んだ顔と声を肴に一口グラスを煽ると、口内にまろやかな甘みとまるで木をそのまま溶かして液体にしたような複雑な苦みが絡まって、それをアルコールが舌を痺れさせながら行き渡らせるように広がっていく。

 そうして行き渡った複雑な味は、匂いへと変化して鼻から抜けていった。

 これはいい酒だ。そう思って僅かに頬を緩めると、隣でどん、とグラスを置く音がした。


「わたしもつきあう」


 マアナだ。その顔はまるで我々と肩を並べる戦友のような勇ましい顔をしていて、素直に可愛いと言えるものであろう。

 マアナの用意したグラスにブランデーを入れようとするマリーザを手で制し、言ってやる。


「酒は止せ、ミルクにしておけ」


「「けち」」


 何故かマリーザとマアナにケチ呼ばわりされた事は不問にしよう。酒の席は無礼講と聞いた事があるからな。うむ、我は大人だ。

 大人の我は、大人の会話をすることにしよう。今日の勇者と依頼について、ひとつ気になる事があるのだ。


「ところで、勇者の件は良かったのか? メリッサの将来という意味でも、依頼の話は引き受けた方が良い気もするが」


「あん? メリッサの為にも断るんだよ」


 なるほど、わからない。

 経済的にも地位としても、依頼を受けた方がメリッサの理になると我は考えたからだが、マリーザの考えは違うらしい。

 我が問う様にマリーザに視線を向けると彼女は溜息一つ、そして話を始めた。


「媚びて信念曲げて手に入れた財産や地位なんて、そんなもん子に継がせて何になるよ。あたしはね、例え家失って路頭に迷っても、お嬢を幸せにしてみせる、笑顔にしてみせる。そんな覚悟をもってるんだ。それは地位でも財産でもない、あたしの信念だ。メリッサには、そういうものを遺してやりたいんだ。物じゃなくて、心をね」


 ミルクを並々と注いがれたマアナが、「そうだそうだー」と言いながらグラスを煽る。見た目は本当に酔っ払いだ。

 しかしこれはどうしたものか。まるで立場が逆転した気分である。

 マリーザの考えは正にドラゴンのそれだ。我々ドラゴンが財産と考えるのは、決して物質ではないのだ。対して物質的なものを継承しようとするのは、正に人間の考え方である。

 苦笑いをする我の顔を見て、マリーザが思いついたように手を叩いて口を開く。


「そうだ、折角だし仲間を増やそう。メリッサ! あんたもちょっと付き合いな!」


 奥に向かって大声で呼ぶマリーザ。バタバタと足音をさせやって来るメリッサ。

 こうして、しんみりと始まったように見えた酒の席も、わいわいと騒がしい食事会へと姿を変えたのである。

 我は苦笑いをしつつ、苦言を言う。


「これでは、いつもの騒がしい夕食ではないか」


 マリーザは答える。


「そうさ。いつもの、下らなくて最高に幸せな夕食さ」


 眩しい顔をしているが、少々気障ったらしい。我はからかう様に言った。


「お前、もう酔っているのか?」


「かもね」


 その答えに、我は思わず笑ってしまった。マリーザも同じく笑ってしまったようだ。

 マアナが、そんな我々を見て、言う。


「どらごんさん、たのしそう」


 そうかもしれない。人間など矮小な生き物で、ただの餌でしかない。

 けれどその生活に接してみると不思議な事に、悪くないと思ってしまったのだ。

 我は悠久の時を生き、そして一度命を失い。もはや最強種たるカオスドラゴンとして、決定的な何かが壊れてしまっているのかもしれない。 

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