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第20話 あんた、何者?

 払われた手もそのままに、呆然とする勇者。

 ふむ、突如現れた美男子に驚いている様だな。

 まあ、ドラゴンとしての容姿に誇りを持っている我としては、あまりこの姿になるのは好ましくないのだが、人間の姿になったとしても内から溢れ出す高貴さは隠しようがない。

 勇者の代わりに前に出たのは、大斧を携えた女だった。


「あんた、何者?」


 我は反射的にマントで少女を覆うようにした。ドラゴンの親は子供を守る時や安心させてやりたい時、そんなときには翼で子供を覆うものだが、我は無意識にそれに近い行動をとったのだろう。

 そして我は斧を構えた女、確か名前は大斧使いのネーアだったか、彼女に向かって笑って答えた。


「ほう、なるほどなるほど、貴様礼儀も知らぬか。勇者一行がどんなものかと思えば、そこらの野盗と変わらんではないか」


 すると、とんでもない殺気が我の肌を突き刺す。まるで物理的に突き刺されたかのようなそれは、人間が放つ殺気というより、魔物のそれに近い。

 その殺気の主は、マリーザの傍にいるピュエリだ。

 彼女は、黄金の目を煌めかせた。


「あ? 何者って聞いてんだろ、答えろよ」


「ほう、人間にしては面白い。貴様は我々寄りの存在だな」


「は? 何言ってんの? 殺すぞ」


「やってみるか?」


 我が手に水晶を握りしめ、挑発の言葉を発したその刹那。

 ドン、という床を蹴るにしては大きい音がして、次いでキインという鉄と鉄が打ち合う音が続いた。

 最初の音はピュエリが飛び出した音。次の音は、ピュエリが疾風の速さでナイフを切り付けたのに対して、我が左手に持った水晶を杖に変化させて防いだ音だった。

 ピュエリは不意打ちが失敗したと見るや、軽い動きで距離をとる。

 どうやら相手はナイフの使い手だ。それも、少々厄介なタイプに見える。

 普通格闘やナイフという攻撃を主とする人間は、剣や斧を使う人間よりも間合いを狭く保とうとするが、このピュエリとやらは違うようだ。

 剣、いや、槍すらも届かない間合いから、神速の踏み込みで剣や斧の間合いよりも内側に一気に距離を詰め、一撃必殺で仕留める。

 失敗したならまた距離を保って、タイミングを見て突撃する。

 相手が攻撃できない所に常に身を置いて一方的に攻撃するという、まさに相対しているのに暗殺を行うかの如くの戦い方である。それを可能とするのは、常人を超えた瞬発力や動体視力、そして勘の良さだろう。

 つまり、彼女は正に天才である。今は命を狙ってくる敵であるのだが、その技量と完成度に思わず感服してしまった。

 そんな彼女はこちらの間合いの外から、隙を伺っているようだ。

 我もその間に、戦闘準備とばかりに右手に持った水晶を剣に変化させる。

 右手に剣、左手に杖を携えて余裕の笑みを浮かべる我に対し、ピュエリは顔を一層厳しくして、まるで今まさに放たれる弓のようなしなやかな構えをとった。

 誰の目から見ても一触即発という状況である。

 ごくりと何者かが生唾を飲む音がやけに大きく響く。これから起こるであろう戦いに、その場の全員が緊張しているのではあるまいか。

 しかし、その場を動かしたのは、ピュエリの斬撃でも、我の魔法でもなかった。

 マリーザがパンパンと手を叩く音と、大きな声が響く。


「はいはい! そこまでだよ! 私の店で勝手な事すんじゃないよまったく! まずはピュエリ!」


「……なに、マリーザ姉さん」


「私の客に手を出すとはいい度胸だね、久しぶりにぶん殴たれたいのかい」


「いや、マリーザ姉さんそんなつもりは……」


「言い訳してんじゃないよ! 謝る時はなんて言うんだい!」


「……ごめんなさい」


「よし! 相変わらずいい子だね、あんたは」


 言ってがしがしと乱暴にピュエリの頭を撫でまわす。

 ピュエリは不服そうな顔をしているが、それでもされるがままだった。

 まさかとは思うが、マリーザはピュエリよりも強いという事だろうか。だとしたら、相当な強さという事になる気がするが……。

 ともあれ、そんなマリーザがこちらに視線を向ける。


「それとあんた。その自分中心な感じと変なしゃべり方、あんたまさか……いや、名前はここで言わなくていい、お嬢を守りたいのはわかるけど、あんたもちょっと常識ないよ、反省しな」


「む、しかしだな。常識というのならば、子供とはいえいきなり一人の人間を断りづらい環境に押しやりつつ保護という名目で合法的に誘拐しようとしたこいつらは異常ではないのか?」


「もう一回言うぞ。は、ん、せ、い、し、な」


「……わかった。善処しよう」


 一音一音力を込めて区切るように言うマリーザに気圧されてしまった。

 というか自分中心だとか変なしゃべり方だとか、割と失礼な事を言わなかったかこやつ。

 ただ、まあ、我としてはマアナが無事なら良いのだ、細かい事は水に流してやろう。

 そう思ってマアナに視線を向けると、彼女は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

 ふと思い至ったのだが、我は今姿を変えているのである。だから、マアナにしては見知らぬ美しい男が突然現れたという事になるだろう。

 ただ、今はギャラリーが多いので、詳しく説明もできぬ。どうしたものか。

 我が困っていると、マアナは意を決したように口を開いた。


「どらごんさん、声が違う」


「うむ、その通り我はいつもと違……そっちなのかマアナよ」


 どこかで、あちゃーという声が聞こえる。マリーザが顔を覆っていた。

 今の会話でまずい点などあっただろうか。あるとすれば名前が露呈した事か。しかし、まあ名前くらい誰に知れても別に良いだろう。我は構わずマアナに視線を戻した。


「いつもはもっとズンって感じの声。今は違う、フワって感じ」


「なるほど。しかしそれはさもありなん。我々は魔力で空気を振動させて声とするのだが、姿形になるべく合わせようとするものだ。軽い体になれば軽い音にもなろう」


「ちょっとあんた達黙ろうか!」


 声と共にやってきたマリーザを見やると、顔は笑っているがピクピクと引きつっており、何故か知らぬが相当怒っているのではないかと推察された。

 何故か怒っている、で言えば我が挑発した勇者一行が各々大小あるが怒りの感情を現しているのはわかる。

 ただ、冒険者協会の人間や、その他ギャラリー達も何故か我に怒りの表情を見せていた。

 その何故かお怒りの冒険者協会職員がマリーザに詰め寄る。


「マリーザさん! あなたの関係者ですか? 困りますよ、勇者は神が遣わした悪を払う正義の使者ですよ? その勇者様を誘拐犯呼ばわりするこの変な人はなんですか!」


 勇者を誘拐犯呼ばわりするのは悪い事なのかしらんが、我を変人呼ばわりするのは良いのか。

 しかし、冒険者協会の見識が正しいというように、ギャラリー達は喚き散らす。


「そうだそうだ! お前らだって勇者様が居なきゃ困るだろう! 魔王が出たらどうするんだ!」


「今問題のレッドドラゴンだってそうだ! 勇者様がいなきゃ解決できないだろう! どうしてくれるんだ!」


「お前たちのせいで勇者様が居なくなっちまったらどうするんだ!」


 わいのわいのと騒ぐ大衆達。勇者はというと、困った顔をしつつもまんざらでもない、そんな顔だ。頼られることが嬉しいのかもしれない。それ自体は悪い事ではない。ただ、我にとっては気に入らない状況ではある。

 冒険者協会の職員は、恐らく敬虔なアース教信者でもあるのだろう、声も高らかに説教を始める。


「いいですか? 勇者様は神の意思によりこことは異なる世界、異世界からやってきた存在です。彼の存在は、世界を救う絶大な力を持っているのです! 世界を救っていただくのですから、それ相応の感謝をしなさい! 誠意で答えなさい! 勇者様に協力できる事を誇りに思いなさい! それは世界を救う第一歩です!」


 我は否定の言葉を飲み込んだ。この場で論戦をしてもいいのだが、所詮人間の考えと我の考えは根本から異なる。

 それに、マリーザには世話になっている。この口ぶりから言うと、勇者とやらに依頼という形で関係を持てるのは、マリーザとしてもいい事なのだろう。

 我は誰かに自分の考えを押し付けたい訳でもなんでもない。ただ、押し付けられるのは嫌なのだが、それは言葉で反発しなくてもよいだろう。

 しかし、後でマリーザには謝らなくてはならない。我のせいで、この騒ぎが起こったのだ。

 そう考えてマリーザを見ると、彼女は、烈火のごとく怒りを秘めた目をしていた。

 その目を向ける相手は我にではない。意外にも、冒険者協会の職員を睨みつけていたのだ。


「気に入らないね」


「は? 何を言ってるんですか?」


「この依頼の話は無しだ。他所あたんな。てめえらさっさと出ていけ」


 これには勇者一行もその他ギャラリーも驚いた様子だ。

 最も驚いたであろう冒険者協会の職員はおろおろとしながら言い募る。


「いやいや、何言ってるんですか、勇者様への依頼ですよ? 場合によっては歴史に残るかもしれないくらいの大きな出来事ですよ?」


「はっ、下らねえ。さあ帰った帰った」


 手をひらひらと振って取り付く島もないマリーザに、ギャラリーの男の一人が噛みつくように声を張る。


「おいふざけんな! てめえのせいで勇者様の機嫌を損ねたらどうするんだ!」


 それに対して、マリーザはずんずんとその男の下に進み、胸ぐらを掴んで肺の奥から絞り出すような声をだす。


「ふざけんなよ、てめえいくつだ」


「な、なんだよ、年なんか関係ねえだ──」


「いくつだって聞いてんだ!」


 鼓膜を直接殴りつけるようなマリーザの怒声。男は、声を震わせながらも答える。


「さ、37だ」


「じゃあ聞く。てめえの37年間で培ったものは、誰かに縋らなきゃ守れねえのか。てめえが37年間生きてきたこの世界は、誰か一人に任せなきゃどうにかなっちまうのか。ちげえだろ! てめえの世界を守るのは! てめえ自身だろ! どっか別の世界から来た他所者に、てめえが生きてきた世界を丸投げしちまって恥ずかしいと思わねえのか!」


 マリーザの気迫に押されてか、もしくは胸ぐらを掴まれて苦しくてか、口をぱくぱくとさせながらも何も言い返せない男。

 その代わりに答えたのは、鋭い目でマリーザを見るピュエリだった。


「マリーザ姉さん。それは違う。私達も、私達なりに戦ってる」


 その言葉に、マリーザは掴んでいた男をぞんざいに放して不敵な笑みを浮かべる。


「誇り高いブルーガ一族の娘が、そのひょろひょろした男に尻尾振って大きい事言うねえ。帰ったらイイ子イイ子してくれるのかい?」


 場の温度が突然下がったような感覚。それは、ピュエリの尋常ではない殺気からくるものだった。


「それ以上言うと、マリーザ姉さんを敵として判断する。クロウの事を悪く言うのは許さない」


「あんた、もうどこに怒るべきかもわかんなくなってるみたいだね。いい度胸だ、あんたと私は敵同士、殺し合いでもするかい?」


「僕の為に争うのはやめてください!」


 言って勇者クロウは、困ったような、焦ったような、そんな表情でピュエリを宥め、冒険者協会の職員にも「お願いしますから、争わないでください」と頭を下げた。

 その姿は平和を望む誠実な人間のそれで、相手が勇者という戦いの象徴的存在でなければ好感すら持てたかもしれない。

 むしろ、勇者クロウが勇者ではなく冒険者協会の職員であったなら、そして力を持っていなければ、優しく、温和で良い人間の部類に入るのではなかろうかと我は思う。

 ただ、出世ができるかどうかという点や、案件を処理する事、他人と折り合いをつける事ができるかという所は能力によるので、職員に向いていると断定するのは早計ではあるが。

 そんなクロウが、我とマリーザ、あと空気のようになっていたマアナに向かって申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい。色々迷惑かけちゃって。じゃあ、僕たちはこれで」


 言って、メンバーやギャラリーを引き連れて出ていく。

 マリーザとピュエリは、クロウがピュエリを「ほら、行くよ」と連れ出すまで睨み合ったままであった。


 全員が出て言った後、ふと気づく。

 そう言えば、勇者達と入れ替わりにテンガロンが出ていったようだが、あやつはこれを予期していたのだろうか。

 我がテンガロンにちょっとした怒りを覚えたところで、マリーザの重いため息が聞こえてきた。

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