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第18話 おや、ドラゴンさんどうしたんだい?

 我が階下へと降りると、テーブルを拭くマリーザの姿があった。


「おや、ドラゴンさんどうしたんだい?」


「もうすぐマアナが帰ってくるのでな」


「お出迎えかい? まるで忠犬だね」


「……」


 思わず顔を顰める。この町に着いてからずっと不満だったのだが、どう考えても我が保護者側であるのに関わらず、ここの人間達はそれが理解できていない様子なのだ。

 何故そうなるのかと頭を巡らせてみても、結局人間とドラゴンの知性の差としか言いようが無いのである。

 勘違いを訂正してやってもいいが、人間如きに真理を説くのも時間の無駄でしかない。

 我は、諦めたようにため息を吐いて扉の前に座り込んだ。

 そんな我にマリーザは苦笑して言う。


「あのさ、一応うちの店は営業中なんだけど」


「だからどうした」


「入ってくる客の邪魔になる場所に、どうして座るかね」


「なるほど、主張は理解した。しかし営業していようがしていまいが、客など来ないだろう」


「ああん!? 来るかもしれねえだろ!」


「確かに、かもしれないという可能性はいつだって存在する。しかしこの三ヶ月の間顔見知り以外この店に来なかったのだ。確率的に言って難しいのではないか? 寧ろ断言しよう、誰も来ないと」


「おうおう言ってくれるじゃないか。うちの亭主のメシは最高に美味いんだ、絶対に客は来るよ!」


「あの男が作る飯がうまいのはその通りだ。人間も捨てたものではないと感動すらした。だがしかし、それとこれとは別だ。客は来ない」


 一瞬、マリーザは不意を突かれたような間抜けな顔をしたが、すぐに不敵な笑いを浮かべた。気のせいか嬉しそうな顔にも見える。


「馬鹿言うんじゃないよ、きっと今日は店に入りきらない大行列さ。店の中が騒がしくて困っちまうくらいにな!」


 マリーザはそう見栄をきったが、この閑古鳥も鳴く事を躊躇うような静かで平穏な場所が、どうしてそんな事になると思えるのだろう。

 人間というものはかくも夢や希望で現実を歪めるものなのだろうか。

 我が老婆心から真理について説いてやろうと思ったその時、この店に向かう足音が聞えた。

 それは、ゆっくり歩いているのではない。急いで走っている、そんな足音だ。

 マアナだろうかと思ったが違う。音の感覚から察するに歩幅は広い、ある程度の体重はあるような音は、成人男性と見て間違いないだろう。

 大地を踏む音に付随して、金属の擦れる音がする。手斧や短剣のそれではなく、少し重量感のある音だ。これは長剣だろうか。という事はつまり。

 バタン、と勢いよく開いたドアから、予想通りの人物が慌てた顔で入ってきた。

 そして、我の顔を見て驚いた様だった。


「うわ!」


 ふむ、人間の挨拶とは様々だと思うが、うわ、というのは挨拶と言えようか。

 世界は広いし、人間の文化を研究したわけではないので断言はできないところだが、我は少なくとも挨拶と感じなかった。

 挨拶などというのは、相互に気遣う言葉であって然るべきだと思うから、今回の場合、うわ、は相応しい挨拶とは言えまい。


「随分な挨拶じゃないか、テンガロンよ」


「す、すみません。まさか入り口にいるとは……そんな事より! 隠れてください!」


 その慌てっぷりにマリーザも訝し気な顔をする。


「どうしたんだい? 説明くらいはしてくれるんだろうね」


 マリーザの問いに、テンガロンは手をわたわたとしながら答える。


「そんな悠長な事言ってる場合じゃないんですよ! 来るんです! もうすぐそこまで来てます!」


「何がだい? あんた主語ってもんを忘れたのかい?」


「あぁ……もう! ドラゴンさんも何してるんですか! 早く隠れて!」


 何故かこちらに飛び火してきたので、我はため息がてら問う事にした。


「何がどうしたんだ。説明がなければ何もわからんぞ」


 我とマリーザの態度に何故か苛立ちを感じているようなテンガロンは、わななく手を振り下ろして言った。


「来るんですよ! 勇者が!」


○○○


 テンガロンの説明によると、我々がこの町に到着した少し後、ガルドランド王国から「勇者」という存在が現れたという発表があったらしい。

 なんでも、勇者本人はあまり目立ちたくないと主張しているそうだが、現れてすぐに数々の偉業をなし、人徳もあるようで各地で才能ある仲間が集まっているのだそうだ。

 その仲間の顔ぶれは、鉄壁の戦士ソフィー、大斧使いネーア、ブルーガ族長の娘ピュエリ、魔法賢者マリ、神の癒し手フローレンス。そして勇者クロウ。

 クロウ以外は美姫と称されるうら若き乙女らしい。

 昔知り合ったハイエルフ族は、男より女の方が魔力保有量が平均的に高く、そのため男は生まれてから死ぬまで奴隷として生きるのだと言っていたが、人間にもそういった魔力的な男女差があるのだろうか。

 いや、マアナの視界を通じて町の人間達を見ていても、別段魔力の男女差を感じる事はないから、勇者達の男女比は偶然なのだろう。

 ともあれ、そんな勇者一行は今回、レッドドラゴンの討伐にモンタギュー伯爵領までやってきた、という訳だ。

 しかも、ピュエリという娘はマリーザの知り合いらしく、依頼はマリーザの店で受けたいと言い出したらしい。

 まあ、冒険者協会の依頼のやり取りというのは手取り自体は多くないとはいえ、マリーザの店の評判という意味でも利益になる話ではあるだろう。

 そういうわけで、多数の野次馬というかグルーピーというか、そんな者達を伴って勇者一行がマリーザの店までやってくるらしいのだ。

 だから我は今、非常に腹立たしい事だがカウンターの裏で身を潜めている。

 そんな我を見下ろす形でマリーザが声をかけてくる。


「なんだかすまないね。ピュエリはちょいと過激だけど、いい子なんだよ」


 過激だけど、という所に色々と不安な部分があるが、まあそれもどうでもよろしい。

 我はいざとなれば、この町の人間を皆殺しにして別の町に行ってもいいのだから。

 けれど、その事を考えると何故かマアナの顔が脳裏にちらつくのは何故なのだろう。

 生きるために奪う事は当然であって、何かの権利を主張するならば戦って勝ち取らなければならない。

 その我の考え自体は間違っていないはずだ。それなのに、マアナが悲しむような気がしてしようがないのだ。

 何故だろうか。マアナと同族の人間が相手だからだろうか。いや、人間は我と同じドラゴンを、自分たちにとって邪魔だから討伐すると言っているのだ、我が人間を邪魔と感じて命を奪うという事と何の違いがあるというのだ。

 我はもしかすると、これから討伐されるドラゴンに対して……。

 そんな考えを中断させるように、勢いよく店のドアが開いた。


「マリーザ姉さん!」


「おいおい、本当にピュエリじゃないか! 大きくなったねえ!」


 我もカウンターに隠れながら、相手からは見えないように少しだけ顔を出して様子を伺う。

 扉から勢いよく現れたのは、白い髪を短くし、金色の目をした娘だった。

 年の頃は15か16くらいであろう。小柄な体で、少々布地が他者よりも少ない衣服を着ているが、全体的に幼い事もあって特段扇情的という事はなさそうだ。

 ピュエリと呼ばれた彼女は、カウンターを乗り越えて迎えに行ったマリーザと抱き合って「元気だった?」「いいお店だね」とマリーザに声をかけている。

 過激だとかなんだとか聞いたが、普通に良い娘だと思われた。

 その後ろから、ぞろぞろと数人の足音が続いてくる。


「おじゃまします」


 おとなしそうな声が聞こえると、すぐさまピュエリが紹介する。


「この人はフローレンス。みんなはフローラって呼んでるよ」


 言われてペコリと頭を下げるその女は、薄いピンクの髪色をしており、目の色もまるで髪に合わせたように同じ色をしていた。

 服装はまるで神官服のようで、白いのだが、かなり金の刺繍が様々な場所で主張している。

 神官だとすれば高位の存在だろうと思われた。

 この国で神官と言えば、アース教なのだろうか。

 その考察を裏付けるように、彼女は口をひらいた。


「はじめまして。アース教の司祭をしています、フローレンス・クリミンエールと申します」


 その後ろからぞろぞろと人間が入ってくる。

 一人はおおよそ人間が扱うには大きすぎる斧を持ったツインテールの女。もう一人はタワーシールドという四角く大きな盾を背負い、甲冑を着ている後ろで髪を束ねた女。そして、先程の司祭とは対照的な黒く、怪しいローブを着た女が入ってくる。

 そして、次に入ってきた人物の姿を見た時、我は息をするのも忘れて見入っていた。


「みんなー、あんまりお店の人に迷惑かけないようにね」


 そう冗談めかして言いながら入ってくるその男に、我は見覚えがあった。

 線が細く、およそ戦闘とは無縁そうな顔立ち。黒目黒髪で、飢えた事などないかのように鋭さのない目付き。今は無暗矢鱈とキラキラした軽鎧など来ているが、細く凡庸な、戦闘などに耐えられそうにない体つき。

 数か月前。我の命を奪った相手が、へらへらと笑いながらそこに居たのだった。

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