第17話 そして、我とマアナがこの町にやってきて、3か月が経った。
そして、我とマアナがこの町にやってきて、3か月が経った。
相変わらずレッドドラゴンの問題は解決しておらず、我は人前に出る事を禁じられている。
今もマリーザの店の二階にある宿で一人、ベッドの上で何をするでなくマアナの帰りを待って過ごしている。
マアナは仕事で、恐らく夕方くらいまで帰らないだろう。
こう表現すると、まるで我が養われているだけのペットの様に見えると思う者もあるかもしれないが、我の名誉の為に言っておく、断じてそういうわけではないのだ。
マアナにはある物を渡している。それは宝物庫から持ってきたペンダントに魔法を付与した物で、体から発する魔力を通じて脳を読みとり、主に視床下部や聴覚野の電気信号を我の持っている小さな水晶に転送するものだ。
あとはそれを我が脳内で解析可能なデータへと変換する。つまり、マアナがそのペンダントを着用している限り、マアナの視覚と聴覚を我と共有できるというものである。
そう、我はマアナの状況を確認して見守っているのである。
まあ、見守っているからと言って、遠すぎて念話は通じないので助言はできないし、実質見ているだけと言えなくもないのだが。
ともあれ、今日の仕事は雑草取りで、何度か依頼を受けた事のある相手だから何事もないだろう。
その間に、我はこの町で得た情報の一部を整理しておくとするか。
まずは、今居る場所の事である。
ここはガルドランド王国という国のモンタギュー伯爵領。その中に存在するモンステルという町だ。
ガルドランド王国はアース教の教えを基に作られた王国らしいが、どうやら近隣国家とは折り合いが悪く、近く戦争があるかもしれないという雰囲気が蔓延していた。
そのため外交は閉鎖的になり、輸入や輸出も殆ど行っていない。
特に隣のアースガルズ王国とは最近折り合いがよくないのだそうだ。アースガルズ王国はヴァン教を基とした王国となっているが、ガルドランドよりも民がどの神について信じるかについては緩い傾向がある。これをガルドランドは侵略の機としてアースガルズ王国内部にアース教を布教し、分断を図ろうと画策したらしい。
まあ、アースガルズ王国とアース教。名前も似ている事もあってなのか、あっという間に布教は広まった。
だが、その活動が熱心過ぎてアースガルズ王国側に計画が露見してしまい、現在は冷戦状態なのだとか。
ちなみに、ガルドランド王国もアースガルズ王国も、王族は神の血を引く一族だとしているため、王は世襲制である。
確かに神は度々現れ、良くも悪くも大きな力をもっている存在ではある。
確証はないが、我とマアナを生き返らせた存在も神の一人ではないかと思う。
最強種と呼ばれる我ですら、あれにはこの世ならざる何か大きな力を感じた。
それは戦って勝つ負けるというそういう次元のものではない、もっと得体のしれない何かだ。
この国の王がその血を引くとなればなんらかの力を引き継いでいる恐れがあるので、もし会う事があったなら気を付けねばならぬ存在だろう。
次に冒険者協会という存在についてである。
しかし、この存在について語るには、まずもって冒険者とは何者なのかを前提として知っておく必要があろう。
冒険者というのは決まった土地に定住せず、様々な未開の地を探索して様々な場所に商品を売り、生計を立てていたキャラバンという者達に、畏敬と感謝の気持ちを現して一部で冒険者と呼んでいたのが由来らしい。
と言っても開拓が進んだ今の時代にそういった者達は殆どおらず、あくまで由来はそうだ、という話だ。
現在の冒険者とは何かというと、一言で言えば住所と職業が無く、冒険者協会に登録している者の事を指す。つまり冒険は特にしていない者達である。
しかして冒険者協会に登録しているだけでは冒険者と呼ばれないのだ。これはその人の職業を指す言葉ではなく、特定の状況を指す呼び方であると言えよう。
要するに、パン屋が冒険者協会に登録してもその者は冒険者ではなくパン屋で、定職につかずに親の脛を齧って親の元に住んでいる者が冒険者協会に登録しても冒険者とは呼ばれない。後者は呼ばれるとすればごく潰しだろう。
では冒険者とはどういった者達なのか。
まず一番多いのは経済的な理由、または稀に犯罪歴など、様々な理由があって決まった住所を得る事が難しい者達で、それを理由に定職に就くことができない者が冒険者協会に登録した場合冒険者となる。これは広い意味で言えば難民なども含まれる。
次いで田舎から都会に夢を持って移住をしたいと旅する者達。例えば料理の腕を上げて、いつか都会で店を持ちたいだとか、田舎で人生を終えるのが嫌だとか、理由は様々だろうが、まあそういった者達が定住せず宿や野宿しながら冒険者協会で生計を立てていると冒険者と呼ばれるのだ。
こういった者達を差別的な蔑称で呼ばないという建前で、過去人々に畏敬の目を向けられていた冒険者と呼ぶ、という事だそうだ。
ただ、呼び方はあくまで呼び方に過ぎず、今や冒険者という肩書は畏敬の目を向けられるものではない様だが。
ともあれ、冒険者とはそういう人たちだ。
そして、冒険者協会とは何かという話に戻る。
冒険者協会を平たく言えば、先に述べた住所や職がない人々に短期の仕事を斡旋する国営の組織である。
これが国営になったのは色々と歴史があるようで、元々は各国の宗教団体が始めた活動らしく、殆どの国がそれを国営として取り込んだという実態がある。
因みに一応、数日から数か月の短期の仕事を依頼として引き受けてそれを売り上げとし、斡旋費として冒険者に支払う報酬から数パーセントを引くという仕組みではあるが、基本的に支援を目的とする組織であるため赤字である。
運営資金は主に寄付や教会からの支援、そして国の予算だ。
国営としている大きな意味として、冒険者協会側からすると寄付だけでは安定して運営する事ができないという事情、国側からすると、定住しておらず定職についていない者からは税金はとれないが、冒険者協会という仕組みがあれは一定の経済効果が見込めるという事、また、慢性的な人手不足に一定の効果があるという事情。それぞれの事情で今の形になったそうだ。
余談だが、国営ではない国では冒険者協会ではなく、冒険者組合と名乗るものらしい。
更に余談だが、国営ではあるが各国の冒険者協会にはつながりがあり、お互いに技術提供や情報交換、支援をマメに行っているとのこと。そういう意味ではある種、全国に展開する独立した組織という側面も持っているので、国と冒険者協会は一定の距離感を保っているらしい。
まさに奇妙で独特な組織と言えるだろう。
そして、マリーザの店はそんな冒険者協会から『特定飲食店』の資格を受けて営業している店だそうだ。
これは、冒険者協会の出張所のような感じだ。冒険者協会は非常に込み合う場所であるらしく、仕事を依頼したくて、または仕事が欲しくて行っても番号札を渡されて一時間程度待たされてから受付に呼ばれるという混雑っぷりだそうだ。
ひどい時は数時間かかる事もあるのだそうだ。
特定飲食店は、そんな忙しい協会の業務を分散する施策である。
まず、この特定飲食店は冒険者協会向けの依頼を受け付ける事が出来る。そしてその依頼を冒険者協会に提出し、認可が通れば冒険者協会が依頼料を制定するので実際に依頼としてその店で人員を募集する事ができるのだ。
もちろん、この情報は認可をした時点で冒険者組合に共有されているので、例えば「○○というお店に今こういう仕事の依頼があるので、確認してみるのはどうですか」と冒険者協会の職員がオススメする事もある。
これだけ聞くと、飲食店が追加で商売できるという感じに聞こえよう。いや、実際にそうなのだが、先にも述べたが依頼料は冒険者協会が決め、それを超える請求をした場合は罪となるのであまり大きく儲けが出るというものではない。
そして、この特定飲食店制度にはもう一つがある。
その冒険者資格を持つ者がその飲食店を利用する場合、半額を冒険者協会が負担してくれるというものだ。
つまり、冒険者たちには安く提供できるという事である。そうなると冒険者達はこぞって特定飲食店を利用する事になるので、飲食店の集客にダイレクトに直結する。
これだけ聞くと店にとって非常に利益になると思えるだろうが、その一方で冒険者達は貧困や住所がないという背景もあって、スラム近辺をねぐらにしている者は特に匂いがひどかったり、裸同然の恰好をしている者がいたりもして、そういった者を否定するというまでではないが、食事を同じ場所で行う事に抵抗がある、と感じている者達の足は遠のく事になる。
結論でいうと、特定飲食店に認可され登録するとメリットや儲かる機会が沢山ありそうに見えるが、実際は儲ける事が難しくなり、やはり『冒険者への支援』という側面が強くなってしまうという現実があるようである。
因みにマリーザの店が繁盛していないのは、特定飲食店に登録しているという理由で一般客は中々寄り付かず、冒険者はマリーザが怖くて寄り付かないのだそうだ。
マリーザは恰好は気にしないが匂いは嫌らしい。夫が作る料理の匂いも楽しんで欲しいからと語っていたが、それ以外にも理由がありそうだ。
なんでも、訪れた冒険者の匂いがきつかった場合は胸ぐらを掴んで川まで連れて行き、服を剥いて放り込んでしまうのだそうだ。
そして、布を川辺に置いて「ちゃんと匂いが落ちるまで洗ったら、乾くのを待ちな。生乾きはダメだよ。そしてその後今着てる服は捨ててこの布巻き付けてもう一回ウチに来な。あったかいメシと仕事をやる」と言うらしい。
マリーザなりの優しさだろうし、冒険者側にも社会に受け入れられる努力をしてほしいという想いがあったのかもしれない。
まあ、結果として川に放り込まれた人間はその後誰もその後マリーザの店には寄り付かなかったという事だ。
永くなったが冒険者協会についてはここまでにしておこう。
なお、テンガロンについてはそんな冒険者協会に登録しているが、家も持っている事からどうやら裕福な出身であろうという事が度々見受けられた。
つまり、彼は冒険者協会で仕事をする必要がないのだが、何かの理由で冒険者の仕事をしているという我の推測だ。
そしてヴィエタとネイトであるが、彼女たちも不思議な存在である。
テンガロンが受けた依頼は、隣のヴェルザンディ領内の某都市にいた彼女達をここ、モンステルまで護送する任務だったらしい。
ヴェルザンディ領とモンステル領の間にはブルーガという戦闘民族が住む危険な町があったり、ヴェルザンディ領自体もギャングと何度か武力衝突するくらい好戦的な領らしいが、ともあれ彼女達も何か曰く付きの人物なのではなかろうか。
そして最後にテイルであるが、彼は意外にも足繁くマリーザの店に足を運び、マアナと世間話をするようになっていた。
お蔭でストリートギャングについて色々知れたが、まあこれは裏社会の話なので、別段我々はそこに首を突っ込む必要はあるまいと思うのだが。
大まかに整理すると、現在モンタギュー伯爵領内には4つのストリートギャングが勢力争いをしているらしい。名前はエイトヘッズ、スリーレッグス、ワンアイズ、そしてテイルが所属していたシックスアームの4つらしい。
あまり興味はないが、孤児院だとか公共物の建設だとかの国営の事業に入り込んで組織の運営をしている所があったり、金貸しやギャンブルを生業にする所もある。
また、彼らの縄張りで店を構える場合は、用心棒代というものを徴収するらしい。
これだけ聞くとなんというか、排斥してしまった方がいいのではないかと思えるが、ネイトの説明によると大きなストリートギャングの存在する町は、基本的に暴動が起き辛く、市民同士の犯罪が減るらしい。特に店に対する強盗などは殆ど起こらないのだとか。
理由はまあ、ギャングに用心棒代を払った店が襲われたなどという事があった場合、ギャングの手の者が地の果てまで追っていって家族、友人までも巻き込んで激しい拷問を行い、最後は殺してしまうからだそうだ。
結果的に、暴力を阻止するための暴力となっているのだろう。
人間の社会の複雑さ、歪さが見える気がする。
ともあれ、ここまでにしておこう。もうすぐマアナの仕事も終わりそうだ。
我に出来る事はそうそうないが、頑張るマアナの出迎えくらいはするべきだ。
そう考えていると、自然と尻尾が左右に振れている事に気付いた我は、なんだか恥ずかしくなって憮然とした顔をするのであった。




