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第15話 どらごんさん、しゃべれたの?

 その場所は、一言で表せば広いが客の居ない酒場。という所だった。

 木造の建物に、古びているが造りのいいテーブルや椅子。調理場の近くはカウンターも用意されており、雰囲気は良い。

 店の奥からはいい匂いが漂っており、その匂いだけでこの店の料理は美味いのだろうなと想像できるものだった。

総じて、客が居ない理由がわからない店である。

 そんな店の一角で我々は話している。

 というか、皆一様に驚愕の表情をしており、驚いた眼を我に向けている。

 そして我は、今まで通訳をしてくれていた少女に目を向けた。彼女には、我が言葉を理解できるようになっていたのに、それでも通訳を続けさせてしまっていたのだ。

 なんとも言えない罪悪感のようなものが、肺の下の方で重りとなり、どう声をかければよいかわからなくなる。

 たった一言すまぬと言えばいいのだろう。そう思うのだが、なんとも気まずいのだ。

 少女はただ疑問に感じたという顔をして言った。


「どらごんさん、しゃべれたの?」


「うむ、元々解析を進めていたが、この町に入って多数の情報を得る事ができたからな。しかしそれは我という個体が優れているわけではなく、ドラゴンという種族特有の処理能力が他の種族よりも結果的に見れば優れていると言えるわけで……」


 我は、何を言っているのだろう。場にそぐわない、誰が望んだものでもない見当違いな説明をしている事くらい、我にもわかっている。

 心の中に言いようのない不安があって、それが我を多弁にさせてしまうのだ。

 言葉はどこまでも空虚で、頭と口が連動していない感覚がした。まるで眉間の上に重りでもあるように頭が重く、時が異様に長く感じる。

 しかし、それを自分の意思で止める事が、何故かできない。一体我に何が起こっているのだろう。

 そして、これはいつまで続くのだろう。

 だんだんと重くなっていく我の口を止めたのは、少女の言葉だった。


「どらごんさんってすごいんだね」


 目に映ったのは、少女の笑顔だった。

 その顔を見た瞬間、今まで何を悩んでいたのだろうか、そんな気がして全てが軽くなった。


「そうだろう、我はこの世界で最強の種族だからな」


「おおー、さいきょー」


「ちがうよ!」


 盛り上がる我と少女の間に割って入る存在があった。

 それは、メリッサと呼ばれていたもう一人の少女だ。

 彼女は、頬を膨らませ、遺憾の意を顔面全体で表現しながら言う。


「さいきょうはパパなんだよ! ママが言ってたもん!」


 ほう。最強種たる我を前にして、それを否定しただけでなく最強が別にいるなどと言うかこの小娘は。

 そうまで言うのであればその存在を見てみたいものだが。

 そう思い、マリーザの方を向くが、彼女はにこにこと笑っているだけだった。

 少女がメリッサに問う様に言う。


「そうなの?」


「うん。ほとんど寝てるけど、凄いんだよ! となりの国の勇者たちと戦った事もあるんだって!」


「メリッサのおとうさん、すごい。でも」


「でも?」


「どらごんさんも、すごい」


「パパの方がすごいの!」


「むー、メリッサはワガママ」


 まあ、メリッサの父親がどのような人物かは知らぬが、隣の国の勇者達というのは気になる存在である。なぜだかわからぬが、勇者という言葉に得体の知れない嫌な予感がするのだ。

 しかし、それにしても全くもって表情が対照的な二人である。

 メリッサはコロコロと表情が変わり、感情全てが顔に乗るのに、我と生活を共にしている少女は殆ど顔に出ない。

 といって感情が希薄という訳ではない。恐らく、感情を表現するのが苦手なのだろう。

 念話だと喜怒哀楽がダイレクトに伝わる声の調子も、口語ではなりを潜めて、どこか感情が抜け落ちたような平坦で独特なしゃべり方をするのである。

 年相応に感情が豊であるにも関わらず、それを表に出さないようにしている。つまり、虐待を受けて生きてきた結果そうなってしまったのではなかろうか。

 ただただおとなしく、ただただ加害者の気をひかないように怯えて暮らす少女の姿が脳裏に浮かぶ。

 脳に浮かんだその光景を燃料に、暗く、それでいて触れると全てを灰にするほどの温度を持った憎悪がふつふつと沸き上がりながら我の体中を巡るのを感じる。

 といって、この子の親だけが悪いとも言わぬ。そんな状況や人物を生む背景もあるだろう。

 であるならば、人間など根こそぎ滅ぼしてしまえばいい。

 そんな我の考えを払う様に、大きく手を叩く音が聞こえた。マリーザだ。


「はいはい! 二人とも喧嘩はそこまで! 仲良くしな!」


 そう言って、少女の方に笑顔を向ける。


「良ければ、うちのお嬢と友達になって欲しいもんだ。わたしはマリーザ、あんた名は?」


「ちょおおおっと待ってください!!」


「あ? なんだい?」


 慌てたように割って入ったのはテンガロンだった。まるで格闘技の審判のように二人の間に手刀を落としたような格好である。


「あの! 色々と話が込み合い過ぎです、一つ一つ行きましょう。それで、申し訳ないのですがメリッサちゃんを一度奥の部屋にお願いできますか?」


 マリーザは変な顔をした。そのマリーザが答える前に、テンガロンの言葉を聞いたメリッサはぷいと顔を背け、奥へと消えて行く。

 肩を竦めたマリーザが、困った顔でテンガロンに言う。


「お嬢の機嫌、ちゃんととってくれるんだろうね?」


「……はい、頑張ります。それよりも」


 テンガロンは我に視線を向けた。


「言葉が話せたのですね。えーと、なんとお呼びすれば?」


「我はドラゴンだ」


「貴方もですか……」


 我の答えに何を思うのか、肩を落とすテンガロン。

 問いに答えてやったというのにその態度はないのではなかろうか。


「どういう事だい?」


「この一人と一匹は、名前が無いんですの」


 問うマリーザに、答えるヴィエタ。我の事を匹で数えるのはこの際置くとして、半眼でこちらをゆるく指さしながら言うヴィエタの態度は度し難い。

 マリーザはこちらの憤りなど露知らず、良い事を思いついたといった顔をして言う。


「じゃあ、名前ここで付けちまいなよ」


 その言葉を聞き、ヴィエタは我に視線を向けた。


「という事はこの変なのは陰険トカゲで決まりって事でよろしくて?」


「何故そうなる!」


 思わず大きな声となった我に、彼女は挑戦的な眼差しを向けてきた。


「ダメですの? どういう種族かは存じあげませんけど、名前無いんでしょ? 言葉が喋れる程度の文明があるのに遅れてますわね、私たち人間は生まれてすぐに授かるんですのよ?」


「ヴィエタさん!」


 今度の制止するような大声はテンガロンだった。

 彼はちらりと少女に視線を向けて申し訳なさそうな顔をする。

 この男は、意外と周りに気を遣う人物のようだ。先ほどもメリッサを遠ざけたのは、少女の生い立ちに憐憫を覚え、それを同世代の人間に知られるのはよくないと考えたのだろう。

 つまり、彼なりに少女に慮った結果という事ではないだろうか。

 ヴィエタは先程までの威勢を失い、少女に頭を下げた。


「ごめんなさい。あなたの気持ちを考える配慮を欠いておりましたわ」


「?」


 少女は首を傾げる。配慮も何も、名前のない事を不幸とは思っておらぬのだろう。

 我とてそうだ。名前が無い事で不自由を感じた事などないし、名前が欲しいと思った事もない。

 だが、人間はとかく名前をつけないと納得しない生き物である。

 この名前を付けたがる習性は別段関わりを持つ生命体だけでなく、事象や概念、計画などにまで及ぶのである。

 我もかつてファフニール、またはファーフナーやファーヴニルという名で呼ばれていた時期があった。

 しかし、今その名を持ち出す必要はあるまい。それに、すでに少女が我の事をドラゴンと呼んでいるのだ。それが今の我の名前で何が悪いのだ。


「我の事はドラゴンと呼ぶがいい。人前に姿を晒す事もないのであれば、なんと呼ばれようとも問題なかろう」


「わかりました。確かにそうですね」


 テンガロンは素直に頷いた。そして、意外にもこれまで黙っていたテイルが続く。


「でも、お嬢さんの名前は決めた方がいい。人里から離れて暮らすならいいが、そうでないなら必要だ」


 テイルはそこで肩を竦めて付け足す。


「とりあえず通称だけでもいいが、最終的には家名もあった方がいい。家名の無い所もあるにはあるが、このガルドランド王国では家名が無いのは注目を集める」


 ガルドランド王国。それがこの辺りの国の名前か。言葉はある程度理解してきたが、地理関係や国家における法、文化については少々学ぶ必要があるかもしれぬ。

 しかしてそこから、皆一様に名前を提案しあう、名付け大会が突如開催された。

 初手はヴィエタだ。


「私は高貴な名前がいいと思いますの。ブリトリアとか如何です?」


 何故高貴さが必要なのだ。そして文字数が多ければ高貴だと思っているのではなかろうか。そんな薄さが透けて見える。

 二番手、マリーザ。


「親の名前の一部とかを貰うのがいいと思うんだがねえ……あんた、ドラゴンが親代わりって事でいいかい? だったらドーラとかどうだい」


 割と悪くないが、強者感が強すぎる。

 三番手、ネイト。


「簡単なものでいいと思います。クロとかシロとか」


 少女を犬猫の様に考えておるまいか。

 四番手、テンガロン。


「えっと、テンリットルとかどうですか?」


 お前はお前で、少女を水だと思っているのか。

 五番手、テイル。


「名前なんてどうでもいいだろ。キリングとかどうだ」


 お前は少女を殺人鬼にしたいのか。

 全員の提案が一巡して、我に視線が集まる。

 どうやら、我の番だという事だろう。

 正直、名前など少女自身が考えて名乗ればいいのではないかと思うのだが、人間の文化でそれは違うのだろう。

 ふむ、しかし名前か。

 我は目を瞑って過去の記憶を思い出す。

 遥か昔。滅んでしまった文明にて、唯一友人を名乗る事を許した人間との会話だったか。

 確かその人間は、子供を遺したいと強く望んでいた。そして、相手はおろか、想い人さえいないというのに、子供ができたとしたら、という夢想話を何度もしていた。

 その時の会話で、子供ができたとしたら名前は何にするという会話もあった。

 確か女の子だったら。


「マアナ」


 思わず我の口から思い出した名前が出ていた。

 耳ざとく聞いた少女が、一も二もなく頷いた。


「それにする」


 いや、いいのか少女よ。

 もう少し吟味してもよいと思うのだが。というか、今決める必要すらないと我は思うのだが。

 ヴィエタは、別の事が気になったのか顎に指を添えて聞いてくる。


「聞きなれないタイプの名前ですわね。何か由来ある名前ですの?」


 由来か。我は、過去に友人から聞いたこの名の由来を一応説明してやろうと口を開く。


「遠く、そして昔栄えた場所では、世界に満ちる全ての力の根源の事をマナと呼んだのだ。そして、真なる名という言葉もマナと呼んだ。全ての可能性を秘めて生まれ、そして成熟した時、表面的な名前ではなく人生での行いを真の名としてこの世界に残す。そんな想いがこの名前には込められている」


「……へえ、あなたにしては素敵ですわね」


 目を見開いて言うヴィエタだが、残念ながら我の考えではない。

 ぱん、と手を叩く音が聞こえた。テンガロンだった。彼は少女に手を伸ばして言う。


「決まりですね! ではマアナさん、改めてよろしくお願いします」


 そして握手を交わす二人。まあ、人間達がそれで納得するならそれでよい。

 話も終わりかと思ったが、黙っていたネイトが口を開いた。


「それで、マアナさんとドラゴンさんはこれからどうするおつもりでしょうか」


 そうか、それも決めねばなるまい。我とマアナは一瞬目配せをし、我が話す事にした。

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