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第14話 ここです、あまりお客さんを見かけることはないですが、味はいいところですよ

 モンタギュー伯爵領モンステル。そこはかなり活気のある町であった。

 行き交う人々の雑踏の中に、笑声が多い気がする。そこそこに豊かなのではないかと思わせる町。我の感想はそういった感じだ。

 ただ、我々が通っているのは比較的安全な地域である。一本路地に入れば雰囲気が一変するなんてこともあるだろう。人間の町というのは大体そういうものだ。

 テイルが所属しているストリートギャングなる組織も、きっと町の中に存在するのだろうという事を考えると、表面が豊かで活気のある町だからといって、町の全てがそうだとは限らないと見た方がいいだろう。

 ふと、子供が笑い合う声が聞こえてくる。子供が道の真ん中で笑える町は、良い町に分類されると言えよう。

 モンタギュー伯爵がどのような人物かはわからぬが、ちゃんと統治をしているのだなと感じる。

 先程から何故様々な声を頼りに町を推し量っているのか不思議に思う者もあろう。

 我はこの世界で最強種と言われるカオスドラゴン。モンステルの大通りできょろきょろと視線を向けては感嘆の声を上げる少女のリュックの中で、顔を出すわけにもいかず、目を瞑って耳をすましている存在。

 それが私だ。


○○○


 一行は大通りから少し外れ、人通りが少ない場所にやってきたようだ。

 周りのざわつきが少なくなるにつれ、町に入ってから何度も繰り返している少女の「あれは何?」も少なくなってきた。

 どのように育てられたのかを実際に見たわけではないが、少女はきっと、閉鎖された世界で育ったのだと想像に難くない。

 そんな彼女が、活気ある町を初めて見るのだ。目に映るものがまるで夜空の星のようにキラキラと輝く遠い存在に見えるのかもしれない。

 それが、今や手を伸ばせば触れる事もできるのだと実感するのは、もう少し先かもしれぬ。

 ちなみに、少女の問いに対してテンガロンとネイトが主に答えていたのだが、予想外にヴィエタが答える事もあった。また、暗殺者のテイルも率先して説明を始める事はないが、誰かの説明の補足をする声が度々聞こえてきた。

 立場も身分も敵味方さえもがバラバラだった者たちだというのに、今は少女の為に惜しみなく知識を披露している。

 なんとも不思議な光景だ。いや、我は今暗闇で何も見えないのだが。

 ともあれ、これがドラゴンであればこうはいかないだろうと思う。この違いが、種族として強いドラゴンと、種族としては弱いが文化によって力を得た人間との大きな違いなのだろう。

 もし、我がこの人間の世界に居続けたなら、きっとこの違いが大きな問題になる、そんな予感めいたものが脳裏をよぎった。

 いや、予感ではない。これは経験によるものだ。過去にも我は……。


「ここです、あまりお客さんを見かけることはないですが、味はいいところですよ」


 思考と郷愁の渦に沈みかけた我を現実に引き戻したのは、テンガロンの声だった。

 因みに、今までずっと少女が「あれは何?」で得た知識を我に通訳という体で教えてくれていたのだが、実は町に入ってほどなくして、我はもう人間の言葉をほとんど習得したのである。

 周りの状況と声の性質、今まで得た少女達との会話などを総合的に処理しつつ、解析を進めただけなので、まだまだ専門用語などはわからぬかもしれぬが、それでも日常会話くらいはできるだろう。

 だから、もう通訳など必要ないのだが。


『どらごんさん! ごはんを作ってくれるお店についたんだって! あんまりお客さんはいないけど、美味しいって言ってる! たのしみだね!』


『う、うむ。そうだな。それは楽しみだ』


 リュックの中にいるので、少女の顔は見えない。それでも、どんな顔をしているのかは容易に想像できる。

 もう通訳の必要はない。ただそれだけの言葉を、我はなぜか言い出せないでいた。


〇〇〇 

 

「おや? テンガロン、女連れとは珍しいね」


 気の強そうな女の声だった。テンガロンとは気心の知れた中なのだろうか、言われたテンガロンも気安い様子で答える。


「からかわないでくださいよ、そこの席使っても?」


「あいよ、見ての通り、今日も客は誰もいないんだ、好きにしてくれよ」


 何かを引きずるような音が周りでいくつか同時に発生し、衣擦れの音や装備の金属がこすれる音がその後に続く。

 恐らく、全員が椅子のようなものに掛けたのだろう。

 店内の様子はあまりわからないが、発生する音の数、息の場所などを勘案するに、我々以外には数人しかいない空間だろう。

 テンガロンが声に幾分か真剣味を乗せて言う。


「マリーサさん、これから、少し誰にも知られたくない話をします。いいですか?」


「……わかった、今日はちょっと早いが、閉店にしようかね」


「すみません。この恩はいつか必ず」


「はっ! うちの亭主は今日も奥で居眠りしちまってるし、たまには私も店閉めて羽伸ばそうかねって思っただけだよ、気にすんな」


 そう言って足音が遠ざかり、扉の開く音に続き、木札のようなものが扉に当たる小さな音がした。

 その音からほどなくして、テンガロンの声が聞こえてくる。


「ここなら大丈夫です。馬車での話の続きをしましょう」


 ぽんぽん、とリュックを軽く叩いたような振動が伝わってくる。


「どらごんさん、出していい?」


 少女の声だ。我は別段、暗闇の中でもそう不自由しているわけではないが、それでも出そうとするのは気を遣ってくれているのだろう。しかし、その声には心配と不安が混じっていた。


「ええ、大丈夫です。ここにいる人間の口の堅さは保証します」


 自信ありげなテンガロンの声を聞いてから、我はリュックから顔を出す。

 すると、マリーザと呼ばれた人間の声が飛んできた。


「テンガロン! なんだいその目つきの悪い生き物は!」


 テンガロンはどう答えようかと苦笑しているようだ。

 黒髪を腰まで伸ばし、線が細いような顔立ちであるにも関わらず、どこか精悍さを兼ね備えた顔をした人間の女、彼女がマリーザだろう。マリーザなるものは、我とテンガロンを交互に見て、非難の声を上げている様子だった。

 それもそうだろう。我は最強種たるカオスドラゴンである。人間にとって脅威でしかないだろうし、そんな災厄ともいえる我を町に引き入れたとあれば、それは大罪とも言える。

 ヴィエタも、さもありなんとマリーザに向かって頷いた。


「そうなんですの。小さなドラゴンというとなんだか可愛いと思うのに、この目つきはすべてを台無しにしてますのよ。見てくださいまし、この硬そうな体。もう少し丸みを帯びた格好にできなかったのかと抗議してやりたいですわ」


「同感だねえ、お嬢ちゃんの言う通りだ。目元だけでも可愛けりゃねえ。娘にも見せてみるかね。おーい! メリッサ! こっち来てみな! 変なものがあるよ!」


 どうやらこの者たちは認識がおかしいらしい。そも、ドラゴンというだけでも脅威であるはずで、その上カオスドラゴンと言えば名前を聞くだけで人間は震えあがるはずで……


「なにこれー! 変なのー!」


 我の思考は、奥から走ってきた茶髪の少女の声にかき消されてしまう。

 変、だと? 誰が? まさか我か? いやそんな筈はない。誰もが感嘆と畏怖をもって言葉を失うほどのこの様相を見て、変などと言う人間が存在するはずが……


「この子すごく変だね! 目つき悪いし、お人形さんだったら絶対売れないね! あなたのペット!?」


 我と共にある少女に向かって、メリッサと呼ばれた生意気な人間は言いながら手を伸ばす。

 いや待て、言うに事欠いてペットとはなんだ。どう考えても我が保護者だろうに。

 少女は、メリッサから我を守るようにリュックごと我を抱いて後ろに下げる。

 場が混乱してきたが、この場の収拾を図るのは誰なのかと視線をぐるりと回してみるが、だれも決定打にはならなそうだ。テンガロンなどはずっと苦笑しかしていない。

 こうなればやむなし、我自身が動くしかなかろう。

 我は一つため息を吐き、口を開いた。


「我の事を何か勘違いしているようだな、人間よ。貴様を今すぐ殺しても良いのだぞ」


 我がそう言った瞬間、すべての時が止まった。

 いや、実際にはそういうわけではないのだが、時が止まったかのように全員がピタリと止まったのだ。

 これはあれだろう。蛇に睨まれたカエル、というやつだろう。

 まあ、この場に居る人間どもがいかに勇壮な戦士だったとしても、我の威圧、その迫力に恐れ慄いた結果、無様なカエルのようになってしまうのは仕方がない。

 我が得意げににやりと笑うのと、全員が一斉に声を上げるのが同時だった。


「「「しゃべった!?」」」


 ……そこなのか、人間よ。

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