第13話 どらごんさんは美味しくない
テンガロンの二つ目の議題はなんだろうか。
少女の通訳では、「どらごんさんは美味しくない」というものだった。
確かに美味しくはなかろう。我はドラゴンの肉を食した事はないのだが、前に交流を持った文明の人間で、ドラゴンを食した者がいた。
曰く、意外にも柔らかいそうだ。これについては大体想像通りだ。ドラゴンは大きく、その体重を支え動かす筋肉はさぞ硬かろうと思う者もいるかもしれないが、それは動物の世界の常識だ。
魔物の筋肉の強度は、殆ど魔力で補っている。つまり、我々ドラゴンは魔力が膨大であるから身体的な強度や能力を得ているのであって、魔力を抜きにした肉体の強度自体は殆どないのである。つまり、本来物質としては柔らかい。だから、ドラゴンの肉は死後ある程度の時間を経ると魔力が抜けて柔らかくなるのである。
それでも味わいについては不味いらしい。臭みが凄いとの事だ。
これは、ドラゴンだけがどうというよりも、肉食の生き物全般に言える事であるとは思う。やはり食すのに適しているのは、草食の生き物であろう。
しかし、テンガロンが突然我を食す話をするとは思えない。何か別の意味の言葉なのではなかろうか。
我は特になんの反応もせず、次の少女の通訳を待った。
テンガロンが真面目な顔をする。
「これから行く町はモンタギュー伯爵家の領土なのですが、モンタギュー領内でレッドドラゴンが出没したという噂が出回っており、民もピリピリしています」
少女の通訳を通してテンガロンの言葉の内容を知り、なるほどと納得する。
先の美味しくないというのは、よくないなどの言葉の誤訳だろう。
確かにレッドドラゴンは人間にとっては脅威だろう。
我程ではないが、憤怒を糧に力とする火竜。それがレッドドラゴンだ。人間の行いが少しでもレッドドラゴンの怒りに触れれば、烈火の如く人の町に攻め込んでくるだろうし、そうでなくても、ドラゴンにとって人間はただの捕食対象でしかない。
だから仮に話しかけて言葉が通じたとしても、ドラゴンは何も譲歩しない事が殆どだ。食事が何か言っているなくらいの認識で、面倒なら食べてしまうだろう。
対話など望めない存在、それが人間にとってのドラゴンである。
そういう意味で我は、例外中の例外だと言えよう。
ただ、そんなドラゴンも殆どが滅んでしまった。強大過ぎたのだ。だからこそ、世界はドラゴンを排斥しようと躍起になった。
人間を含むこの世界に文化を持つ存在達は、多数の犠牲を出しながらもドラゴンの数を減らし、今やこの世界にドラゴンは数えるほどしか存在していないのではなかろうか。
そういう意味では、我々は敗者だ。強すぎた事が敗因とは、皮肉な事である。
ともあれ、テンガロンの話に戻ると対策なんてあってないようなものであろう。
というか我としては人間の為に姿を隠すなど業腹ではあるのだが、駄々をこねて少女を困らすのも本意ではない。
ただ、我を隠すにしてもどこに隠すのだろうか。
そう思っていると、ヴィエタがテンガロンに向かって口を開いた。
「そういえば、あなたリュックを持っていましたわね」
「はい、私が冒険者協会に登録した際に購入した、思い出深いものです。ここにありますよ」
テンガロンはそう言って、馬車の一角からリュックサックを手繰り寄せた。
使い込まれた革のリュックサックなのだが、恐らく作りがいい代物なのだろう、傷や汚れさえも味に見える。それに、余程よく手入れしているのではないだろうかというのが、素人目にもわかった。
ヴィエタがそれを見て、言う。
「それ、私に寄越しなさい」
「え? いや、その、これは結構気に入っていてですね」
「知りませんわ。中身を全部取り出して、その中にこの目つきの悪いトカゲを入れておけば良いでしょう。で? おいくらですの? いくら払えばそれを手放しますの?」
テンガロンにぐいぐい近寄りながら言うヴィエタ。テンガロンはそれを両手で防ぐ様にしながら、困ったように言う。
「いえ、値段とかそういう事ではないんですよ」
「それは違いますわ、この世に定量化できないものは存在しませんの。それはあなたが考えたくないだけ、つまり逃げているのですわ!」
「い、いやいや! 決してそういうわけでは、というか離れてください!」
気付けば密着するほどに詰め寄っているヴィエタに気おされて、テンガロンは悲鳴に近い声を上げた。
言われて距離をとったヴィエタに恨めしそうな眼を向けながらも、テンガロンは少女に向かってリュックを差し出して言った。
「もとより、命の恩人の役に立てるのですから、拒む理由なんてありません」
そういうテンガロンの手には力が入っており、余程思い入れの深い代物なのだろうという事がわかる。
そんなテンガロンの様子を見て、テイルが口を開いた。
「別にそのリュックでなければいけない理由はないんだし、町で適当な入れ物買うって事にして、それまで貸すだけでいいんじゃないか?」
その言葉に、テンガロンは一瞬呆然とした顔をし、その後テイルをがっしりと抱擁して言った。
「友よ!」
「お前、頭良さそうなのに残念な奴だな」
呆れたようなテイルの声。大丈夫なのだろうかこいつらは、と思う我の心のつぶやきを残して、馬車は町に向かって進むのであった。




