第12話 一つ目、俺たちの本来の目的だけど
テンガロンは一つ咳払いをしてから、手練れの男に視線をやりつつ人差し指を立てた。
「一つ目、俺たちの本来の目的だけど、傭兵組合と冒険者協会からの依頼でここにいるヴィエタ嬢と付き添いのネイト嬢を、この先にあるモンステルの町まで護送するのが目的なんだ」
そこまで話したテンガロンは、少し申し訳なさそうに少女に視線を送る。
「詳しく依頼の意図を話せなくて申し訳ないんだけど、状況としては傭兵組合から派遣されていた護衛の人間は全員がヴィエタ嬢を狙った刺客だった。俺と御者のブランさんは冒険者協会から護送補助で雇われてたんだけど、残念ながらブランさんは命を落とし、俺は君たちのおかげで生き残る事ができた」
テンガロンはそこで一度目を瞑り、気分を変えるように声を明るくして言葉を続ける。
「なんにせよ、こうして俺が生きて依頼を続けられるのは君たちのおかげだ。改めて本当にありがとう」
言って頭を下げるテンガロンだが、少女はなんと返していいのかわからない様子で、困った顔をしていた。
それを見て、という訳ではないだろうが、手練れの男が口を挟む。
「補足がある。今回の襲撃は組合の手引きではなく、シックスアームというストリートギャングが企てた事だ」
手練れの男は、転がった姿勢のまま話すのが不便だと感じたのか、縛られたまま座って言葉を続ける。
「そこで相談がある。俺をシックスアームに引き渡されないように手配してほしい。といっても、中立な組織なんて中々ないからどこに引き渡してもらえると正解なのかは難しい所だけどな」
テンガロンは、警戒の念を込めた視線で男を見る。
「シックスアームは何故今回の件を?」
「俺も詳しくは聞かされていない。けど、推察はできる」
男は言って、ちらりと少女に目を向けた後、言葉を続けた。
「今回の依頼対象の『お家』とシックスアームは折り合いが悪い。なんせ、ストリートギャングに否定的な『お家』らしいからな。そのご令嬢が縄張りに入ってくる事をシックスアームは疎ましく思った。殺して損はなさそうだから殺しておこう、動機はそんな程度だろう」
「なるほどな。だがなぜ、お前はシックスアームに引き渡されるのを嫌がるんだ? お仲間の下に帰れれば、助かる見込みもあるんじゃないのか?」
「助かる道なんてない。シックスアームも俺が犯人って事にしたほうが企みも表に出ないし楽だから、そういう事にして殺すだろう。領主に引き渡されても死刑だろう。どうやっても俺は死ぬ。なら、役に立つ死の方がいいだろう?」
「だめ!」
割って入ったのは、少女だった。
我も少女の通訳を聞いているので、所々わからぬ単語もあるが、大体理解している。
この男は生に執着がないのか、淡々と自分の死を語っているように見えた。
いや、他人の死にもあまり興味がないようにも見える事から、恐らく死生観そのものが少し特殊なのかもしれない。
ともあれ、そんな様子に少女は反発したのだ。
「悪い事したなら、生きて役に立つの!」
「……さっきから難しい事ばかり言うな、あんたは」
苦笑いになった男は、意外にも優しい笑いをして言った。
「俺の名前はテイル。あんたもいい名前が出来るといいな」
「なまえは別にいらない」
話が横道に逸れていく。それを本筋に戻したのは、黙って話を聞いていたヴィエタだった。
「貴方は、シックスアームに恨みがありますの?」
テイルと名乗った男は、何故そう思うのかとは聞かず、当然の様に口を開いた。
「当たり前だろう。あそこは孤児院を運営していて、そこの孤児を鍛えて暗殺者を作っている。俺たちシックスアームの暗殺者は、飢えて死ぬよりはましだと思って暗殺の厳しい修行を続けるんだ。でも結局、殆どの子供は修行に耐えられなくて命を落とす。死んでしまうのはしょうがない。でも、死ぬほどの苦痛を毎日与えるのは許せないんだ。この世界で生きる事が難しい子供なら、苦痛を与えずに殺した方がいい」
死んでしまうのはしょうがない、殺してしまった方がいいなどと言い切るのに、苦痛は拒絶する。少々歪んでいるようにも感じるが、それは単に死生観の違いなのだろうか。
確かに、極端な世界で育てられて普遍的な感性に育つはずはない。
さりとて、普遍的な感性でないといって、感性を喪失したような人間になる訳でもないだろうし、普通とは真逆の感性になる訳でもないのだろう。
出来上がったのは、普通と似た正義感、普通に似た考え方ではあるが、どこか決定的な違いがある。そんな人物、それがこのテイルという男なのだと思われる。
「わかりましたわ」
何がわかったというのか、ヴィエタは腕を組んでふんぞり返った。
「あなた、ここで死ぬくらいなら私のものになりなさいな」
「……は?」
これには、テイルも驚いたようだ。
因みに我も、少女から通訳を受けて驚いた。
ヴィエタはテイルに手を差し伸べながら言う。
「我がヴェルザ……いえ、我が家は貴方の力を正しく導いて差し上げますわ! ……違いますわね、家どうこうじゃなく、私が気に入りませんの、あなたのそのいつ死んでも構わないというすました顔が」
ヴィエタは握手をするつもりで手を伸ばしているのだろうが、テイルの手は生憎ロープでぐるぐる巻きである。
どうするつもりで差し出したのだろうか。
しかし、その手をどうするかの前にテイルは口を開いた。
「それも悪くない。ただし条件がある。俺と一緒に暗殺者として育った子供達、これから暗殺者になる子供達。そういう兄弟たちを、機会があれば暗殺して楽にしてやりたい、それに協力してくれ」
「お断りですわ!」
「なぜだ。苦しんで生きる方がいいと言うのか?」
「それはわかりませんわ。ただ、私は誰の指図も受けませんの。私がその時にそれが最適だと考えたなら、命を奪う事もあるでしょう。今はまだどうするべきかの答えがありませんわ」
「……そうか」
「それに、あなたは私の所有物になるんですのよ? どうして所有物の言う事をきかなくてはなりませんの?」
差し出した手を引っ込めないまま、高圧的に言うヴィエタ。言っている事はかなり乱暴で、眉をしかめてしまうような内容に思うが、彼女には、どこかそれが当然である事に思える不思議な雰囲気があった。
なんと形容しようか。悪女である事を運命づけられた者というべきか。
いや、違う。周りになんと言われようとも、自らその道を進むと決めた者独特の強さ、ひたむきさ、頑固さ、そんなようなものをヴィエタから感じるのだ。
面白い人間もいるものだ。我は憎悪を糧に力を得るとされるカオスドラゴンだが、その我があまり憎しみを持てない人間。
さて、この会話の成り行きはどうなるものか。
そう思って見ていると、しばし無言の睨み合いが続き、折れたのはテイルの様だった。
ぐるぐる巻きに縛られた状態で握手ができないから、という事だろう、ヴィエタの手の上にぽんと顎を乗せ、言う。
「わかった、降参だ。あんたはきっと俺よりも俺の命を有意義に使ってくれる」
「その格好で言い方だけ格好つけられても……まあいいですわ。任せなさい。あ、それとテンガロンさん、彼は私のものになりましたので、縄を解いていただけます?」
「いや、ちょっと待ってください!」
テンガロンは反対の様だ。慌てたように手をばたばたさせて言葉を続ける。
「彼はあなたの命を狙った暗殺者ですよ? 信じられないじゃないですか!」
「それはあなたと私の度量の違いですわ。私は私を信じる私を何より信じていますの、だって私ですし」
「一体何を信じているのかさっぱりわからないのですが!?」
「しつこい男は嫌われますわよ?」
「何故か告白して振られて、しかも未練あるみたいに言われている気がするのですが!?」
「はあ、面倒ですわね。テイルが狙っていたのは私でしょう? 私の命なのだから、別にあなたに関係ないでしょう」
「いえ! あなたに死なれると色々と困るんですよ!」
「それはわかりますけれど、ではどうすればよろしいのですの? 勿論、テイルは既に私のものとした上で発言くださいまし」
「それは……あなたの庇護下に入ってしまったなら、私にはどうする事もできません……」
「それが最初からわかっているのに噛みつくから、しつこい男と言われるんですのよ? ご理解できて?」
テンガロンは、まるで喉元まで上がってきた何かを飲み込むようにし、諦めたように言った。
「……わかりました、もう言いません。しかし、町に入った後についていくつか決めて口裏を合わせなくてはなりませんね」
「そうですわね。まず、襲撃してきたのはこの場にいない傭兵達。テイルはその襲撃から私を身を挺して守り、テイルが敵を引き付けている間に私たちは命からがら逃げた。この筋書きではいかがかしら?」
「わかりました。しかしそうするとテイルが町に姿を見せると矛盾が発生します。テイルがどういう交友関係を持っていたかは知りませんが、少なくともシックスアームの関係者はテイルの事を知っている筈です」
「町に入ったらフードを被って顔をなるべく隠しているだけで構わないでしょう。テイルの存在がバレたところで、人違いだと私が言えばそれで通りますわ。向うも暗殺者を送った相手に、『あれはお前の命を狙わせた者で間違いないはずだ』なんて間抜けな主張はしないでしょう。ただし、元より暗殺を計画された、つまり命を狙われている私に加えて、テイルも口封じで命を狙われる可能性はありますわね」
言って、ヴィエタはテイルに視線を送り、言葉を続ける。
「自分の身と、私の身を守りなさいな」
「了解した」
テイルは相応の覚悟を持って頷いたように見える。
そこに、馬車を操作するネイトの声が聞こえてきた。
「お嬢様、私もおりますので」
「ええ、ありがとう」
ネイトに笑って答えるヴィエタ。
気位は高そうだが、素直に礼を言うあたり、本当に食えない人間なのかもしれない。
人間社会はいつだって複雑だ。悪人、善人、という区分は実際のところ意味をなさない。
悪行を行う善人もいるし、善行を行う悪人もいる。結局その人のどの側面をどの程度評価するかで天秤はいくらでも傾くものなのだ。
つまり割り切れないというのが人間だと我は理解している。
人間のように同じ種族で社会を構築しないドラゴンは、他社に対して敵なのか、そうでないのかが分かればそれだけでいい。非常にシンプルだ。
そんな単純な事だって、こうして人間社会というものに首を突っ込んでみると、この者たちが果たして最終的に敵となるのかそうでないのかという事が明確にはわからないと思えてしまう。
難儀なものよ。
しかし、どのような事が起こったとしても、力で乗り越える事ができるのも、ドラゴンという種族だ。
体がおかしな事になっており、十全の状態ではないとしても、人間程度に後れをとる事もない。少女を守るくらいはしてみせよう。その結果、我が命が尽きる事になったとしてもだ。
そんな事を考えている間に、話題は次に移る様だ。
テンガロンが指を二本立てて言う。
「二つ目。今、領内でドラゴンはまずい、という事です」




