第8話 ダンジョンといえば魔法でしょう
「……なるほど。つまりウチに最も適正のある武器を見つけさせる為に、色々武器をとっかえひっかえさせたり連戦させたりした、というわけっスか」
〝@覇星斧嶽:そうだ〟
ダンジョンは全てに対して平等だ。そこにこれまでの人生で培ってきた“経験”はあまり意味をなさない。一層二層程度ならともかくそれより上はほぼ無意味だ。
もちろん剣道を嗜んでいた人がダンジョンでの武器に剣を選ぶのは良い。だがそれが本人に最も適正のある武器とは限らないだろう。実は素手に適正があったとかでも何らおかしくない。
今回の色蓮がいい例だ。
色蓮はこれまでの人生で弓を持ったことなど一度もないだろうが、ダンジョンでレベルが上がり最適化されたステータス、ひいては身体が最も弓という武器に適していた。だからド素人なのに次々と矢を的中させた。
それだけの話だ。
〝これマジ?〟
〝そんな情報どこにもないんやけど〟
〝マジなら革命レベルなんやけど〟
〝俺フェンシングやってるからレイピア使ってるけど、実は違う武器が適正でそっち使えばもっと強くなるとかある?〟
〝@覇星斧嶽:ある〟
〝やっべwww〟
〝こんなの配信で言っていいわけ⁉〟
〝世界一位のお墨付き頂きました!〟
〝……用事思い出したわ〟
〝奇遇やな、ワイも急にダンジョン潜りたくなってきた〟
〝待てよ、俺も同行しよう〟
〝ワイトも〟
「ウチがたくさん武器を持ってなかったらどうしてたんスか」
色蓮が少しふくれっ面になりながら聞いてきた。
その質問こそ、俺には本気で意味が分からない。
〝@覇星斧嶽:ゴブリンから奪え。その為のバリエーションだろ〟
一層のダンジョンは本当に優しい。
わざわざ人用の武器を持ってモンスターが現れるんだから。
俺がコメントした内容がそれだけ衝撃的だったのか、コメント欄もそうだが色蓮も口を開けて間抜け面をさらした。
……ああ、色蓮は資金がありすぎたおかげで良かったが、中途半端に装備を買った探索者は気づけないか。
死にたくないから性能の高い装備を買う。必然的にそれしか使わない。
そりゃ気付けないな。
〝あの、レベル100なんですが、もう遅いですか?〟
〝覚えたスキルが全部日本刀用のワイ、爆死〟
〝泣きそう〟
〝なんとかならん?〟
〝@覇星斧嶽:知らない。スキルを覚えたなら大丈夫だろ〟
適当言ったが、まぁ大体合ってる。
本当に適正のない武器なら、まずスキルすら覚えないからな。
コメント欄が一喜一憂する中、色蓮が少し言いにくそうに口を開いた。
「……つまり、ウチは弓に適正があるってことでいいんスよね。あの、ウチ、魔法職がいいんスけど」
〝@覇星斧嶽:そういうのはレベル10までに一つは魔法を覚えている。特殊なのは全部そうだ〟
「――え、てことは……無理?」
〝@覇星斧嶽:よくてサブだ〟
「……楽しみだったのにっ!!」
色蓮がうなだれる。贅沢なやつだ。
〝わろたww〟
〝15,16歳かな? 憧れるのわかる〟
〝わかるマン。ワイも魔法使いたくてダンジョン潜った〟
〝結果は?〟
〝ド ル イ ド(どやぁ)〟
〝↑は?〟
〝↑そういうのいらない〟
「……あれ? ちょっと待って下さい。色々衝撃的ですっかり忘れてたっスけど、適正武器を見つけるだけなら別にモンスターと戦う必要なくないっスか?」
〝……うむ〟
〝……せやな〟
〝お気づきになりましたか〟
〝覇星様のやることにケチつけるんか?〟
〝信者生まれてて草〟
…………。
そういや、怪我の治療がまだだな。
〝@覇星斧嶽:使え〟
「え? ちょ、わ!」
色蓮の目の前にポーションを転移させた。
慌てて受け取った色蓮が、赤く光るポーションを見て目を丸くさせる。
「フルポーションじゃないっスか! この程度でこんなの使えないっスよ! というか自分で持ってるのでいいっス!」
〝@覇星斧嶽:ならあとで返せ。予備で持ってろ〟
色蓮が恐縮そうにしながらも、フルポーションをマジックバッグに格納し、自前で持っていた赤く濁るポーションを呷った。
すぐに効果を発揮して傷を塞いでいく。レアポーションか。まぁ十分だ。
〝優しい〟
〝優しいなぁ(目を逸らしながら)〟
〝人、それをマッチポンプと言う〟
〝答えはぐらかしてて草〟
「あ! そうっスよ! 適正武器を見つけるだけなら戦う必要はないことに関してまだ、」
〝@覇星斧嶽:治ったな。次に行け〟
「――またぁ⁉」
俺は色蓮を強制転移させ、モンスターの集団に突っ込ませた。
戦闘が終わった端からモンスターの集団に強制転移すること三回。
それだけ繰り返すとさすがに慣れてきたのか、色蓮も大して疲弊しなくなってきた。
弓の扱いに慣れたのもあるだろう。適正武器の差というのは低階層では特に顕著に出てくる。
だが、勿論それだけではない。
〝@覇星斧嶽:ステータス見てみろ〟
「え? ……おお!」
色蓮がステータスを開いて喜びの声を露わにした。
「レベルが四つも上がってる! あとスキルがひぃ、ふぅ、みぃ……三つ!」
〝ファ!?〟
〝早すぎんか!?〟
〝レベルはあれだけ倒してりゃ当然だけど、スキルよ〟
〝何覚えたん?〟
「えっと、『静歩』、『観察』、『持久』スね。なんだ、全部基本スキルじゃないスか。静歩はレベル10までメチャクチャ慎重に動いたからスかね?」
〝いやいやいやいや〟
〝その基本スキルを三つも覚えたのがでかいんやで〟
〝過酷な経験をするとスキルが覚えやすいとは言われてるが、たまげたなぁ〟
〝色蓮ちゃん天才!〟
〝色蓮ちゃん才能あるよ!〟
「そ、そうっスかね、へへ。先輩もそう思います?」
画面に向かって上目遣いで聞いてくる色蓮に、俺はコメントした。
〝@覇星斧嶽:スキルはどうでもいい〟
「うぇ!?」
〝草〟
〝草〟
〝大丈夫ツンデレだから!(多分)〟
〝泣かないで〟
〝涙を拭いて〟
「泣いてませんけど!?」
事実、基本スキルはどうでもいい。精々低階層の攻略が楽になる程度だ。そんなのは後からなんとでもなる。
俺が知りたかったのはレベルがいくつ上がったか、だ。
……レベル14か。頃合い……だが。
時刻を見ると、夜の七時を回っていた。
唯愛の晩ご飯をまだ作ってないし、今日は終わりにしよう。
「……ん?」
俺が終わりだとコメントするタイミングで通知がきた。
UIに紐付けされたスマホのショートメッセージに、唯愛から連絡がきている。
『今ともだちとファミレスで配信見てるよ(はーと)
色蓮ちゃんにできるだけ付き合ってあげてね
PS:もっと優しくしてあげないとダメ!』
…………。
ならいいか。
優しくする意味はないからそれはどうでもいいけど。
〝@覇星斧嶽:次に行け〟
「……はーい」
すっかり慣れた様子で返事をする色蓮。
少し諦観のようなものを感じるが、俺は気にせず強制転移させた。
色蓮が身構え、すぐにきょとんと突っ立った。
これまではゴブリンの目の前に転移させていたのに、今回は一匹も見えないから拍子抜けしたのだろう。
勿論、採集や罠エリアに転移させたわけではない。
〝@覇星斧嶽:前方二キロ先にゴブリン集落がある。潰せ〟
「ゴブリン集落、スか?」
色蓮がはてなと首を傾げる。
〝あかんあかんあかん〟
〝それは止めとけ(ガチ)〟
〝……もしかして殺す気?〟
〝それは鬼畜通りこして〇人やろ〟
〝お茶の間に見せられない画になっちゃうよ〟
「……ウチは挑む気なかったんで調べてないっスけど、そんなにヤバいんスか」
〝ヤバい〟
〝ヤバいよ〟
〝300匹くらいゴブリンいる〟
〝それだけならいいけど、そのうちの一体がデラつええ〟
〝長な、アレ一体だけで適正レベル20越えてるわ〟
大げさだな、そこまでの敵ではない。
〝@覇星斧嶽:怖いなら止めてもいい〟
「……先輩も、ウチくらいの時に挑んだんスよね?」
〝@覇星斧嶽:俺はスルーした〟
「あれぇ?」
〝草〟
〝覇星様それはちょっと〟
〝後進には厳しくするタイプか〟
〝なんか理由あるんでしょ(信者脳)〟
「……先輩は、どうしたんスか」
知ってどうする。
そう思ったが、少しくらいは指標を与えてもいいかと思い直した。
〝@覇星斧嶽:レベル10で、二層だ〟
「――――」
〝@覇星斧嶽:選べ。三択だ〟
ゴブリン集落に挑むか、今のレベルで二層にいくか、それとも安全堅実にレベルを上げるか。
どれを選んでもいい。その為の三択だ。
「…………」
色蓮が目を瞑り、長考する。
コメント欄には色蓮を心配する声が多く上がっていた。
こういう時、俺の偏見では無責任に煽る輩が沢山湧くと思っていたが……どうやら認識を改める必要があるらしい。
目を開けた色蓮の目に、迷いはなかった。
「――ゴブリン集落に挑みます」
【Tips】スキル
探索者が、特定の経験やレベルアップを通して覚醒させる、特殊能力の総称。
スキルには、大きく分けて三つの種類が存在する。
* パッシブスキル:
常に効果を発揮し続ける、補助的な能力。《鷹の目》や《隠密》のように五感を強化したり、特定の行動を補助したりするものが多い。過酷な経験や、特定の行動を反復することで、レベルに関係なく覚醒することがある。
* アクティブスキル:
術者が、その名を詠唱するなどして、意図的に発動させる能力。MPや、それに類する何らかのエネルギーを消費するが、戦局を覆すほどの強力な効果を持つものが多い。一般的には、レベル20など、特定の節目で覚醒することが多いとされる。
* ユニークスキル:
上記の二つに分類されない、極めて特殊で、強力なスキル。術者の魂そのものの顕現とされ、一人として同じものは存在しないと言われている。
その発現条件、効果、そして代償の全てが謎に包まれており、ユニークスキルを持つ探索者は、畏敬と、そして時には恐怖の対象となる。