第6話 (ファミチキください)
さっそくの翌日夕方、第一階層。
俺は視界の端に映る『配信画面』を眺め、ため息を吐いた。
配信開始まで、残り00:01:23
現在の待機者数:413 → 1,091 → 2,042 → 3,990 → 5,774人
画面に映る一秒毎に増えていく数字と、待機コメントの流れ。
俺は配信業界に全く詳しくない素人だが、これが通算二回目の配信としてみて、異常な数字だというのは何となく理解している。
その証拠として、主役の色蓮の顔色が真っ青に染まっていた。
「……今からやめるか?」
「や、や、やめないっスよ! 変なところで優しさ出さないでください!」
「そうは言ってもな」
子鹿みたいに震えていたら、言いたくもなるというものだ。
……色蓮が全探索者の上に立つ手伝いをする、というのは、つまるところレベル上げを手伝うということでもある。
それだけなら全く問題はないのだが、何を狂ったのか、色蓮はその様子を配信すると言い出したのだ。
一度手伝うと言った以上その方針には従うが、本音としては配信業など関わり合いになりたくなかった。
俺のその不満を察したのか、色蓮が慌てたように言い訳をし始める。
「言っときますけど、これは必要なプロセスなんスよ。いきなり身も知らぬ人が強すぎる力を振りかざして上に立つのと、低レベルの頃から知ってる人が上に立つのでは全然違うんス。DI○様とナ○トくらい違います」
「DI○様も悪のカリスマがあるんだけど」
「ウチは悪じゃないっスから! 目指すは火影!」
これなんの話だ。いやわかるけど。
そうこうしている内にあっという間に配信開始の時刻が迫ってくる。同時接続者数は――約一万人。
色蓮が青ざめながらも、自らに喝を入れるように配信開始のUIをタップした。
「こ、こここ、こんばんはーっ、い、いいろはすチャンネルの、しゃ、しゃいれんじ、いろは、ですっ」
……かわいそう。
〝まってたあああああああ!!〟
〝かみかみ過ぎて草〟
〝こんー!!〟
〝しゃいれんじいろはちゃんかぁ♡ 5ちゃいかな??〟
〝苗字間違えてて草〟
〝名前は言えてえらい〟
〝これは噛んでも仕方ない同接〟
〝初見〟
〝初見、かわいい〟
〝二回目の配信で同接一万とはやりますねぇ!〟
〝唯一世界一位と遭遇した女〟
〝遭遇(気絶)〟
「ヴぁ⁉⁉」
爆速で流れるコメント欄に、色蓮が乙女として出してはいけない音を発した。
〝wwww〟
〝美少女の濁音助かる〟
〝足震えてて草〟
〝草〟
〝同接爆増の配信者からしか得られない栄養あざす〟
「ちょ、ちょっとタイム! タイム!」
色蓮が両腕で×と掲げ、震える足を叱咤、することもなくその場に座った。
それだけに飽き足らず、マジックバッグから水筒を取り出して一気に飲み干した。
「……ふぅ。はい、改めて、いろはすチャンネルの西園寺色蓮っス。色々あって一週間くらいお休みしましたけど、今日からまた再開していくので、どうぞよろしくっス」
〝???〟
〝なんで取り繕った空気出してるん?〟
〝あなた崩れるように座って流れるように水分補給しましたよね?〟
〝産まれ立ての小鹿だって頑張って立つんだが?〟
〝草〟
〝女の子座りかわいい〟
「い、いいじゃないスか別に! それよりウチの復帰配信スよ! 他になんか言うことあるんじゃないスかぁ?」
〝なんだこいつ調子に乗り始めたぞw〟
〝うぜぇwww〟
〝ちょっと声震えてて草〟
〝生きててよかったよ色蓮ちゃんん!!〟
〝あの時はマジで焦った(古参面)〟
〝森鬼に襲われて生きてたレベル10がこちらです〟
〝一週間以上音沙汰ないから引退したかと思ったわ〟
〝あれは全治半年どころか後遺症残るレベルなんですが……〟
〝そんなのポーションありゃ一瞬よ〟
〝貴重すぎる日本人ガチ攻略予定者(美少女)が死ななくてよかった〟
「あ、い、いえ、そんな、どういたしまして?」
自分から求めたのに色蓮が日和る。
当然その反応をからかうコメントも多くでたが、一部気になるコメントも混じっていた。
〝なんか音おかしくね?〟
〝反響してない? スピーカー?〟
〝誰か近くにいる?〟
〝声二重っぽい? リモート被りみたいなやつ〟
〝リア凸勢いるんか……?〟
リア凸?
そんな奴は俺がいる限りありえない。一層どころかレベル500未満ではまず見抜かれないよう姿を消しているからだ。
可能性があるとしたら、俺たちがここにいるとは知らずに配信を見ている他の探索者だが……そんなやつの気配は欠片もない。
色蓮もそれを不思議に思ったのか、体を捩って辺りを見回し……。
「――あ、先輩! 音、音! インエア――自分だけに聞こえる設定にして下さい!」
「……俺か」
……まぁこういうこともある。
配信なんて一度も見たことないし、仕方ない。
俺はUIを操作し、途中ミュートにしたりと悪戦苦闘しながら、なんとか自分だけに聞こえる設定に変えることができた。
よし、事なきを得たな。
〝男の声したぞ今〟
〝なんだ彼氏連れかよ〟
〝ボディガードじゃなくて先輩なのが生々しい〟
〝解散〟
〝ユニコーン萎え萎えで草〟
〝まぁあんなことあったし多少はね〟
〝むしろ安全対策してて安心したわ〟
……というようなことはなく、コメント欄が少し荒れた。
面倒くさいなこれだから、という気持ちはあるが、俺が原因なので何も言えない。
謝罪の意味も込めて少し目線を下げると、色蓮が困ったように頬をかいた。
「えっと、先輩は男というか、まぁ男ですけど。ええ、どうしよう、こんなすぐにネタバレはちょっと……ただでさえウチ以外の影響で登録者数や同接が伸びてるのに……」
色蓮が言葉を探すように呻いている。
俺は配信外で協力する予定だったのが初手で躓いたのだ。そりゃ困るだろう。俺への配慮も多分に見えるし、色蓮が上下からつつかれる中間管理職みたいな顔をしている。
……仕方ない。責任はとろう。
「“話していいぞ”」
「――うびゃ!?」
〝!?!?!?〟
〝なんか唐突に奇声上げたんだがw〟
〝首筋に氷当てた時みたいな反応やんけ〟
〝ん? 念話か?〟
「ななな、なんか先輩の声が直接頭に!?」
「“……ファミチキください”」
「今はそういうのいいっスから!」
……すまん。オタクの性に抗えなかった。
俺は軽く咳払いをする。
「“お前を手伝う以上、遅かれ早かれ俺の存在はバレる。ならさっさと話しても構わない”」
「え、で、でも」
「“最初に明かすのと後からバレるの、どっちが上に立つ存在に相応しい”」
隠すか、明かすか。
これはぶっちゃけケースバイケースだが、それを言うなら今回のケースはどちらに当てはまるか、で考えればいい。いや、そんな大げさな話じゃないな。
もっとシンプルに、どちらがより誠意があるか、だ。
「“安心しろ。別に姿を見せるつもりはない。好きにやれ”」
「……すみません、ありがとうございます」
〝なぁにこれぇ〟
〝色蓮ちゃん独り言激しい〟
〝マジレスすると念話だろ〟
〝念話ってなんだ〟
〝ggrks〟
〝ググってもでねぇよ〟
〝語感で察しろ〟
〝おいおい結構なレベルだな、少なくとも200以上か?〟
〝そのレベルが10レベの護衛とかコネやばいな〟
〝さすが西園寺グループの社長令嬢〟
〝↑それ確定なん?〟
「すみません! えっと、さ、早速ですが! ウチの同行者を紹介したいと思います!」
推測や憶測が飛び交うコメント欄を止めるように、色蓮が少し強引に流れを変えた。
それでも完全に止まることはないが、少しは話しやすくなっただろう。
色蓮が大きく息を吸って、膝においた拳を固め……にへらと笑った。
「……あ、あんまり、驚かないように」
〝はよいえwww〟
〝驚く空気無くしたわwww〟
〝いやいやまさか〟
〝…………マジか?〟
〝そんなバカな……(??)〟
〝↑お前だけは適当やろ〟
……空気をわざと逸らしたな。
こういう場の逃がし方は、さすが社長令嬢と言ったところか。
どれ、俺も一つ手伝うとしよう。
色蓮は軽く笑ったまま、天気の話でもするように言った。
「ウチの同行者は、探索者世界ランク一位の【覇星斧嶽】さんなんスよ」
〝@覇星斧嶽:こんばんは〟
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空気が凍った。
色蓮の表情が色を失ったように抜け落ち、絶対に止まることはないと思われたコメント欄すら微動だにしない。
瞬間――爆発。
〝!?!?!!??〟
〝??????????〟
〝は ????〟
〝ファ!???〟
〝え。なんて?〟
〝まてまてまて〟
〝コラ画像?〟
〝いやいやいやいやいや〟
〝ガチ? 本物?〟
〝いやいやまてまて〟
〝そんなばかな〟
圧倒的な速度で流れるコメント。そのどれもが驚愕に溢れていた。
自画自賛するわけではないが、俺が存在を示せばどう足掻いたところでこうなる。下手な小細工休むに似たりだ。
なお、小細工を潰された当人の気持ちは考えないものとする。
「――なんでこのタイミングでコメントするんスかぁぁ!!」
色蓮の絶叫を耳に、俺は視線を逸らした。
……別にこれまでの憂さ晴らしとかではない。
【Tips】念話
特定の対象と思考を直接的に送受信する、極めて高度なダンジョンスキルの一種。一般的には「テレパシー」と呼ばれることが多い。
習得条件は不明だが、使用者の多くがレベル200以上の探索者であることが確認されている。
口を動かさずに会話できるため、ダンジョン内での隠密行動や、騒音環境下での意思疎通に絶大な効果を発揮する。
また、思考そのものを送受信するため、言語の壁を超えてコミュニケーションが可能となる。
……黎明期、ある探索者パーティのリーダーが、この念話の能力に目覚めた。
彼は、仲間との連携が格段に向上したことを喜んだ。しかし、ある高難易度戦闘の最中、死の恐怖に駆られた仲間の一人が、リーダーである彼に向けて口には出せないような罵詈雑言と、裏切りの思考を垂れ流していることに、彼は気づいてしまった。
その戦闘には勝利したが、パーティは翌日、解散したという。
人の本音を知りすぎることは、必ずしも幸福には繋がらない。