第49話 見えている
「先輩、一昨日から怪しいと思ってましたけど絶対何かやってますよね、何か知りませんが絶対ウチに隠してますよね。教えてください」
雷の音に時折震える色蓮。
だと言うのに、彼女は視線だけは真っ直ぐに画面を見つめていた。
……これは、誤魔化せそうにないな。
@覇星斧嶽:〝虚空澄透し、教えてやれ〟
@虚空澄透し:〝ええ僕が!? なんで!?〟
@覇星斧嶽:〝お前が今回の主役だからだ〟
@虚空澄透し:〝いや主役じゃありませんよ! 僕は途中から参戦しただけの端役も端役でしょう!? それを言うなら僕ら全員を脅して強制的に招集した覇星さんこそ主役ですよ!〟
@覇星斧嶽:〝お前がいなかったら成り立たないんだからお前が主役でいいだろ。主役は遅れて登場するんだよ、つまりお前のことだよ〟
@虚空澄透し:〝嘘でしょこの人、色蓮ちゃんに隠してたのバレて嫌われそうだからって僕に諸々全部擦り付けたよ……〟
……なんだと?
@覇星斧嶽:〝お前空気読めよ、いい加減にしろ、殺すぞ。俺が言えって言ったんだからいいから言え、簡単だろ〟
@虚空澄透し:〝嫌ですよ、僕だって色蓮ちゃんに嫌われたくないし! こればっかりは覇星さんの頼みでも聞けません!〟
「いやもう大体半分くらい分かったので。漫才みたいなやり取りはもういいので。それ続きます?」
〝草〟
〝草だけど重要な情報が開示されてて更に草〟
〝全探索者総動員の謎がコントみたいに明かされてほんま草〟
〝【朗報】覇星斧嶽、焦る【人の子だった】〟
〝理由は弟子に嫌われたくないというとても素直な感情の模様〟
〝これトークショーにしたら幾ら? 無料で見てええの?〟
〝前から思ってたけど覇星様と虚空様マジで仲いいなwww〟
〝切り抜き不可避〟
〝↑殺されても知らんで〟
……クソ、虚空澄透しの奴。そこはお前の口からそれっぽいことを言うべきだろ。そしたら色蓮はそれ以上追求できないんだから。
色蓮は思いっきり大きなため息を吐くと、ジトッとした目付きで画面を睨んだ。
「……視聴者も普通にいるということは、ダンジョン崩壊が起きた、ということではありませんね。でも先輩が強制的に全探索者を招集するなんて普通ではありません。きっとそれに準じる何かが起きた。違いますか?」
…………。
「あ、沈黙は正解とみなします」
@覇星斧嶽:〝いや、俺が全探索者を招集したわけじゃない〟
「そこは重要ではないのでいいです。ということは他は正解なんスね」
こいつ、俺にカマかけてきやがった。なんて抜け目ない。その抜け目のなさをなぜ普段の探索で活かせないんだ。
……しかし、参ったな。
色蓮に地上での出来事など教える気は無かった。探索中は探索以外の事を考える余裕など持つべきではない。いや、百歩譲って余裕なら良い。だが思考をそっちに割かれて気も漫ろになり、怪我でもされたら目も当てられない。そして絶対にそうなる。四層はそう甘い所ではないからだ。
……参った。
@四九椿:〝良いではありませんか、教えて差し上げれば。いえ、貴方様が言えないのなら私から言いますよ〟
@覇星斧嶽:〝黙れ〟
「いいえ四九椿さん、教えてください。地上で起きたダンジョン崩壊に準じた何か——その具体的な内容を」
@四九椿:〝単純です。ダンジョン崩壊の前段階、小規模異常領域が大量発生しているのですよ。覇星斧嶽様はその対処に追われ、遂には私たち百位以下に殺意の念を飛ばしました——協力しろと。あの身体の芯から凍り付くような感覚、クセになってしまいそうです。いいえ、なりました。責任を取ってください〟
@覇星斧嶽:〝西園寺。配信から四九椿をブロックしていいか〟
「……紙一重、で、そのままで」
……惜しいな。もう少し踏み込んでいればブロックできたのに。
色蓮は少しだけ考え込み、しかしハッキリと言った。
「四九椿さん、サバイバルごっこをやっている場合ではありません、ウチを地上に帰してください。続きは終わってからでいいでしょう」
@四九椿:〝認めません。次階層へと行くか死ぬか、そう貴方は約束したはずですよ〟
「分かってます。でも今は探索者、いえ全員が力を合わせる場面でしょう。ウチだけダンジョンで呑気に配信していられません。お願いします」
@四九椿:〝駄目です。許しません〟
「ハンデを負います。続きをする時はハンデを。それをウチは決めません、全て四九椿さんが決めていい。両腕使用禁止とかだとちょっとキツいので、流石に交渉はしますけど、基本的にはそのまま通します。勿論有利になるようなアイテムも持ってきません、なんなら減らします。それでもいけませんか」
……無茶苦茶だ、死ぬ気か。
しかし、俺がそんなの通すなと椿に念話をするまでもなく、新たにコメントが追加された。
@四九椿:〝そもそも、地上に戻った所で貴方は役に立てませんよ。今回招集されている探索者はレベル80以上が絶対条件です。貴方のような小物はうろちょろするだけ邪魔で迷惑なので、そういう意味でも許可できませんね〟
「……っ」
悔しそうに歯噛みをする色蓮。
それでいい。今回お前がやるべきことは強くなること。それ以上を俺はまだ望まない。
俺が軽く息を吐いたのも束の間——色蓮は言った。
「では————早くクリアしなければいけませんね」
色蓮は洞窟の外を見て、耳をそば立てる。
「雷が遠くなりました。雨脚も弱まってる。行きましょう」
@四九椿:〝正気ですか。死にますよ。外を見ていますか〟
——外。
バケツをひっくり返したような豪雨。その雨脚が弱まったとはいえ、雨が降った事実が消えるわけではない。
荒地だった荒野は様相を変え、一面濁った川のようになっている。これこそが四層の二面性——雨季と乾季。その周期は三カ月に一回あるかないかで、誰にも、俺にすら読めない。
……やっぱり、意外と色蓮は運が無いな。
「……実はウチ、もうレベル70を超えてるんスよ」
ゆっくりと洞窟の外に向かって歩く色蓮。
その姿は力強く、そして何者にも縛られない。
「その時に変なスキルを覚えたんです。使用しなくても頭の中に勝手に使い方が入ってくるような変なスキル。覚えたのはそれ一個だけですけど、これは凄いと思って、こっそり練習してから披露しようと思ってたんスけど」
雨季と乾季では出現するモンスタ—も様変わりする。
色蓮が洞窟から一歩出た瞬間、待ちわびたように水中から巨大なピラニア——モンスターが飛び出してきた。
色蓮は慌てず、動じず、ただ敵を見据え、一言——
————月の女神の名を紡ぐ。
【ラグナリア】
彼女の髪を、瞳を、全てを白銀色に染め上げる。背中には光輪のような紋様が顕現していた。
ふわりと重力を感じさせない動きで空を飛び、モンスターの攻撃をいとも容易く避ける。空に浮かぶ月のような冷たい瞳で、彼女は何も出来ないモンスターを見下ろした。その手にはいつもの大弓ではなく、天の星々を束ねたような美しい弓。
彼女がいつものように弦を引くと、ひとりでに矢が生成され——そして放たれた。
……適正レベル82の巨大ピラニア型モンスター、『マウストーム』。
四層の雨季を代表するそいつは、何も出来ずに風穴を開けた。
「行きましょう、五層へ。道標はもう、見えています」




