第46話 いい夢見てます
「いい加減にしろこの国賊がァッ!」
丸の内にある異常領域対策本部のオペレーション室。
巨大スクリーンに映し出された日本地図を無数の赤いランプが汚し、オペレーター達の悲鳴とコール音が絶え間なく響いている。その喧騒の全てを岸部の怒号が引き裂いた。
「この国家の非常事態になに巫山戯たこと言ってやがる! 金? 女? 馬鹿かテメェは、探索者ライセンスを剥奪されてーのか!」
『うるっさ、うるさいわぁホンマ。こないなことで何カリカリしとんねん』
俺の耳に通話口からの声が入ってくる。
相手は世界97位――『羅蛇』。
彼は岸部の怒号に煩わしそうに悪態を吐くと、低い声で言う。
『ほな言わせてもらうけど、その国家の非常事態とやらに僕を無償で働かせるつもりかい。君らだって給料出るとちゃうの? それともボランティアでやっとんの? ちゃうやろアホ。その一部を僕に還元しろ言う正当な要求をなんで国賊扱いされなあかんねん』
「時給十億またはどこでも誰でも二十四時間好きなだけ女を抱いていい権利(相手は催眠に掛けられているとする)のどこが正当な要求だボケが! 前者はともかく後者はおま、どこのエロ同人だ馬鹿野郎!」
『おー、あんたも好きやねぇ。広告で流れてきて試しに読んでみたら意外と面白くてなぁ、一回実地でやってみたくなったんや。でも僕催眠とか使えんし。惚れ薬なら作れるけど』
「お前それやったらマジで剥奪だからな、永久に追い続けるからな、というかお前なら金の力で幾らでもそういうプレイできるだろがッ!」
『いやぁプレイやと趣がないやろ。こういうのはリアルやないと燃えんのや』
……帰ろうかな。
いや……まぁ、せっかくきたし。
「――チッ、仕方ねぇ、どこでも誰でも好きなだけってのは無理だが、そういった仕事を募集して応募してきた女性ならなんとかなる。だからそれで――い、い、いち、一位⁉」
『いちい? いきなり何言うとんのや。あとそれやと結局プレイになっとるやろ、だからそうやなくて、』
「おい――図に乗るなよ」
岸部からスマホをひったくり、開け口一番言い放つ。
「俺が無償で動いているのにどうしてお前如きが対価を得られる。説明してみろ」
『は、覇星斧嶽……なんやいたんかい』
「説明しろ」
『ぅ゛……』
喉にモノが詰まったように羅蛇が呻いた。
どうでもいいけど、催眠できないならどう頑張っても結局プレイでは?
『あ、あんなぁ、覇星斧嶽。よう考えてみぃ。お前さんが新人の育成のみならず慈善活動にまで目覚めたのは僕も知らんかったけどな、そういうのはボランティア言うんや、一銭の金にもならんのや。慈善は読んで字の如く慈しみを持って善意で行うべきもの、そういうのを人に強要するのはどうかと思うで、僕は』
「で?」
『で、て……いま僕、結構普通のこと言うたよな? なんならヤフコメにすると9対1で「そう思う」が多いくらいのこと言うたよな?』
「で?」
『なんなのこのガキほんま腹立つわぁ』
とんでもない小声で羅蛇が毒づく。なんと言おうがこれはボランティアではない以上、お前の筋は通らない。
「岸部、こいつには元々報酬くらいは支払うつもりだっただろ。事前に言ったのか」
「当然だ。一日で百万円。破格の報酬だ」
「だそうだ、良かったな。金になったぞ」
『いや少なすぎるわ! 一日で億稼ぐ僕に百万て、どない考えても割に合わんわ! そんな端金で働かされるくらいなら一日ずっとFAN○Aでも眺めてるわハゲ!』
「もういい、来い」
『——あ、ちょ、まっ、』
——強制転移。
目の前に髪を三つ編みにして片眼鏡を掛けた胡散臭い男——羅蛇が現れた。
…………なんで全裸?
「……スケベやなぁ覇星斧嶽。わざと服を転移の対象から外すなんて、僕はそっちの気はあらへんよ」
「人のせいにするな、そんなのはできない」
「なんやできんのかい。金払ってでもやってもらいたいこと思い付いたのに、残念やわ」
「そうか。無理だ」
「……それだけか? ツッコむのはもうそれでおしまいなのか? マジで?」
……本人が気にしていない以上どうでもいいだろ?
「岸部、状況はどうなっている。俺は『裸蛇』の確保に必死になっているお前しか見ていない」
「今ニュアンスおかしなかった? 絶対意味ちゃうかったやろ?」
「黙れはだかへび」
「羅じゃボケ! お前自分が覇と星と嶽いうかっちょええ真名やからって図にのんなや! 僕の唯一のかっちょええ部分裸にしたらほんましばくで!」
羅蛇を無視して岸部を睨むと、奴は表情に影を落とした。
「すまん、許可が取れたのは北海道を根城にしている『北嶺釼将』だけだ。沖縄と熊本の奴らは、自分のところだけ守ると……」
「そうか。そいつら未満は?」
「無所属は言う事を聞かせられるだろうが、それ以外は自分とこのトップが首を縦に振らんとどうにもならないだろうな」
「状況はわかった」
ようは沖縄と熊本の奴らに言うことを聞かせられればいいんだろ? 簡単だ。
————殺意。
この世の全てを黒く塗り潰す程の絶対的な殺意を持って、俺は奴らに念話を飛ばした。
“協力しなければ、殺す”
「……よし、これで多少は言う事を聞くだろう。それでも聞かなければ俺を呼べ。反乱分子と見なして処理する」
「お、おい、羅蛇が立ったまま泡吹いてるんだが。あっちに至ってはしおしおだ、帽子に隠れちまった、サンバイザーだ」
「ついでに百位以内全員に飛ばしたからな」
「ついででやっていい範疇かこれ?」
「後は虚空澄透しだな。奴をここに呼んで未来を見させろ。クラックを詠むことだけに特化すればそれくらいは分かるはずだ。後の采配はお前の好きにしていいが、そこで泡吹いてる奴にはポーション作りに専念させることを勧める。これでも一流の錬金術士だ」
言うだけ言って立ち去ろうとした俺に、岸部が「おい!」と言って追いすがる。
「……どういう風の吹き回しだ、お前がこんなに協力的なところは見たことがない。借りを返すだけにしちゃでか過ぎる。何か狙いでもあるのか」
「お前も大概失礼だな、俺も人の事は言えないし自覚もしてるから、まぁいいけど」
ただの気紛れ……いや、違うか。
配信画面で微かに寝息を立てる色蓮を見て、俺は苦笑した。
「少し、信じてみたくなった」




