第45話 器ではあるらしい
……椿の奴、なにしてくれやがる。
俺は配信画面を眺め、少し操作をして惨殺死体から映像を遠ざける。
この配信は唯愛も見ている恐れがある。こんなグロテスクなもの見せられるか馬鹿野郎。遠距離から細工をするにも限度があるんだぞこっちは。
……それに、多分色蓮に気付かれた。
俺が近くにいれない以上、今回のような他探索者との接触は増える。その中には害意を持って近づく奴もいるだろう。例えば寝込みを襲うのが手っ取り早い。これまでも万が一を考えてそうしただけなのに、変な勘違いをされてしまった恐れがある。
…………まぁ、近くにいたのは事実だが。
……………………クソ。
「——鳥取県、か」
日本全域に張り巡らせた俺の警戒網に、見落としてしまいそうなほど極小さな反応があった。俺はその場所に転移する。
——産まれたばかりの小規模異常領域。
俺はそれを機械的に潰すと、また同じ東京のど真ん中に戻った。
……これを延々、繰り返す。
俺は岸部から借りを受けた。その借りを返すためにこんなことをしている。それもある。しかしそれ以前にダンジョン崩壊に纏わる知識を俺は岸部に与えていた。そこにはこんなことは入っていなかった。
こんなこと——ダンジョンが近くに無いにも関わらず、小規模異常領域が発生することなど。
間違った知識を与えたまま放置をするのは、筋が通らない。
……情報が足りない。俺一人じゃ手が回らないな。
日本全域の小規模異常領域を潰して回る。その程度のことすらも、ダンジョンから知識を得るというのに障害となる。
……せめて時間が欲しい。あそこなら知っている奴もいるはずなのに。
日本に存在している全てのダンジョンから開かれている都市……高天京。
その名と憎たらしい奴の顔を思い浮かべながら、俺は歯噛みした。
——スマホにコール。岸部だ。
普段なら無視がデフォルトの奴の名に、俺はワンコールで出た。
「なんだ。くだらない用件なら切るぞ」
『東雲椿姫を何とかしてくれ!? もうめちゃくちゃ、』
切った。即座にコールが入る。
「なんだ。くだらない用件ならお前との縁を切るぞ」
『ぐっ、いや、くだらなくはない。くだらなくは決して無いが、今は止めておこう。それよりどうだ、何か分かったか』
「いいや、今のところ全部で73カ所のクラックを潰しているが、何も分からないな。ちなみにさっきは鳥取県のを潰した」
『鳥取⁉ ダンジョンから滅茶苦茶遠いじゃねぇか! そんなのお前以外にカバーできんぞっ』
岸部が心苦しそうに呻いた。
『すまない、もう少しだけ続けてくれないか。今人をかき集めている。ダンジョンから完全に離れた地域にも人を派遣できるよう再調整が必要だが、何とかしてみせる。だから頼む』
「そうか」
最初からそんなものは期待していない。
俺は岸部との電話を切り、視界端に映した配信画面を見た。
すっかり元気を取り戻した色蓮がモンスターと死闘を演じている。何を思ったのかモンスターの群れに喧嘩を売ったらしい。
……馬鹿な奴だな。
思わず、苦笑が漏れた。
……81カ所目、92カ所目、105カ所目、137カ所目。
潰して、潰して、潰して回り続けると、いつの間にか夜も更けていた。
色蓮は俺の言った通り配信を付けっぱなしで眠っている。どうやらシェルター付近に階層報酬で出た『ファンシーな鈴』を付けて簡易的なアラームにしているようだ。何事も無駄にはならない。今日は徹夜にならなさそうで何よりと言える。
……関東全域で、同時に13カ所。
これまでで最大の同時発生件数に、俺は優先順位を即座に決めた。
人的被害が多いと見込まれる箇所を最優先……他は後回し。
そうして最後の13カ所目――『篠原八幡神社』に生まれたクラックを潰した時には、すでに15分が経過していた。
「――どこだ」
モンスターがいない。
これだけ時間が経っていれば一匹や二匹は湧いてしまっているはずなのに、モンスターの影も形も見当たらない。既にどこかへ行ってしまった後だった。
……どうする。一旦今張っている警戒網を解いてモンスター用に張り直すか? いや、しかしそれをするとまた戻すのにも時間が掛かる。そしてそんな時間はない。
ダメ元で五感だけを頼りにした捜索を試すと、幸運なことに反応があった。
……追われている?
二つの息遣い。足音は一つ。葉を踏みしめる音からして体重九十キロ前後——約二人分。
俺は瞬時にその場所に移動し、男と男が背負っている老人を確かめ——モンスターを殺した。
……『アンブラ』か。京都ダンジョン二層に出てくる人影だけのモンスターが、どうしてここに。
「聞きたいことがある。クラックから出てきたモンスターはこいつだけだったか?」
「——へ!? あ、いつの間に!? 貴方が倒してくれたんですか!?」
「……まぁ、そうだ。それより質問に答えてくれると、」
「良かった! もう大丈夫ですよお婆さん!」
……お婆さん寝てるけど?
「ほんとすみません、助かりました! 実は俺探索者なんですけど、最近なったばかりの新人でまだレベル15なんですよ」
「いや聞いてない。その前に俺の話聞いてた、」
「まさか地上でモンスターに会うとは思わずビックリしちゃって。しかも見たことないモンスターでめっちゃ強いし武器もないしでもうっ」
「いやだから、」
「しかも境内でお婆さんが参拝してるんですよこんな夜更けに! 見捨てるわけにもいかないし背負って逃げるのも一苦労でもう本当に大変でっ」
「おいなんだこいつ激しくムカつくんだけど」
お婆さん背負ってなかったらほんとぶっ殺したい。
「——でも、憧れの西園寺さんなら絶対に見捨てないと思って、頑張れましたっ」
「…………そうか」
「あ、すみません自分のことばっかり! モンスターですよね、参考になるかは分かりませんが、俺が知る限りではあの一体だけでしたよ」
「おい聞こえてんじゃねーか何なんだお前」
そうして、男はお婆さんを背負って住宅街へと歩いていった。
きっと交番やら家やらに送り届けるのだろう。激しく腹の立つ男ではあったが自然とそう思えた。
「…………」
憧れの西園寺さん、か。
全てがそうとは思わない。世の中にはどうしようもない阿呆もいれば悪もある。今回はたまたま当たりを引いただけで、これはほんの一面に過ぎない——それは分かっている。
……だが、少しだけ、一回だけなら、試してみてもいいかもしれない。
俺はガラにもなくそう思うと、岸部の元まで転移した。




