第42話 静かなる侵食
「……おはようございます。いろはすチャンネルはじまります」
〝くっそ不機嫌で草〟
〝声も顔も見る影もねぇwww〟
〝顔やばいって色蓮ちゃん〟
〝元が良いからまだ余裕だけどなにがあったんやwww〟
〝そらお前こんなシェルターもどきで快眠できるわけないやろ、自分に置き換えてみぃ〟
〝ダンジョンだからね、仕方ないね〟
〝もしかして焚き火つけっぱで寝た?〟
〝あぁ(察し)〟
〝あぁ(笑)〟
「ぐっ、察しの良い視聴者がいますね……そうっスよ、火を消さないで寝て見事にモンスターに襲われました! 普通逆でしょ、なんで火に寄ってくるんスか、それからもいつ襲われるか分からず禄に眠れなかったですし……」
四層の夜行性型モンスター、『シンダー・ラフ』。
平たく言えば痩せ細ったハイエナ。但し鳴き声が笑ってるみたいで気持ち悪い。
これに一晩つきまとわれた色蓮は、俺が知る限り一睡もできていない。
〝ダンジョンだからね、仕方ないね(二回目)〟
〝むしろモンスターに襲われないと思ってたのか?〟
〝シェルターに罠とか鈴とか付けてないから大丈夫かと思ってたけど案の定かよ〟
〝ワイも思ったけどそういうのは配信切ってからやると思ってたよ。無防備とは普通思わんでしょ〟
〝そうだよ、普通思わんよ〟
〝ダンジョンに普通期待するより自分が普通になろ?〟
「ぐぅ……っ」
直球の辛辣コメントに色蓮が胸を押さえる。効いてる効いてる。
……疲労回復に効くポーションでも渡してやろうか。
通常の治癒ポーションでも多少は疲労に効くが、やはり専用のアイテムは用途からして効果が違う。質が低いものでも一晩程度の徹夜ならたちまち無かったことにできてしまう。
……いや、しかし、それは流石に過干渉が過ぎるか? だが俺が最初にやろうとしたのは転移石の自力発見と今あるもので生き延びる力を養うこと。丸々サバイバルなんてさせる気は無かった。そもそもサバイバルだと知っていればもう少し色蓮も準備をしてきたはず。いやしかし俺はそういうのを知らずに次階層行ってたし。いやいやその程度の情報なら与えても……いやいやしかし。
俺がそうして軽く悩んでいると、視界端のUIに新着メッセージが届いた。
宛名は岸部。無視で良——ん?
……届いた先は緊急連絡用のスマホ……面倒な。
@覇星斧嶽:〝西園寺。そのまま攻略を続けていろ〟
「——え? あ、はぁ?」
不思議そうに小首を傾げる色蓮——配信画面を視界端に映し、俺は地上に転移して岸部に電話をかける。ワンコールどころか一回も鳴らずに電話に出た。
『俺だ! 急いでいるから単刀直入に言う——小規模異常領域の数と範囲がおかしい、頻度もだ!』
「……はぁ?」
『そのはぁはなんで俺にそんなことを言うんだってはぁだな!? もうまどろっこしいからいつもの面倒な駆け引きは無しだ! 異常領域対策本部の幕僚長として要請する、手伝ってくれ!』
……俺ってそんなに分かりやすいか?
「とりあえず落ち着け。トップがそんなに狼狽えるな、示しが付かないぞ。あと普通に断る」
『誰もそばにいない所で電話してるに決まってるだろ!? 具体的には離れのトイレだ、公衆の! 今頭下げてる。公衆トイレで幕僚長が頭下げてる! これに免じて手伝ってくれ!』
「そう言われてもな」
お前に渡したダンジョン崩壊の知識には、そうした事象も入っていただろ?
『なぁ頼むぜ一愛ちゃん、そう意地悪しないでくれ。このままじゃ国民に被害が出ちまう。というか西園寺の御息女の学校には連絡したぞ無事に公休扱いになったぞぉ! 確か貸しにしてやるって言ってたよなぁ?』
「早速その貸しを使うのか」
『俺だってとっときてーよけどそうでも言わないとお前動かないだろう!?』
もはや泣きそうな声で岸部が叫ぶ。この程度の演技は幾らでもといった男だが、どうやら本気で参っているらしい。
……仕方ない。筋は通そう。
「わかった。とりあえず確認する」
『——助かる! とりあえず新宿に、』
電話を切った。役人が集められる情報なら聞くより確認した方が早い。
俺は新宿高層ビルの屋上に転移し、異常を探る。
一、二、三……四。
……確かに多いが、この程度なら問題はない。
俺はそれぞれの小規模異常領域に転移で移動し、ものの一分もしない間に全てを消滅させる。また別の場所で発生していたら事なので異常を探ると——増えていた。
……いや、違う。全く別の地域だと?
第一次ダンジョン崩壊の際はダンジョン周辺、新宿ダンジョンでいえば東京全域に大規模異常領域が発生し、モンスターが溢れ出した。逆を言えば東京以外には小規模異常領域すら起きていない。
だが——今回は神奈川にも発生している。
岸部に電話をかけると、やはりコールが鳴る前に電話に出た。
「おい、クラックが神奈川にもあるぞ。俺が渡したダンジョン崩壊の知識にそんなのあったか。ちなみに俺は流していたからよく覚えていない」
『——だからそれを言おうとしてただろ!? 三分しない間に新宿周りのクラックを潰してくれたのはどうもありがとう!』
「感情どうした?」
岸部がコホンと息を落ち着かせる。
『とにかく、お前からもらった知識には、「小規模異常領域はダンジョン崩壊の前段階であり、ダンジョンとして固定された異常領域周辺に発生する」、としか入っていない。範囲が拡大するなんてどこ探しても無い。知識を入れたのは俺だから間違いないぜ』
「そうか」
『こいつは一体どういうことだ。あの知識は間違っていたのか?』
「間違いは無いが、更新されることはある。それが結果として間違いになることは、まぁ仕方ないだろう」
『……なぁ、最悪の想定が頭を過ったんだが』
「奇遇だな、俺もだ。今から新しい情報を……いや、時間が無いな、とにかくもう少し確認する」
『お、おい——!』
俺は電話を切り、神奈川に転移してクラックを潰した。そのまま更に——今度は北海道の札幌ダンジョンに移動する。
……ここでもクラックか。いや、それは想定内だ。
札幌に発生している一つのクラックを潰し、北海道の東西南北に転移すると——網走に反応があった。
「……」
次は京都ダンジョンに転移する。異常はない。ここは椿が完全に傘下に置いている。念の為大阪、奈良を確認すると、やはり数カ所発生していた。
次は熊本周辺。沖縄周辺。案の定ダンジョンから外れた場所にも発生していた。
それだけに留まらず、俺は米、独、EU圏内、中東にまで足を伸ばし、その全てでダンジョン周辺以外にもクラックが発生していることを確認した。
……一体、どうなっている。




