第38話 これはいわゆる、抜き打ちテスト
色蓮が荒れ果てた大地に落ちる椿の片腕を見て、姿を現した俺を見て、と、困惑した顔で交互に見た。
「というか……え、し、しんだ……?」
〝や っ ち ゃ っ た〟
〝え? マジで?〟
〝いやいやいやいやいや、いやいやいやいやいや!〟
〝うそやんこれ……〟
〝四九椿様が片腕だけになっちゃった〟
〝確かに今回の四九椿様はやり過ぎだったし心臓止まったけどこれはちょっと〟
〝世界一位と二十四位でこんなに差があるのかよ〟
〝ほんとに〇しちゃったの?〟
〝いや、そんな、仮にも同じ日本人でそんな〟
いつの間に復活していたのかコメント欄が騒々しい。
意外とタフな奴らだ。
@覇星斧嶽:〝忘れろ〟
〝……なんのこと?〟
〝僕なんにもしらない〟
〝いやいや、覇星様が四九椿様を〇っちゃったシーンは忘れられないよ。それ以外のことはもう頭に無いけど〟
〝頭に無いというか何かあったのか?〟
〝ちょっと先輩、あんまよくわかんないこと言わないでくださいよ〟
〝というかマジで殺しちゃったの……?〟
……この程度で死ぬわけない。
その証拠に——椿はここにいる。
「——あぁ、覇星斧嶽様。お久しぶりで御座います。ようやくお会いできましたっ」
「うぎゃ——!?」
片腕を無くし血を噴出させ、全身ゾンビのようになった椿に色蓮が悲鳴を上げる。もう少し悲鳴の上げ方というものがあるだろ……?
「お前の配信に俺は映っているか」
「勿論映しておりません。ご無礼を働き誠に申し訳御座いませんでした。万が一にも御名が広まることあれば、その者は私が一人一人殺して回りますのでご安心ください」
〝ひぃ(ガチ悲鳴)〟
〝やめてよして殺さないで親が泣くからぁ〟
〝でも四九椿様直々に〇られるならそれも……嘘です許して〟
〝だから記憶にないって言ってるだろ勘弁して!〟
〝いややわ身に覚えのないことでコロコロされちゃうの〟
〝そんなことより四九椿様のお美しい今の御姿について語ろうぜ!(急な話題転換)〟
〝お、そうだな(便乗)〟
〝生きててよかったよ四九椿様!(すっとぼけ)〟
〝いやーやっぱ美人はどんなお姿になっても美人なんだな!〟
「フフ、大丈夫そうですね」
「……」
……こいつは、たく。
「飲め」
「あ、ありがとうございます」
色蓮にポーションを投げ渡すと、椿が物欲しそうな目で俺を見てきた。
「私には下さらないのですか?」
「黙れ」
「冗談です。覇星斧嶽様から頂いたとあれば、私の宝物になってしまいますから。それでは怪我の治療ができません」
意味が分からない。
少しすると、椿がポーションも飲まずに自然と治癒を開始させた。肩口から抉り飛ばした左腕すら逆再生のように元に戻る。
〝ファ!?!?〟
〝え、ポーション飲んだ?〟
〝飲んでない、飲んでないよ〟
〝スキルか? というかそれしかないだろうけど出鱈目だな〟
〝相変わらずガチの高レベルは意味わからんわ〟
〝相変わらずというか表に出てくる機会が少なすぎてわからんことだらけだけどな〟
〝魔眼持ちの僕から見てもレベル600越えは人外魔境だよ。だって人じゃないもん〟
〝人じゃないもんなのか魔眼ニキ……〟
〝転生の噂はガチでFA?〟
「四九椿、配信を切れ」
「どうぞ椿とお呼びください。それはそれとして、配信がお好きではなかったのですか?」
「好きでも嫌いでもない。それより二人になれる所に移動する。聞かれたくはないだろ」
「はい、喜んでっ」
宣言通り椿が配信を切った。その瞬間色蓮の配信画面に悲しみのコメントが殺到する。こいつもこいつで謎に人気だな……。
「少し待ってろ、西園寺」
「え!? あ、はい」
色蓮に一言だけ断りを入れ、俺は椿と転移をしようとして——失敗した。
「——できんな。お前、いつの間に……」
「フフ。私も伊達に潜っているわけではありませんよ。もう私を転移で飛ばすことはできません。もう少しだけ貴方様に振り回されたくはあったので、少々残念ではありますけれど」
……本当に面倒な奴だ。
しかし俺が転移させられないレベルまで至ったというのは素直に評価できる。最近までダンジョンに潜っていたというのは本当のようだ。地上に出てきた理由は残念極まりないが。
「それでどちらに赴きますか。もし宜しければ私の屋敷に、」
「【絶対強制転移】」
「——あらあら」
苦笑する椿と共に、俺は転移した。
場所は一階層——ゴブリン集落。
モンスター共は、転移した瞬間に殲滅した。
「……一愛様。恋する盲目の女である私でも、ここは女性をエスコートする場所に相応しいとは思えませんよ?」
「懐かしいだろ」
「ええ、とっても懐かしいです。なにせ私と一愛様が初めて出会った場所ですから。一愛様がいなければ私は薄汚い畜生によって蹂躙されていたでしょう。ですけれど、これは思い出補正をもってしても、私泣きそうです」
「何しにきた」
どうでもいいからさっさと話せ。
そう目と態度で訴えると、椿は諦めたように嘆息した。
「もう少し甘い空気を味わいたかったのですけれど、仕方ありません。単刀直入に言いますね、一愛様。どうかご助力をお願い致します。我らが祖国にて外国の手勢が勢いを増しているのです。このままでは奴らに実権を握られてしまいます」
「断る」
「私がダンジョンに潜っている間も、私の手勢は裏で動き続けています。ご存知でしょうか、日本人探索者が海外に移籍する事例が多発していることを。そして日本のダンジョン産出物が外国に無断で流れていることを」
椿が丁寧に、ゆっくりと俺に語りかける。
「私は祖国が外国によって食い荒らされる状況を良しとできません。あのような小娘にかかずらっている時間がおありなら、どうかご助力をお願い致します」
「断る。産出物が無断で流れるのはともかく、海外のダンジョンに移籍するのは個人の自由だろう。それにこういった問題は個人の出る幕じゃない。餅は餅屋だ」
「相手は外国の探索者です。それも最近は私自らが動かなければ対処できないような者ばかり遣わされてきます。それこそ政治の出る幕ではありませんよ」
「それはお前が彼らの仲間を殺しすぎたからだ。もう退くに退けなくなってんだよ。お前が悪い」
「仕方ありません。私、外国人というだけで殺したくなりますので」
……この国粋主義者が。
俺は内心で呆れ、表では思いっきりため息を吐いた。
「……一応、俺個人に接触してきた海外の探索者は、トラウマを植え付けてから帰らせている。それでいいだろ」
「殺していないのですか?」
「殺しにきたわけでもない奴を俺は殺さない。お前と一緒にするな」
「それは残念です。貴方様に近づく不逞な輩など、私にとっては殺害対象以外の何者でもないというのに」
……付き合ってられない。
「話はそれだけか、それだけだな。もういいだろ、帰れ」
「そんなにあのお嬢さんが大事ですか」
す、と椿が目を細める。
「ダンジョン崩壊、でしたか。あのお嬢さんは不特定多数の人が死ぬことを許容できない心優しい少女、と私は伺っておりますよ。手勢の者から聞きました」
「それがどうした」
「私も接してみて、少しは見所がありそうだとは思いましたよ。しかしまだまだ小物。貴方様が手を入れるには時期が早すぎます。もう少し成長してからで良いではありませんか。その時は私もお手伝い致しますよ」
「お前の助けは必要ない」
「もしやあのお嬢さんではなくダンジョン崩壊を憂いているのですか? 気にする必要はありませんよ。私も善良な国民が死ぬのは心が痛みますが、祖国に巣食う蛮人を間引く機会でもあるのですから」
「何の話だ。何が言いたい」
椿が薄く、微笑む。
「貴方様は、貴方様の代わりとしてあのお嬢さんに手を貸しているのですね」
「……」
「心優しい少女。万人に手を差し伸べる眩しい存在。貴方様ができないことをあのお嬢さんに期待している……本当に優しい御方」
「それならば」と、椿は言った。
「私も一枚噛ませて頂きます。ここで死ぬようであればそれが定め。その時はどうか、ご再考を」
「——おい、待て!」
俺の静止に聞き耳を持たず、椿は転移した。
色蓮の配信画面に、椿が唐突に現れる。
「——し、四九椿さん……先輩は」
「喜んで良いですよ、お嬢さん。私が貴方をテストして差し上げます」
「は? 何をいきなり、」
——ダンジョンから無機質なアナウンスが四層に響いた。
『四九椿からの代償を伴う申請を受理しました。四階層『烈荒の大地』において、西園寺色蓮による帰還の一切を禁止とします』
「——は!?」
「期限はありません。何日かかってもよろしい。今から一切帰還をせず、無事に五層へとたどり着くこと。それが私から貴方に課すテストです」
「ちょ、ちょっと待ってください! いきなり現れてそんな突然言われてもっ!」
「ダンジョンでは突然が日常ですよ。それに適応できないのであれば死ぬだけです。それとこの経験は後の階層で必ず役に立ちます。逆に言えば、これすらもクリアできないのなら必ず死にます」
「とはいえ」、と、椿は一見穏やかに微笑んだ。
「準備ができていないから今は無理だ、お前の戯言などに付き合う必要はない、などと言うのであれば、私も無理強いは致しません。どうしますか?」
「……っ」
色蓮が悔しそうに唇を噛んだ。意味不明に思えても椿の言い分を無視できない。高レベルの経験に基づいた言葉とはそういうものだ。
……勝手なことを。
@覇星斧嶽:〝関係ない。帰ろうと思えば帰れる。選べ〟
「先輩……」
少しだけ、色蓮が心細そうな声音を上げる。
しかし——自ら力強く頬を叩いた。
「——いいでしょう、受けて立ちます! というか貴方にやられっ放しは癪過ぎるので目にモノ見せてやりますよこの馬鹿!」
「は? 馬鹿? ……ま、まぁいいでしょう。ではクリアするか死ぬか、どちらかということで宜しいですね?」
「しつこいっスよ。ウチも先輩と同じ、一度言ったことは守ります」
「……フフ。少しだけ、気が合いそうですね」
色蓮が「んべっ」と挑発するように舌を出すのを見届けながら、椿は頬を引き攣らせてその場から消えた。
「よし、行きましょう」
〝 勇 者 色 蓮 〟
〝これはガチ勇者〟
〝あかんすごいもん見たわ、中レベルの戦闘シーンより遥かにすごいもん見たわ〟
〝あの四九椿様相手に一歩も退かず、どころか口喧嘩では勝ったと言ってもいいレベルで渡り合う52レベルがこちらです〟
〝画面越しのワイらですら息止まるレベルで怖いのにあっかんべーとはほんま阿呆かな?(褒めてる)〟
〝マジで殺されててもおかしくなかったんやで色蓮ちゃん。無茶せんといて〟
「……まぁ、先輩が見ているから出来たことっス。一人ならもう少ししおらしくしますよ」
……いや、お前なら一人でも同じ態度だったろう。
俺の仕事用スマホに緊急の連絡が届いた。
宛名は……西園寺雷蔵。
俺はそれを既読にし、無視をした。
最終的に決めたのは——色蓮だ。
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