第37話 怒るとこ、そこ?
頭上に降り注いだ無数の刀に色蓮は何も反応できていない。
ただ一瞬で通り過ぎる雨に打たれるが如く、髪一筋、頬、腕を皮一枚分裂かれる。人工魔道具としての意味を無くした防具も紙切れのように切られた。
そうして墓標のように突き立った刀の一本に、ふわり、と。
和服を着た一人の女性が降り立った。
「お久しぶりで御座います——覇星斧嶽様」
〝!!!???〟
〝四九椿様キタァアアアアア!!〟
〝マジできた! マジできた!!〟
〝あ、ありのまま今起こったことを話すぜ……俺は色蓮ちゃんと四九椿様の配信を二窓してたんだが、四九椿様の配信がブラックアウトしたままだと思ったら色蓮ちゃんの配信に映りだしたんだ……何を言っているかわか(ry〟
〝配信時間を被せてきたから何かあるかと思ったら早速あったぜ!〟
〝久しぶりに見る四九椿様のご尊顔が麗し過ぎる件〟
〝切れ長の目がたまんねぇ、俺だ! 踏んでくれ!〟
〝そのまま潰しても構わない!〟
「……四九、椿、さん。世界24位……」
半ば放心していた色蓮は状況を整理するように呟く。そうしなければ立つことすらままならないと声の震えが物語っていた。死の気配を感じて指先一つ動かせていない。
「……この際、挨拶とかは省かせてもらいます。貴方は、一体どういった用件でウチに凸してきたんスか」
「凸? 配信している他者と接することをそう呼ぶのでしたね。ご安心ください、貴方に用はありませんよ」
そう穏やかに微笑む椿は、画面越しに俺を見る。
「覇星斧嶽様。私です、東雲椿姫です。お久しぶりで御座います。貴方様は配信がお好きなようなので、こうして私も配信をいたしました。どうか一目だけでもお目通り叶いませんでしょうか」
〝おお!!??〟
〝東雲! 四九椿様の本名!!〟
〝これはとんでもねぇスクープやんけ!〟
〝東雲組に関係することが確定した瞬間〟
〝↑いや初期からランキング追ってる勢からしたら常識だから〟
〝覇星様と知り合い確定きちゃ!〟
〝というか色蓮ちゃん眼中になさ過ぎて草〟
〝しゃーない、ここはもう天上人の領域や〟
〝四九椿様が自分とこの配信コメントに一切反応してくれなくてワイら涙目〟
〝草〟
……面倒な。
ダンジョンにでも篭っていたのか、ここ一月ほど連絡が無かったせいで油断していた。こいつはこういう奴だった。
思い込みが激しくこうと決めたらすぐに動く。俺が絡むといつもそうなる。
面倒な……。
「……反応がありませんね。そこのお嬢さん、貴方はあの方と連絡が取れるのでしょう? お呼び立てして下さいますか」
「う、ウチっスか」
「貴方以外にここにはいませんよ。さぁ、お願いします」
「……」
慇懃無礼。傲岸不遜。
言葉だけは丁寧な椿に、微動だにしなかった色蓮の拳が震えた。
「人にものを頼む態度ではないのでは?」
「……はい?」
〝あばばばばば〟
〝あかんあかんあかん〟
〝乗るな色蓮! 戻れ! マジで!〟
〝相手は世界24位だぞ素直に言うこと聞けマジで!〟
〝覇星様は常識人やし虚空様は温厚だから勘違いしそうになるけど高レベルは基本的に考え方が違うんやだから今すぐ謝れ!〟
〝特に四九椿様は一部で過激派呼ばれてるくらいなんや立場を弁えて大人しくして!〟
〝マジで洒落にならんマジで洒落にならん〟
「……お願いされる前に謝罪を先にお願いします。どういった意図で攻撃をしてきたのかはともかく、ウチは危うく死ぬ所だったんスから」
「意図? 死ぬ所? おかしなことを言いますね」
椿は上品に口元を手で覆い、笑う。
「意図は貴方に嫉妬しているから。死ぬ所なのは死んでも良いと思ったから。みっともなく慌てでもすれば、逸らした刀に刺さったかもしれないのに、惜しかったですね」
「な、なんで、」
「低階層であの方の残滓を掴んだ時は驚きました。驚いて地上に戻り、下の者に聞けば小物を指導していると言うではありませんか。覇星斧嶽様に恋焦がれている私が、嫉妬に駆られてもおかしくはないでしょう?」
「は? こ、こい……?」
色蓮の頬が引き攣った。
「そんなことの為に、ウチを殺そうとしたんスか?」
「そんなこととは失礼ですね。それと正確には殺そうとはしていません。死んでも良いと思っただけです」
〝(やばい)〟
〝やはりヤバいよガチの高レベル〟
〝四九椿様の熱烈なファンのワイはモロに脳破壊されたけどそんなんどうでもよくなるくらいヤバい〟
〝きゃ、きゃっとふぁいと、くる……?〟
〝こない(瞬殺)〟
〝赤子とプロボクサーが殴り合いするくらい差がある〟
〝ヤバい(語彙力崩壊)〟
「さぁ、もういいでしょう。貴方の知りたいことは教えて差し上げましたよ。そろそろあの方をお呼び立てして下さい」
「……まだ、そんなことでウチが死んでも良いと思った謝罪を聞いてませんが」
「何度も言わせないで下さい。嫉妬している相手に謝罪ができるほど私は大人ではありませんよ、これでも今年で18なので。あまりしつこいようでしたら死んでも良いから〝殺したい〟になってしまいそうです」
「そんなに連絡が取りたいなら念話を使えばいいでしょう。高レベルでは当たり前のように使えるのでは?」
そこで、椿が一瞬だけ沈黙した。
「……届かないのですよ。どうやら念話の相手に私を外しているようで」
「外している? 着信拒否のようなもの……?」
色蓮は素で首を傾げ——決定的な言葉を放った。
「それ、先輩に嫌われているのでは?」
「——“は?”」
――息が止まる。
色蓮を襲った濃密な魔力に混じる殺意に、配信越しにも関わらず俺ですら一瞬だけ息が止まった。当然ながらコメントの流れも完全に静止する。魔力を可視化できる探索者であればその影響はなおさら強い。
直にそれを浴びた色蓮は前のめりに、受け身も取れずに倒れた。
「――せ、星環、」
「あら、まだ意識を保っていられるのですね。あの方から指導を受けているのであれば当然ですけれど」
椿が色蓮の首元に抜き身の刀を添えた。
「貴方にお呼び立てをお願いするのはもう止めました。代わりに別の方法を取らせてもらいます」
「別の、方法……?」
「はい——覇星斧嶽様、このお嬢さんの命が惜しければ姿を現して頂けませんか。私は貴方に会いたくて気が逸っているのです」
——ス、と。
刀が色蓮の首元に数ミリ食い込み、薄く血を滲ませた。
「……っ」
「一つ、二つ、三つ……四十九まで数える間に出てきて下さいね」
少しずつ、少しずつ。
数をゆっくりと数える度に、刀が更に歩みを進めた。まるで熱した鉄を、じわりと肌に押し当てていく拷問のように。
やがて三十を数え、色蓮の頸動脈に刀が触れると——止まった。
「フフ。貴方はあの方にとって、価値の無い存在のようですね」
上機嫌に、椿がせせら笑う。
「どうやら貴方は人質としての価値すらないようです。であればこのような茶番は無意味。良かったですね、命が助かって。あの方にとって価値の無い存在で……フフ」
「……ふ、嬉しそうっスね。でもいいんスか、この配信は先輩も見てると思いますよ」
「勿論知っています。それが何か?」
「——化けの皮が剥がれてるって言ったんだよ、下品な女狐が」
震えと痛みを怒りが上回る。
腹の底から煮えるような声を、色蓮は絞り出した。
「薄汚く歪んだ顔で私を殺しても、先輩はお前に振り向きませんよ」
「……大した度胸ですね、小物ながら認めてあげましょう。ですが心配はいりませんよ、もう私の全てはあの方にお見せしているので」
椿はゆっくりと笑みを解くと、困ったように頬に手をやった。
「しかし、一体どうすればあの方は私と会って下さるのでしょうか。聞いていますか、聞いていますよね。どのようなことでも仰って頂いて構いません。私は貴方とお会いし、お話がしたいだけなのです」
そして————言ってしまう。
「ねぇ————“一愛”様」
————————
——片腕が舞った。
色蓮を甚振り、刀を握っていた左腕だけが宙を舞う。
……否。
左腕だけを残し、椿がその場から消えた。
音と共に遅れてやってきた衝撃が色蓮の髪をなびかせる。配信には一瞬だけ山のように大きな戦斧——いや大きくて黒い塊が映った。
@覇星斧嶽:〝忘れろ〟
色蓮は血が滲む首筋を手で抑え、一言。
「…………怒るとこ、そこ?」




