第36話 アメとムチと、時々、刀
休日の昼下がり。俺は居間で寛ぎながら、色蓮の配信を視界の端に映した。
そこには妙にハイテンションな彼女が映っている。
「こんハスー! いろはすチャンネル始まるっスよー!」
〝こんハスー〟
〝ハスー〟
〝毎度お馴染みこんハスー!〟
〝おう見たぞ懇親会! なにが「またなにかやっちゃいました?」だワレぇ!〟
〝弁償したんか。ちゃんと弁償したんか!?〟
〝土下座が様になるお嬢様と説明加えろや!〟
〝バッチリ切り抜き見さしてもらいましたさかい、笑わせてもろたわ〟
「ひぃ、そ、その件は抗議させてもらうっス! 役所の計測器がウチの攻撃一発で壊れるとは想像できないでしょう普通! というかなんで配信されてた上に切り抜かれてるんスか! 盗撮っスよ盗撮!」
〝せやな〟
〝それはそう〟
〝有名税とは言い難いほど他の人映ってたしなぁ〟
〝(探索者がカメラに気付かない方が悪くない?)〟
〝草〟
〝それは加害者の言い分過ぎるけどカメラ気付きなよw〟
〝教官辺りは気付いてたやろ、見逃してたってことはオーケなんやで〟
〝つまり残当〟
@覇星斧嶽:〝その通りだ。気付けないお前も悪い〟
〝てれれれってれー 『覇星斧嶽が仲間になった』〟
〝勝ち確〟
〝ラスボスクリアまで一人でいけちゃう〟
〝でもこの味方、背中蹴ってきます……〟
「ぐっ、先輩まで……はいはい、カメラに気付けなかったウチが悪いっスよ、もうっ」
……勝手に撮る方も悪いに決まってるがな。
そうこうしていると、いつもと違う背景に視聴者が気づき始めた。
〝というかここどこ?〟
〝色蓮ちゃんどこから配信してるんや。三層じゃなさそうだけど〟
〝あー探索者以外は分からんか。ワイらには親の顔より見た場所やけどな〟
〝もっと親の顔見ろ定期〟
〝一、二階層でもない白い空間……ペロっ、これは階層跨ぎですね〟
〝今どこ舐めたの?〟
「おー、知ってる視聴者の方が多いっスねー。ウチの配信見てないで自分も潜ればどうっスか?」
〝……のガキ〟
〝なぜだろう、色蓮ちゃんの煽りは単純に心にくる〟
〝語尾にハートつけてないからや、つけろオラ!〟
〝は? 潜ってモンスター殺しながら見てますけどなにか?〟
〝強者おって草〟
「なーんて、冗談スよ、冗談。いつもご視聴ありがとうございます。それではコメントにネタバレもされましたし、早速配信のメインに移りましょう。というわけでじゃじゃん!」
色蓮が体を避けて腕を広げる。その先には俺にとって非常に見慣れた魔法陣が白い床に描かれていた。
「見てくださいこれ、階層跨ぎの時にしか見られない魔法陣! これにウチが手をかざせば攻略階層に応じたアイテムが出てくるという、あの! いやー、正直かなり楽しみっス!」
〝色蓮ちゃんはしゃいでるなぁ〟
〝そらダンジョンからのご褒美はテンション上がって当然よ〟
〝完成形のポーションや魔道具がそのまま貰えるのはここだけやからね、そら当然よ〟
〝まぁその階層の攻略内容がショボかったらアイテムもショボいんですけどね〟
〝ぶっちゃけそれよく分かってないけどね。殺したモンスターの数に比例するとも言えないし微妙〟
〝そういや階層跨ぎは初か……妙だな〟
〝三階層〜四階層の空間なのかな……初とは妙だぞ〟
〝謎は深まるばかり。迷宮入りしそうだ……(笑)〟
〝笑ってんじゃねーよハゲ!〟
「……いや、まぁ、それは置いといて」
コホンと咳払いをして誤魔化す色蓮。
そこまで楽しみにしていたとは思わず、俺も少しバツが悪い。
@覇星斧嶽:〝早く手を付けてアイテムを受け取れ。どうせ大したことはない〟
「酷くないっスか!? ウチが先輩の所業を有耶無耶にしようとしてるのにその言い草は酷くないっスか!?」
「全くもう先輩はっ」と怒りながらも素直に従う色蓮。
彼女が片膝を付いて魔法陣に手をかざすと、それは青く光り輝いた。
「お、おお……なんか神秘的——え? 終わり?」
魔法陣は消え、床に転がるようにして現れたアイテム類の数々。
それらを眺めて、色蓮が何とも言えない絶妙な表情をした。
「……いえ、はい、こういうものだとは聞いていたので、別に驚いてはいないっスよ、はい」
〝草〟
〝驚いてはいないけどガッカリはしてるなw〟
〝まぁ最初は期待感凄いよね、魔法陣大きいし〟
〝しかも幻想的に光り出すからな。おお! とか思わせといて尻切れトンボみたいに消えるんやあいつ〟
〝そうやって私を残していつもあの人は消えていくの〟
〝適当に床ポイしてな〟
@覇星斧嶽:〝だから言ったろ。どうせ大したことはないと〟
「演出がショボかっただけで中身もショボいとは限らないでしょう!? そ、それでは一個ずつアイテムを確認していきましょう、イエーイ!」
……痛々しいな。
「まず一つ目! 濁った光りを放つこれはポーションですかね、何ポーションでしょうか」
@覇星斧嶽:〝ローポーションだ〟
「つ、次! む、これは見たことないっ! 青く光るこれは一体、」
@覇星斧嶽:〝ローシールドポーションだ。ゴブリン一発分の攻撃なら耐えられるな〟
「す、凄い! 今から探索者になる初心者の方にはうってつけのアイテム! ではこれは抽選で視聴者の方にプレゼントでも、」
@覇星斧嶽:〝効果持続時間は十秒だ〟
「ま、まだ使える! 使えるっスよこれは!」
〝涙を拭いて〟
〝マジで拭いて〟
〝見てられないよもうこれぇ〟
〝でも、なんでしょうね、この胸の高鳴り……下品なんですが、フフ〟
〝いや幾らなんでもショボくない?〟
〝一、ニ、三階層は低階層もええとこやからこんなもんだぞ、ちょい下振れではあるけど〟
〝けど数だけは半端ないな、山のように積み上がってるの初めて見た〟
〝楽しそう〟
〝覇星様次やらして〟
〝畜生が過ぎるぞ〟
……確かにここまでショボいのはおかしいな。
視聴者と役割を代わり、色蓮がかかげるアイテム類の数々を俺も確かめる。
ローポーション、錆びた短剣、ファンシーな鈴といったガラクタに近いものもあれば、ハイポーションや魔石袋などの少しは役立つアイテムも確認できる。しかしそんなものは三層の平均値だ。
いくら低階層とはいえ、これまでの色蓮を見ていればもう少しマシなのが出てもおかしくはないのだが……。
「ん? なんスかね、これ」
彼女がかがげたのは、粗末な藁で編まれた矢籠だった。
鑑定能力のない俺には、見たことの無いものは分からない。
〝む〟
〝矢筒か、中身空だけど〟
〝わからんなぁ、魔道具なのは魔力を感じることからも確定だけど〟
〝魔道具なのかよ〟
〝魔道具やで。一回鑑定した方がいいな、呪いのアイテムかもしれんし〟
〝三層で魔道具とは珍しい、マジで産出率上がっとるんやな〟
〝色蓮ちゃんの功績が凄いからなのもあるぞきっと〟
〝使える魔道具だったらこれだけで億いくな〟
@覇星斧嶽:〝虚空澄透し、見てるだろ、言え〟
@虚空澄透し:〝はい喜んで!〟
〝草〟
〝草〟
〝世界93位を顎で使う一位の図〟
@虚空澄透し:〝僕の魔眼によると、これは『俵藤太の矢籠』と出ています。使用者のレベルに応じた矢が無尽蔵に出てきますね。ただ、その矢は一夜で消えてしまいます〟
「うぇ!? す、凄い魔道具じゃないっスか! あ、あと虚空澄透しさん、先輩が無茶言ってすみません、ありがとうございます」
〝いやマジで凄いやんけ〟
〝レベル200くらいまでならそのまま使えるくらい凄いな〟
〝売れば十数億いきそう〟
〝というかマジで感謝した方がいい、虚空様の鑑定は一回数億やで〟
〝おまけにVIP専門でワイらの鑑定は基本受けんのよ、鑑定する金もないけど〟
〝虚空様の魔眼は嘘つかないからね、百発百中〟
〝ぶっちゃけ鑑定するより日本の未来を予知してもろた方がええと専らの噂。鑑定に割く時間がもったいない〟
@覇星斧嶽:〝そうなのか。すまない、助かった〟
@虚空澄透し:〝いえいえいえいえ滅相も御座いません!〟
〝草〟
〝だから草〟
「な、仲良いっすね……」
色蓮が苦笑いを浮かべながら矢籠を背負った。これまで装備していた矢筒はマジックバッグに放り込んでいる。
〝@覇星斧嶽:なんだ、早速使うのか〟
「ええ、はい。この矢筒も人工魔道具製で自動的に矢が出てきますけど、それでも無限というわけではなく事前に補充が必要なタイプなんスよ。なのでウチのレベルに合わせてくれる矢筒があるならそっちに切り替えようかと」
……ほう、そうか。
色蓮の装備している中では矢の弾数だけが心配だったが、これなら心置きなく彼女を四層に送り込めそうだ。
攻略報酬がショボいだなんてとんでもない。正にこの魔道具の為に他のアイテムの質が吸い取られたようではないか。実際そうなのかもしれないけど。
@覇星斧嶽:〝他にお前が攻略に必要だと思う武器、アイテム類を全てマジックバッグから出せ。勿論ポーションもだ〟
〝おうふw〟
〝覇星様は相変わらず覇星様やなぁ〟
〝どうするんやろと思ってたらこうきたかw〟
〝いやいやいや、まだ親切な方やと思うよ〟
〝せやな、ポーション許されてるのはほんま親切〟
〝初見、何が見れるんだ?〟
〝覇星様が覇星様たる所以を見れる〟
「な、なぜ?」
@覇星斧嶽:〝そう警戒するな。お前の為を思って言っている〟
「ウチの為? 先輩が、ウチの為に……し、仕方ないっスね、先輩がそこまで言うなら素直に従いましょう。あ、マジックバッグは駄目でも普通のバッグならいいんスよね? どれにしようかな、お気に入りが多いんスよ、ウチ」
警戒した態度をあっさりと放り出し、機嫌良さそうに準備を整える色蓮。純粋培養なのは知っていたがここまで無防備だと流石に俺でも心配になってくる。
@覇星斧嶽:〝準備が出来たら四層に行け。もうここには用が無いだろ〟
「はーい、今行くっスよ。相変わらず情緒が無い先輩っスねー」
@覇星斧嶽:〝転移させてもいいんだぞ〟
「ちょ、それは勘弁スよ。すぐ行きますって」
慌てた様子で四層への転移石に彼女は触れた。
次の瞬間、視界が完全に切り替わる。
新宿ダンジョン第四層——『烈荒の大地』
現実世界で言うサバンナのような光景が視界に広がる。地面は乾いてひび割れた赤土と、腰の高さまである焼け焦げたような色の草がまだらに混在している。遠目には草食型のモンスターが長い首を伸ばして草を食んでいた。
「お、おお……ザ・サバンナっスね。しかも暑いっス」
気温は常に40度近い。たまに越えることもある。
そういった過酷な環境を厳しいと悟った彼女は、恐らく体温調節系の人工魔道具を取り出そうとマジックバッグを開いた。
「……あれ? マジックバッグが壊れた?」
〝ワロタ〟
〝覇星様もお人が悪い〟
〝やっぱ情報て大事だわ〟
〝新宿ダンジョン第四層は人工魔道具すら禁止の厳格な特殊エリアやぞ、ガチで原始的なものかダンジョン産出品しか許されない〟
〝マ? 色蓮ちゃん終わりやんww〟
〝厳密に言うとその効果は消えるが正解やな。マジックバッグはただのバッグに。武器はただの武器に成り下がる。ポーションは階層報酬か錬金術師が作ったものならオーケー〟
〝厳しすぎるだろ〟
〝新宿ダンジョン四層なんて誰もいかんよ。普通は四層だけ違うダンジョンにアタックしてレベルを上げる〟
〝草〟
「は? は?」
コメントを読んでなお状況を理解しきれない色蓮。
いや、状況は理解していても俺からの説明を欲している彼女に、俺は言った。
@覇星斧嶽:〝そのまま攻略しろ〟
「————ウチの為って言ったのにっ!」
裏切られたショックか、色蓮の泣きそうな声が四層に木霊した。
……大丈夫、これもお前の為だ。
——突然。
突然に、俺も予期しない形で、前兆も見えず。
色蓮の頭上目掛け——刀が無数に降り注いだ。




