第32話 懇親会(ただし座学とする) side色蓮
千代田区霞が関。そこだけ中世かと見紛うほどに要塞然とした建物——『探索者統制庁』を見上げて、私は小さく嘆息する。
結局来てしまった……。
一愛先輩の家で夕食をご馳走になった後、ふとスマホの電源を入れたらこのようなメールが届いていた。
『件名:【重要】若手探索者懇親会のご案内について 探索者統制庁』
……はい、そういうのありましたね。
若手探索者、つまり探索者になって一ヶ月未満の者は、この懇親会に参加することが奨励されている。統制庁の毎月の行事だ。
私も探索者になった初日に説明を受けていたのに、今の今までそんな話しは記憶から消えていた。昨日届いた「覚えてるよな」と言わんばかりの確認メールが無ければ、バックレていたのは想像に難くない。一応不参加でも問題はないらしいが、それでも連絡無しは人としてないだろう。
……この人たち、全員探索者なのかな?
暑苦しく戦闘服に身を包んだ体育会系のグループ。パーカーのフードを目深に被った猫背の男の子。いかにもな魔術師ローブを着ているけれど、その生地が少しだけ擦り切れている女の子。ピクニックにでも来たかのような、普段着のままのカップルまで。
皆一様に、庁舎のエントランスへと吸い込まれるように入っていく。
……これが、私の同期。
一愛先輩という世界一位しか知らない私には、普通の探索者がどういう存在であるのかをよく知らない。彼らがどういった志望で探索者となり、どのように生活しているのかを、まるで。
……これはそれを知る絶好の機会。
一愛先輩は好きにしろと言った。あの人は私のプライベートにまで口を出してくるような人ではない。コラボ配信の話をした時も素っ気なかったし。
世界93位と知り合いだったり意外と顔も広そうだし、ちょっとくらい相手を見定めるとかしてくれても良いのでは、とか考えたり考えなかったり……いやいや。
「よし」
学生の正装、制服。
それがバッチリ決まっていることを自動ドアのガラスで確認した私は、軽く深呼吸をしてからエントランスに入った。
「詐欺でしょこれ……」
十人一組ほどの長机に突っ伏した私は、いつもの配信の癖で独り言を漏らす。五感が人外の域に達した探索者であれば普通に聞こえる声量であったが、その一言に反応して私を気にする人は誰もいない。
あ、いた。教官だ。笑顔向けとこ。
……いや、でもこれはひどいでしょう。
十三時に庁舎へと入り、ただ今の時刻は一六時半。
その間私達が何をしていたかといえば、ひたすら座学を強要されていた。
探索者としての心構えに始まり、アイテム類の扱い、ダンジョン法規等々。先日発表されたばかりの安全ガイドラインに関する話は身になったが、それ以外はハッキリ言って私には不要だった。
……全部先輩に聞けば済むことだったし。法規以外。
懇親会とは名ばかりの退屈な時間。これならダンジョンに潜っていた方が百倍有意義だった。同期とも交流できなかったし。
「地下の模擬戦場行ってみようぜ、魔法職のヒーラー探してぇ」
「バーカ、そういうレア職は大手ギルドに囲われてるっての。それに一層で魔石拾うだけの俺達には不要だ不要」
「ま、見るだけ見るのはいいんじゃね? 座学ばっかで体動かしてーし」
私と同じように学生服に身を包んだ男子のグループが、何か気になることを喋りながら講堂から出ていった。
……地下の模擬戦場?
なにそれ。気になる。行ってみよう。暇だし。
ほぼ条件反射で立ち上がった私は、彼らを追いかけるようにエレベーターに乗った。
◇
地下の模擬戦場は異界型魔道具の中にあった。
私が普段使っているマジックバッグの超大型版、というと少し違うが、大体似たようものではある。
ともあれ、そこには探索者を一箇所に集め、模擬戦を行わせるに相応しいほどの、真っ白い、だだっ広い空間が広がっていた。あちこちで教官らしき人の立会の元、模擬戦だったりスキルを披露し合ったりしている。
「うわ、こんなに人いたんだ」
東京ドームのように円形になっている観客席で、私はまた配信者の癖で独り言を漏らした。
……まずい。これ矯正しないと日常生活で変な人になっちゃう。
探索者になってから半月以上、ほぼ毎日ダンジョンで配信していた弊害が思ったよりも大きい。
まぁでも、大丈夫だろう。誰も私なんて気にしない。
「……あれ、西園寺色蓮か? なんでこんな所に」
「パーティー探しにきたのかな。声かけてみる?」
「もしかして覇星斧嶽さんも一緒にいるのか」
「マジ? ヤバ、ちょー見たいんですけど」
……あの、聞こえてます。
ヒソヒソと私をチラ見しながら交わされる会話に、何だか居た堪れなくなってしまう。思ったよりも注目を集めてしまっている。
考えてみれば、探索者になって一月未満でチャンネル登録者数が百万を超えるのは稀だ。更に世界一位に手伝われているとなれば唯一の希少種といっても過言ではない。目立って当然だ。
……冷やかしはこのくらいにしておきましょうか。遠巻きに見られてもつらいだけですし。
パーティーを探しに来たわけではない私は場違いだ。大人しく一愛先輩の家に行って愚痴を聞いてもらおう。多分それも独り言になるけど。
「あ、あの、いろはすチャンネルの西園寺色蓮さん、ですよね?」
「え、あ、はいっス。あなたは?」
「わ、本物、すごいです! 私、早乙女有咲、『潜航ねるる』の名前で活動してますぅ」
……どこからとったのその名前。
思わず聞きたくなってしまったが、ぐっと我慢する。
しかしその名前には覚えがある。つい昨日私宛にフレンド申請をしてきた内の一人だ。
「ああ、潜航さん、フレンド申請してくれた人っスよね。すみません、ちょっと色々考える所があって、返せてなかったんスけど……」
「いいんですいいんです、そんなの。私色蓮さんのファンなので、こうしてお話できただけで十分というかぁ。私、色蓮さんの配信を見て、初めて探索者として本気になろうと思ったんですよぉ。なので、そのお礼だけでも言えたらなってぇ」
……悪気はないのでしょうが、その甘ったるい話し方が気になる。
というか、私の配信を見て?
「あの、潜航さんはどうして探索者に?」
「有咲でいいですよぉ、それかねるるで。探索者になる動機なんて、お金以外にありませんよ? 男性はまた違うんでしょうけどぉ」
「そ、そうっスか」
「それより、あの、例の人は今一緒にいたり、いなかったりするんですか?」
お金という動機に若干のショックを受けつつも、私は聞かれたことにすぐに答えた。
「先輩っスか? いないっスよ。別にウチと先輩はペアってわけじゃないので、ウチが押しかけない限り基本干渉してこないっス」
「本当ですか!」
「——へ?」
その声は、目の前の彼女以外からも発せられていた。
というか、沢山いた。
「あの、いつも配信見てます、ファンです!」
「す、すげー、あの西園寺さんがこんな近くに」
「レベル50突破おめでとうございます! 次の配信はやっぱり四層スタートですか!」
「マジヤベ。サインもらっていい?」
「ちょ、そんな一気に来られてもっ」
あっという間に囲まれてしまった私は、聞かれるがまま、求められるがままに応対していく。最初に遠巻きに見られていたのが嘘のようだ。
……これ、もしかして先輩が怖がられてるだけ?
あり得る。あの配信を見ていれば全く不思議ではない。
……私は一度も怖いと思ったことないけどなぁ。
直で接しているからそう思うだけだろうか。それとも他に——
「何の騒ぎだ、これは」
思考を中断させるほどの野太い声が、その場に響いた。




