第31話 ふふん、照れちゃって
「ただいまー」
平日の夕方。
そろそろ夕飯の買い出しにでも行くかと腰を上げた時に、玄関から忙しない声と音が聞こえてきた。
……唯愛だ。こんな時間に珍しい。
「おかえり。早いな」
「兄ちゃん知らないの? て、知るわけないか、ある意味当事者だもんねー」
「は?」
唯愛がイタズラっぽい笑みを浮かべ、ソックスを脱ぎ散らかしてソファにドカッと座る。そしてリビングのテレビを点けた。
チャンネルを切り替えるまでもなく、そこにはダンジョン崩壊を有識者同士で議論する特別番組が映っていた。
「今日は、というか多分しばらく部活は休み。学校はあるけどね。ご家族とよく話し合うように、だって」
「……そうか」
「ダンジョンといえば、昨日も色蓮ちゃんの配信友達と見てたよ。兄ちゃんひどくない? 桃と由香もちょっと引いてたじゃん!」
「必要なことだ」
「もう、必要とかそうじゃないの! 兄ちゃん女心がホントに分かってない!」
怒る唯愛には悪いが、俺が色蓮の心を知っても対応は変わらないと思う。
それを言ったらホントに分かってないとまた怒られそうだが。
「で、お前はどうするんだ」
「ん? なにが?」
「家族と話し合うように言われたんだろ。ダンジョン崩壊について」
「え? 必要ある?」
必要ある、て。
いくらなんでも危機管理能力が低すぎるだろう。
そう呆れていたが、なぜか素で不思議がられた。
「うちには兄ちゃんがいるじゃん。だから絶対大丈夫でしょ?」
「……まぁ、そうだな」
「でしょう? なんたって私の兄ちゃんは覇星様だからねー」
「その呼び方やめろ」
しまった。色蓮の配信を見ているということは、あの不可解なコメントのノリも唯愛が見ているということだ。なんてことだ。情操教育に悪すぎる。
……止めさせよう。
「あ、でねでね、さすがにどうしてかまでは言わなかったけど、桃と由香にはダンジョン崩壊の時、私の近くにいるのが一番安全だって言ったの。信じてもらえたかどうかまでは分からないけど、それくらいは言っても平気……だよね?」
「ああ、それくらいで俺が割れるとは思わない。唯愛の近くにいたら守るくらいはしてやる」
「やった! 兄ちゃん大好き!」
そう言ってわざとらしく抱きついてくる唯愛に、俺は溜息を隠せない。
これで女を語られてもな。
「ん? 着信?」
俺のプライベート用スマホに着信が鳴った。
おかしいな、唯愛は目の前にいるのに。他に心当たりがない。
宛名は、色蓮だった。
◇
色蓮に呼び出されるがまま駅前にきた俺は、そのまま彼女を同伴してデパ地下に足を運んでいた。
当の色蓮はといえば、キョロキョロと物珍しそうに頭ごと視線を動かしている。小動物、というかリスにソックリだった。
「お前も懲りないやつだな」
「はい? 何がっスか?」
俺が横目にそう言うと、色蓮はなぜか楽しそうに小首を傾げる。
記憶容量も小動物並なのかと少しだけ心配になった。
「俺が普段、ダンジョンでお前にしていることを考えたら、普通プライベートでは近づこうと思わないんじゃないか」
「ああ、そのことっスか。確かに三層でのアレはめっちゃムカつきましたけど、別に気にしてないっスよ。一愛先輩がウチを強くしようとしてくれてるのはよく分かってるので」
「今のは、遠回しに距離を置いてくれって意味で言ったんだが」
「ひどっ!?」
「冗談だ」
「一愛先輩の冗談はマジで分かり辛いっス」と、割と心にくる言葉を吐き、彼女は気を取り直すように笑顔を向けてくる。
「今日はウチが三層をクリアした記念になんでも奢るので、どうぞ好きな食材を好きなだけ選んじゃってください。高額スパチャも頂いた後ですし、その還元ということで。普段のスーパーじゃ味気なくてせっかくデパ地下まできたんスから、さ、どどんと」
「普通、そういう祝い事は本人以外が企画するものじゃないのか」
「先輩知らないんスか? 海外だと自分の誕生日パーティーは本人が開催するんスよ?」
「ここは日本だ。そして俺は日本人だ」
海外とかどうでもいい。
「大丈夫っス。食材はウチ持ちっスけど、料理は一愛先輩にやってもらうので。それなら一応、ほら、半々でしょう?」
「……」
言っている意味は分からないが、何が言いたいのかは何となく分かる。
まぁせっかくここまで来たのだから、それくらい乗ってやるか。
より本格的なのは友人や家族とやるだろうし、気軽にな。
「何が食いたい。付いてきたってことは、リクエストがあるんだろ」
「ええ、そんなぁ、その言い方だとウチがご飯をねだるいやしい女みたいじゃないっスかぁ。でもそうっスねぇ、せっかくなのでオムライスがいいっス」
「いやここデパ地下。何がせっかく。そんなの近所のスーパーで良かったろ。なんだ、最高級の平飼い卵でも買えってか。売ってねーよ」
「ふふん、実は来てみたかっただけだったりして」
謎にドヤ顔を見せる色蓮にイラッときつつも、内心では仕方ないかと納得をする。
色蓮の家は元々がそこそこ裕福な古物商だ。さすがに今ほど金持ちではなかったが、自分でデパ地下まで買いにくるレベルではない。
……楽しそうにしやがって。
せっかくだからオムライス用でビーフシチューでも作るか。唯愛も好きだった気がするし。
食品店内に入ると、『店内で持ち主不明のダンジョン産アイテムをお見かけした際は、』云々という、ごく当たり前となった店内放送が流れてくる。
俺はそれを軽く聞き流し、今夜の食材を物色していく。
「あ、またきてる……スマホ切り忘れちゃった」
色蓮が疲れたように呟き、スマホの電源を切ってマジックではないバッグに放り込んだ。軽い動作で背伸びをし、俺の肩口からショーケースをのぞき込む。
「おお、お肉見てる。なんスか、他になんか作るんスか」
「少しな。それより、さっき何がきてたんだ。あと近い、離れろ」
「ただのフレンド申請っスよ。他の配信者からの」
「他の配信者?」
……よくわからん。
「あ、今よく分からないとか考えてスルーしようとしましたね? 聞いたなら聞いてくださいよぉ、これが結構大変で」
「わかった、聞くから離れろ」
「ふふん、聞かせてあげましょう」
吐息を残して色蓮が離れる。何がしたいんだよ。
「ミニャログのフレンド申請っスよ。お互いに登録しておくことでコラボ配信がやりやすくなったりするアレっス」
「へぇ」
「それがここ最近になって急激に増えてきてるんスよ。具体的にはウチが三層に入った時くらいから。いや、実は最初からちょくちょくきてはいたんスけど、少し対処に困っちゃって」
「受け付けない設定にすればいいだろ。それくらいの機能はあるよな?」
俺が気軽にそう言うと、色蓮が言いにくそうに口を開く。
「いや、その、勿論そういう機能はありますし、ウチもそれは考えたんスけど。でも最初から拒否するのはどうかなって。そりゃウチが西園寺だとか、先輩をあてにした申請は拒否しますけど、それ以外を全て弾くのは、その、どうかと」
「そのだのどうだの、何が言いたいのか分からない。つまりお前は何がしたいんだ」
「いや、だからぁ……」
漫画みたいな動作で恥ずかしがったかと思えば、色蓮は俺の顔色を伺うようにのぞき見てきた。
「……ウチがコラボ配信とかしたら、どうします?」
「コラボか」
大したことない内容だな。身構えて損した。
「好きにすればいいだろ」
「え、マジっスか!? よかった、さすがにウチのファンだっていう同年代を無視するのは辛くて、」
「但し、俺は手伝わない」
その一言で、喜んでいた彼女の顔が急に悲しげになる。
この際だからハッキリ言っておこう。
「俺が手伝うのはお前だけだ、例外はない。例えばお前とコラボ相手、どちらも死にそうになっていたとしたら、俺はお前だけを助けるだろう。それが嫌なら遊びだけで済ませとけ」
「は、はいっ」
「なんだ、急にニヤついて」
「乙女の微笑みをニヤついては酷いっス!」
そう怒りながらも、色蓮の顔は一転して笑顔のままだった。
そして照れくさそうに頬をかき、
「いや、一愛先輩がウチをそこまで大事にしてくれてるとは思わず。ふふん、そんなにウチが大切なら、もっと丁寧に指導してくれてもいいんスよ?」
「……」
……ウゼェな。
「おい、そんなことより目立ってるぞ。人の多い所ではしゃぎ過ぎだ」
「え!? ちょ、ホントだ。まずいですって、一応ウチ有名人ですし、何回も先輩の名前呼んじゃって、」
「問題ない。俺は《存在希釈》のスキルを使ってるからな」
「は!? なんスかその隠密っぽいスキル! じゃ、じゃあ、ウチは他の人からどんな目で見られて……?」
「パントマイムだな」
「頭おかしすぎるでしょ!? 店員きてないのが奇跡!」
……冗談だ。使ったのはさっきだから。
【Tips】ギルド
探索者たちが互いの利益と安全のために結成する共同体組織。
その実態は小規模な互助会のようなものから、小国に匹敵するほどの資金力と影響力を持つ巨大な複合企業まで多岐にわたる。
ギルドに所属する探索者は装備の貸与や住居の提供、そして何よりパーティメンバーのマッチングといった様々な支援を受けることができる。
その代わり、ダンジョンで得た収益の一部をギルドに納める義務を負い、その行動はギルドの方針によってある程度制限されることになる。




