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第23話 アーチャーは弓を使うジョブだって知ってました?


 異様だった。

 他のどのモンスターとも違う。そこだけ空気が澱んでいるかのような重苦しさがある。

 緑影狼の中でもただ一匹。岩の上に鎮座し、周囲の雑音すら吸い込むように静まり返っていた。


 夜空の下、天を仰ぐその口からは声にならない咆哮が漏れている。

 周囲には他の緑影狼たちが隙間なく、まるで要塞のように守りを固めていた。


〝見るからに特別な個体〟

〝リーダーかな?〟

〝あかん色蓮ちゃんの推理理解できんかった〟

〝魔眼持ちの僕が解説すると、敵は魔力によって二層のモンスターを操ってるけど、さすがに多くて遠いモンスターには魔力を供給できないから、操る為に電波塔みたいなモンスター(中継点)を用意してるってことだよ〟

〝なんやようわからんけどこいつ倒せば終わりってことやな!〟

〝↑違う〟


「どっちにしろこいつが優先なのは変わらないっスよ!」


色蓮は雑兵には目もくれず、その個体へと狙いを定め――放った。


「《ブレイクショット》!」


 これまで森鬼すら屠ってきた、彼女の最大火力。

 しかしその一撃は、緑影狼の寸前でバチリと音を立てて弾かれた。


〝ファ⁉〟

〝なんやあいつ!〟

〝魔眼ニキ!!〟

〝魔眼持ちの僕が見るに、あいつは本体からの魔力を受け取って余剰分で防御してるね。壊されちゃ困るから守りが異常に硬くなってる〟

〝マジかよ、というかあいつで終わりじゃないのか〟

〝↑さっきそう言ってたよ〟


〝@覇星斧嶽:【虚空澄透し】。西園寺も気付いているから許すが、情報の発言には気を付けろ〟


〝@虚空澄透し:誠にごめんなさい〟

〝秒で謝ってて草〟

〝一秒でも早く謝る為に正体バレを厭わず念語で謝ってて草〟

〝皆もう正体知ってたしね、今更だね〟


「なんか楽しそうっスねそっち! 一応これウチの配信なんスけど!」


 電波塔……中継役に近ければ近いほどモンスターの動きは活性化する。レベルの上がった色蓮でも快勝とはいかない。


〝やっぱあかんわ免疫は〟

〝今回は退こう、覇星様だって責めないよ〟

〝そうだよ(便乗)〟

〝魔眼持ちの僕でもこれは撤退かな。適正階層だったらね〟

〝ほら、虚空様もそう言ってる〟


「……先輩なら、どうします?」


 コメントに押されて撤退の文字が頭を過り、不安になったので俺の意見を聞いた――ではない。

 その目は雄弁にこう語っていた。


〝@覇星斧嶽:退かない〟


 退きたくない時は、絶対に。

 少なくとも、俺はそうしてきた。


「ふふん。なら、ウチも退くわけにはいかないっスね」


 不敵な笑みを浮かべる色蓮に、コメント欄の流れが加速する。

 同接は40万人。過去最高だ。

 ユニコーン登場時に爆発的に増え、そして更に増えている。


 全員が、色蓮を見にきている。


「そういえば、ウチにはまだ試したことのないとっておきがありましたね。ここで試さずにはいられない、というやつっス!」


 色蓮の声に呼応するように、空気が震えた。

 いや、ごく微かな魔力の流れが彼女を中心に渦を巻き始めている。

 

 そして――


「《星環陣》!」


 ――――星が生まれた。


 彼女の詠唱に応え、空間そのものが静かに脈打つ。幾重にも生まれた淡い光の輪が、夜空の星の軌跡のように彼女を中心にゆっくりと巡り始めた。


〝なん……これぇ〟

〝ふーん、キレイじゃん〟

〝ユニークスキルはどれもほんま独特やなぁ〟

〝派手やねぇ、星か?〟

〝いや虚空様の魔眼と比べたら大分地味やけどな〟

〝これでどうするん?〟


「さぁ、どうするんでしょうね」


 色蓮は苦笑いを浮かべて星を見上げる。綺麗なだけのスキルに意味はない。そう言いたげだ。

 

 ……まだ慣れていないから、気付いていないだけだ。

 

 小さな粒子にしか見えないこの星の一粒一粒に、とてつもない魔力が込められていることに、その内気付く。


「――っ!」


 スキルに気を取られていたせいか、彼女の反応が一歩遅れた。

 背後への影渡りしか能が無いと無意識に侮っていたのかもしれない。そのせいか単純に上から突撃してきた個体に出遅れている。

 色蓮が咄嗟の防御反応として腕を前に出した――その時だった。


 彼女を中心に公転していた星の一つが、急速に動きを変える。


「うえぇ⁉」


 星は緑影狼の眉間に付着し――炎上。

 いや、浄化と形容した方が正しい。

 緑影狼は断末魔の悲鳴を上げる間もなく、骨一つ残さずにこの世から消えた。


〝ファ!? 〟

〝なんやその威力!? 〟

〝おいおい自動カウンターかよ〟

〝やっぱユニークやばいわww〟

〝低レベルでもユニークはユニークだった件〟

〝個人に特化した超特別なスキルって位置付けだからね、基本外れはないよね〟

〝チートやんけ草〟


 色蓮は呆気に取られたようにその光景を見つめ、首を振った。


「いえ……自動じゃない」


 ――星が動いた。


 色蓮の目の動き、無意識な指の動きに同調している。彼女が自発的に動かしているのは明白だった。


 直線軌道。

 角張った転換。


 動きが素直過ぎるのか緑影狼に回避される。


「違う……もっと……円?」


 そう呟いた瞬間、星が軌道を変えた。

 まるで円環をなぞるように、空間に星々の軌跡を描いていく。

 その軌道は無骨な直線ではなく、螺旋を描く星の運動。


 色蓮の視線が微かに動くだけで、星も滑るように進路を修正する。

 いつしか――ぎこちない動きは消えていた。


「――捉えた」


 星々が緑影狼に触れ、その体を燃え上がらせていった。


 ……使い勝手がいいな。


 まさに攻防一体。隙がない。

 強いていえば星の動きはそこまで速くないという所か。それも操作に慣れれば解決しそうではある。


 だが、きっとこのスキルの真価はそれではない。


「これなら……!」


 星環陣の感覚に馴染み始めた色蓮は、すぐさま中継役――岩上の緑影狼に意識を集中させた。

しかし個体を包む透明な障壁に触れた瞬間、あっけなく弾かれて霧散する。


「くっ、一体にかかずらってる場合じゃないのにっ」


 色蓮が苛立たしそうに焦り、星環陣を更に多く展開した。


 木隠れゴブリン。蔦蛇。鉄嘴鳥――森鬼。

 

 スキルの使用感に時間をかけ過ぎた。いずれこれらの大群が押し寄せてくる。

 このままでは、必ず押し潰される。


 ……仕方ない。


〝@覇星斧嶽:西園寺。お前はいつからファンネル使いになったんだ〟


〝草〝

〝ファンネル使いwww〟

〝覇星様冗談言ってる場合じゃないでしょw〟

〝ひょっとして40前後?〟

〝いやこれくらい誰でも知ってるでしょ〟

〝今は覇星様の素性を探ってる場合ちゃうで〟

〝アーチャーが弓を持つわけないだろ、いい加減にしろ!〟


「先輩、こんな時に冗談はっ。ウチは弓――」


 色蓮が手に持つ大弓を見下ろした。

 

「弓なら、“射る”べき……」


 彼女が大弓に矢を番え、岩上の緑影狼に狙いを定める。

 

 ――星が展開された。


 緑影狼に向かって一直線に伸びていく。

 光の道。何者にも阻むことはできない必中の一矢。


 そして――


「――死ね」


 星屑が描いた光の道筋に、吸い寄せられるように飛翔する。

 星々を通る度に膨大な魔力が矢に流れ込み、その一射はもはや光そのものへと変貌していた。

 

 躊躇いなく障壁へと突き立てられ――音が消えた。


 水面に投げ入れられた小石のように、僅かに波紋を浮かべてあっさりと沈み、穿つ。


 岩上には、もう何も残っていない。


〝おおおおおお!!〟

〝とんでもねぇ威力ww〟

〝これレベル35で出していい威力じゃねぇなww〟

〝すっげwwマジで免疫機能突破しちゃう?〟

〝それしたらほんまに世界初かもな〟

〝星環陣とかいう紛うことなきチート〟


 ……代償は大きそうだけどな。


 消費МPが並ではないのか、色蓮が辛そうに膝を地面についた。

 マジックバッグからマジックポーションを取り出し、一息に呷る。


「次、行きましょう」


  

【Tips】覇星斧嶽はせいふがく


 世界探索者ランキングにおいて、公表開始から一度もその座を譲ることなく、一位に君臨し続ける正体不明の探索者が持つ「真名」。

 その文字から、「星を喰らい、山をも砕く、巨大な戦斧の使い手」であると推測する者が多いが、その姿を見た者はこれまで誰一人としていなかった。

 彼の正体については、「どこかの国家が秘密裏に育成した最終兵器」「ダンジョンが生み出した、人間ではない何か」「既に死亡しており、ランキングの表示だけが残っているバグ」など、様々な憶測が飛び交い、ネット上では一種の都市伝説として語られていた。

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