第21話 今は退く
ユニコーンの背に乗った色蓮が二層を縦横無尽に駆けていく。
最早ユニコーンに乗っているのかユニコーンに乗せられているのか分からないほどに、その速度は常軌を逸していた。
〝はやいはやいはやいww〟
〝ユニコーン君速すぎでは?〟
〝まるでト○ロのあのシーンみたいで草〟
〝かんたぁあああ!〟
〝なんでや! かんた関係ないやろ!〟
「おお、キャップは速いっスねぇ」
ヨシヨシとユニコーンの背を撫でる色蓮。
それだけでユニコーン気持ち悪く嘶き、更に速度が速くなった。
一層の三倍は広い二層がこれでは形無しだ。
〝てか色蓮ちゃん普通に乗ってるのすごくね?〟
〝計算してみた。配信を60fpsでコマ送り解析してみたんだが、二層のあの辺の樹木の間隔を、まぁ大体25mくらいだと仮定する。その樹木の間をユニコーンは平均11フレームで駆け抜けてる〟
〝草〟
〝よくわからんけど草〟
〝つまり?〟
〝つまり移動にかかった時間は11÷60 =約0.183秒。秒速にすると25m÷0.183秒=約136.6m/s。時速に換算すると約492km/hになる〟
〝リニアモーターカーかな?〟
〝そんなん肌に草の端切れや小石当たっただけで致命傷やんけ〟
〝平然としてる色蓮ちゃん化け物で草〟
〝@覇星斧嶽:ユニコーンに守られてるだけだ〟
〝サンキュー覇星様!〟
〝納得しかない〟
〝処女限定の乗り物強すぎん?〟
〝でもこのユニコーン、面食いです〟
「というかこれ、どこ向かってるんスかね?」
……明確に三層への転移石に向かっている。
しかも色蓮の障害になりそうな敵や罠は回避しているおまけ付きだ。正直ダンジョンのモンスターがここまで個人に肩入れする所を俺は初めて見た。
……モンスターも自我を持って生きているから、あり得なくはないが。
つくづく、予想外だ。
「キャップ! ウチ、レベルを上げたいんスけど!」
色蓮がユニコーンの背をタップしてそう訴える。
すると意思が通じたように「ブヒン!」と鳴き、急制動をかけて方向転換した。
そうして向かった先には――森鬼。
三メートルを超える巨人が、急に目の前に現れる。
〝!!?!?〟
〝トリックアートかよw〟
〝というか森鬼!? 〟
〝色蓮ちゃんじゃまだ厳しくない!? 〟
「いやいやほんとに森鬼はきついですって!」
背を強めに叩いて逃走を促す色蓮に、ユニコーンは軽く鼻を鳴らしただけで動こうとしない。
この程度は問題ないとばかりに、知性を思わせる瞳で森鬼と対峙していた。
その隙を森鬼が見逃してくれるはずもなく――大振り。
電柱のように太いこん棒を大上段に構え、ユニコーン目掛けて振り下ろした。
「キャッ――え?」
見えない壁に阻まれるかのように、森鬼のこん棒が空中で止まる。
こん棒を押し込もうと膂力を込める森鬼だが、ついには弾き返されて背中から倒れた。
ユニコーンと色蓮は、当然無傷だ。
「なんだか分からないっスけど……チャンス!」
色蓮はマジックバッグにショートボウを放り込み、代わりにゴブリンヘッドを殺した大弓を取り出した。
迷幻樹海では鉄嘴鳥を始めとした多くのモンスターを殺した。
そのおかげでいくらかレベルが上がった色蓮は、連射はできないにしろ大弓くらいは普通に引けるようになっている。
怒り心頭で立ち上がり、地響きのような低いうなり声をあげる森鬼目掛け――
「《ブレイクショット》!」
心臓を狙った一撃は、森鬼の胸に見事な風穴を開けた。
〝やべぇええええ!!!〟
〝すげえええええ!!〟
〝今レベルいくつよ⁉〟
〝適正レベル40の森鬼を単身撃破とはやりますねぇ!〟
〝ブレイクショットの威力やばすぎやろww〟
〝それ森鬼を一撃で殺せるほどぶっ壊れたスキルじゃないんだけど……〟
〝大弓+スキルでも威力おかしいやろ〟
「わ、わかんないっス……ウチもなんだかいつも以上に力が出て……」
色蓮が困惑した様子で自身の体を見下ろしている。別におかしなところは何もない。
あるとすれば、一つだけだ。
〝@覇星斧嶽:ユニコーンの加護だ。詳細は知らないがそれしかない〟
〝草wwww〟
〝加護まで与えてるんかこの馬ww〟
〝どんだけ色蓮ちゃん気に入ってんだよww〟
〝後方彼氏馬面〟
〝むしろ前方やろ〟
〝森鬼の攻撃止めただけでもやり過ぎなのに何してんねんww〟
「おお、キャップはすごいんスねぇ」
ユニコーンが催促するように背中を丸める。
色蓮が褒めるようにその背を撫で回すと、ご満悦な表情で「ブルン」と鳴いた。
〝うぜぇww〟
〝キモいのはもうええけど催促すんのはうぜぇわww〟
〝ま、まぁ見返りがナデナデだけなら安いもんよ〟
〝色蓮ちゃんウザキャラのお株奪われてるよ?〟
「何言ってんスか、キャップは素直でかわいいっスよ。あとウチはウザキャラじゃないっス」
……いや、少なくともユニコーンはかわいくない。
「もっともっといくっスよ、キャップ! 二層のモンスターを狩り尽くしましょう!」
分かりやすく調子に乗った色蓮が勢い付き、ユニコーンも応えるように嘶いた。
あまり派手なことはしない方がいいが、それも選択だ。
そうして、色蓮は二層のモンスターを相手に大暴れした。
木隠れゴブリン223匹。
蔦蛇157匹。
緑影狼129匹。
森羅樹2体。
森鬼――36体。
まだ昼にもならないわずか数時間の間に、これだけの戦果を上げていた。
〝や ば い〟
〝2層のモンスターがまるでゴミのようだ〟
〝ひでぇ無双を見させられてる〟
〝今レベルいくつだ?〟
〝間違いなく30は越えてるやろ。もしかして最速なんじゃないか?〟
〝海外勢含めても上位いく速さやろな〟
〝色蓮ちゃんステータス確認してる?〟
「あ、忘れてました!」
もはや狩りと呼べる行為に夢中になっていたのか、色蓮が思い出したようにステータスを確認する。
少しの後、喜びを爆発させてユニコーンの首に抱きついた。
「すごいすごい、すごいっス! ウチ、レベル35まで上がってました!」
〝ファ!?!?!?〟
〝wwwww〟
〝もう初心者とは呼べないレベルで草〟
〝ここまで速いと嫉妬も起きんわww〟
〝ユニコーンチート過ぎ〟
〝これズルじゃない?〟
〝@覇星斧嶽:……ズルくは、ない〟
〝歯切れ悪くて草〟
〝念語で間が空くの相当やぞww〟
〝しゃーない、覇星様だって一応人や〟
実際、本当にズルではないはずだ。
そもそもダンジョンはズルができないし、もしできたとしてもレベルが上がることはないだろう。それか上がってもステータスが悲惨なことになる。アレはそういうものだ。
色蓮にその様子は見られないから、許されているのは間違いない。
しかし……やり過ぎだ。
「キャップ、キャップ! あーもう、一体どうやってお礼したらいいんスか!」
色蓮が過剰なくらいユニコーンにスキンシップをはかる度に、気持ち悪いくらい馬面を歪ませている。しかも鼻息が荒くなってきた。
……こいつ、まさか馬の癖に……?
〝きんんんも!!〟
〝過去一キモい〟
〝笑えんキモさになってて草〟
〝お礼はそれで十分だぞマジで〟
〝それ以上は色蓮ちゃんが危ない〟
〝覇星様あいつ○した方がよくない?〟
「な、駄目っスよ! いくら先輩でもキャップは殺させないっス! ウチの愛馬っスよ!」
何が愛馬だ。さっき会ったばかりだろ。
守るようにユニコーンの首に抱きつく色蓮を見て、俺は溜息を吐いた。
あまり気は進まないが、仕方ない。
「――スキル! ウチ、スキル覚えたんスよ! まずはそれを確認しましょう!」
黙ったままの俺に何かを感じたのか、色蓮が話題を逸らすようにそう叫んだ。焦ったようにステータス画面をスクロールしている。
……まぁ、後でいいか。
「えっと、パッシブスキルは《鷹の目》、《高速装填》に……《騎乗》? キャップに乗っただけで手綱もないっスけど、いいんスかね?」
〝確かに操ってないのに騎乗はおかしいな〟
〝それ騎乗できる動物を意のままに動かすのが条件だから合ってるよ〟
〝有識者ニキサンクス〟
〝ユニコーンを意のままに動かせるほど好かれるって、改めて聞くととんでもないな〟
〝アクティブスキルは?〟
「アクティブスキルは2つ覚えてますね。《アローレイン》に、《ホーミングアロー》っス」
〝まぁたティア1だよ〟
〝ホーミングアローは若干格落ちか?〟
〝いや、最近評価上がったよ。一度に数本射っても追尾効果そのままなのが判明したから〟
〝壊れで草〟
〝どっちにしろ多対一が楽になりそうで良かったわ〟
〝初期に覚えてたら2層の攻略がもっと楽になったんだけどね〟
〝@覇星斧嶽:それは違う。多対一の機会が多かったから覚えたんだ〟
〝はい、新情報いただきました〟
〝気軽にポンと出してきて草〟
〝つまりパッシブスキルだけじゃなくて、アクティブスキルもダンジョンでの行動に影響してるってこと?〟
〝ぶっちゃけみんな薄々察してたけど、覇星様に確定情報として言われるとくるものがあるな……〟
〝雑魚スキルしか覚えないワイ、泣く〟
……初期スキル程度、後からどうとでもなるけどな。
「ふむふむ、この2つも後で実戦して試しましょうか。あとは特筆して――⁉ き、消えてます! 星環陣の使用条件未達の文字が、綺麗に!」
〝マ!?!?〟
〝おー!!〟
〝ということは使えるってことか〟
〝おめ!〟
〝これで色蓮ちゃんもユニーク使いか〟
〝低レベルからは珍しい。いないとは言わんけど少ない〟
〝何がトリガーだったんやろな〟
〝@覇星斧嶽:ほぼ間違いなく迷幻樹海を突破してすぐだ〟
〝www〟
〝色蓮ちゃんなんで今更驚いてんの?〟
〝(確認したのさっきだから)〟
〝ズボラ過ぎやろww〟
〝普通こういうの気になるんじゃないのかなぁ!〟
〝ステータス(色々な意味で)は気にしない余裕を持った御方なのよきっと〟
「い、良いじゃないっスか別に! そんな頻繁に見るものでもないでしょう⁉」
色蓮は気を取り直すにコホンと咳払いをする。
「とにかく! ついに、ウチだけのスキルが使えるようになったんスねっ」
色蓮は感慨深く頷いているが、俺は首を傾げざるを得ない。
〝@覇星斧嶽:ついにというが、昨日のことだぞ〟
〝草〟
〝覇星様にツッコまれてて草〟
〝うわ、マジで昨日のことじゃん〟
〝成長早すぎて引けてきた〟
〝ぶっちゃけユニークスキルの存在忘れてたでしょ〟
〝正直に言うてみ、おじさん怒らないから〟
〝素直な色蓮ちゃんがおじさん好きよ〟
「……まぁ、はい。忘れてました」
……一体なんの茶番だこれは。
――――――。
最初に気付いたのは、映像越しでも勿論俺だ。
すぐさま二層に転移し懸念を確信に変える。
次に気付いのはユニコーンだった。
この馬は俺の転移を感知し、俺の気配を探って勝手に怯え出した。しかし俺に敵意が無いことを悟るとすぐに別の異変を察知し――天高く嘶く。
残念だが、少し遅い。
「どうしたんスか、キャ――!?」
――空から太陽が落ちてきた。
2層の薄暗い森を全て白で塗り潰すほどの、圧倒的な熱量と光量。
遥か彼方、肉眼では見えないほど遠方から放たれた魔法が、滝のように降り注いでくる。
「――ブヒヒィン!」
ユニコーンが嘶きと共に魔力を集め、虹色の光がドーム状に展開される。
これまでの狩りで見せていたものとは全くの別物。まさに防御結界と呼ぶに相応しい代物だが――何度も言うが少し遅い。
「――キャップ!?」
結界はびくともしない。未完成にも関わらず凄まじい堅牢さと言える。
だが不定形なものを不定形なまま維持するのは……不可能だ。
ユニコーンは全身から脂汗を流し、色蓮を背中から振り落とした。
いや、違う。
まるで鞠を蹴るように、その首の動きだけで色蓮の体を優しく、しかし凄まじい速度で攻撃範囲の外へと弾き飛ばした。
「きゃ、っぷ……?」
為すすべもなく飛ばされた色蓮を見届けた後――ついに結界が消失する。
ユニコーンの巨体に爆撃が如き波状攻撃が降り注いだ。
〝キャップぅぅ!!!〟
〝ユニコーン先輩!!〟
〝なんやこれマジで!? 何が起きてんねん!〟
〝これもう無理やろ〟
永遠とも思えるほど長い波状攻撃の後、ユニコーンは静かにその場に立っていた。
全くの無傷であり、血の一滴も流れていない。
だがその純白の体は陽炎のように足元から透き通り始め、光の粒子となって静かに霧散していく。
最後に色蓮を見つめるその瞳には、確かに優しい光が宿っていた。
〝は????〟
〝え、え? ○んだ?〟
〝なんで????〟
〝いや、無傷だったことにも驚いたけど、なんで??〟
〝なんで消えたの? マジでどういうこと??〟
〝あかん、全然分からん〟
〝@星斧嶽:あのユニコーンは分体だ。本体は別にいる〟
〝はい??〟
〝どういうことよ覇星様〟
〝魔眼持ちの僕が分かりやすく説明すると、アレは某忍者の影分身みたいなものだよ〟
〝アイエー!? ニンジャナンデ!? 〟
〝はぁん、分身体だから攻撃くらっただけで消えたのね、把握〟
〝魔眼ニキ昨日振り〟
〝サンキュー世界93位!〟
「本体は、別にいる……?」
色蓮が呆然とした様子で呟き、マジックバッグからユニコーンの角を取り出した。
青白く光り輝く角は、色褪せることを知らない。
「……いえ、キャップは確かにここに居ました」
……まぁ実物は実物だ。そこは間違いない。
色蓮はいやに冷静に、無表情のまま口を開く。
「先輩。これはなんですか」
〝@覇星斧嶽:お前はやり過ぎた。ダンジョンがお前を異物認定したんだよ〟
俺の言葉に、コメント欄が異様な盛り上がりを見せた。
〝異物認定!?!? 〟
〝知っているのか!? 〟
〝知らん! どういうことだってばよ!〟
〝高レベル探索者が低階層で暴れると、全力で殺しに掛かってくるあれ?〟
〝ダンジョンの免疫機能のこと?〟
〝ファ!? あれ高レベル限定ちゃうの!? 〟
〝二層の免疫とか初出過ぎて検討つかんぞ〟
〝魔眼持ちの僕が彼女のアーカイブを見て知ったけど、初回配信の森鬼も免疫機能が働いた結果だよ。似たようなことが起きる。詳細は知らないけど〟
〝マジかよ⁉〟
〝てか魔眼ニキ配信見ただけでイレギュラーの正体わかっちゃうのか〟
〝覇星様なら今回何が起こるのか分かるのか?〟
……知らん。
ダンジョンの免疫機能にはいくつか段階があり、これはその階層で片を付ける一番低い段だと思われるが……正直何が起きるのか分からない。
だが、なんにしろ俺の役割は決まっている。
〝@覇星斧嶽:選べ。進むか、退くか〟
選択権は全て色蓮が持っている。
俺はその選択を手伝うだけだ。
「…………」
相変わらず無表情のまま彼女は長考する。
コメント欄はさっさと逃げた方がいいとうるさいが、それも見ているのか分からないほど顔色一つ変えていない。
やがて、深く息を吐いた。
「キャップは、私のせいで死んだんですよね」
〝@覇星斧嶽:そうだ〟
「敵は私に気づいていますか」
〝@覇星斧嶽:気づいている。直に第二射がくる〟
「そうですか」と、色蓮が淡々と呟いた。
そして、力強い目で、画面越しにも関わらず確かに俺を見据えた。
「では――今は退きます」
【Tips】ダンジョンの免疫機能
ダンジョンが自らの秩序や安定を脅かす「異物」を自動的に認識し、排除しようとする自己防衛システムのこと。
その存在は一部のトップランカーたちの間でのみ、経験則として知られている。
この機能が発動する条件は、「探索者による、特定の階層での度を越したモンスターの乱獲」「ダンジョンの物理構造を破壊しかねない、大規模な攻撃」など、多岐にわたると推測されている。
一度「異物」として認定された対象に対し、ダンジョンは階層そのものを変質させてでも、その対象を完全に排除しようと動き出す。




