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第2話 チュートリアルは負けイベント


「えっと、てすてす? こ、これでいいんスかね……?」


 新宿ダンジョン第一層――『原初の野』。

 探索者であれば誰もが必ず通る階層で、一人の少女が緊張の眼差しで虚空を見つめていた。

 

「うーん、ちゃんと映ってます? 反応が一向にないんスけど……」


 カメラに向かって手を振るような動き――だが、その先にあるべき機材の姿はどこにもなかった。

 地上でやれば奇異に映る行動も、ダンジョンの中では特別おかしな行為ではない。

 なぜなら、少女の視界端に現れたUIには、ピコンと新着コメントが表示されたからだ。


〝映ってるよw〟

〝ス!〟

〝かわいい〟

〝かわいすぎてサムネ一本釣り〟

〝どこのダンジョンから? 初心者?〟


「わ、こ、コメント……! う、ウチ、西園寺色蓮(いろは)、レベルは10っス! さっき急にダンジョンから配信が許可されたんでやってみました! よろしくお願いします!」


 ――ダンジョン配信。


 現代にダンジョンが現れてから丸二年。世間の常識は一変した。


 ダンジョンから産出される新たなエネルギー媒体及び人知の及ばぬアイテムの数々に、ダンジョンから出ても継続される探索者の常軌を逸した身体能力、異能という武力。


 いまや探索者――つまりダンジョンに潜りレベルという概念を得た者は数こそ少ないが日常に溶け込み、警備や医療、輸送といったあらゆる現場でその異能が〝新たな労働力〟として受け入れられ始めている。


 だがその一方で、戦う姿そのものが娯楽や資産価値として注目を集めるようにもなった。


 ダンジョン内の映像はかつては一部が流出するのみだったが、ある時期から〝ダンジョン自身が〟特定の探索者に対してのみ配信を許可するような現象が確認された。


 原理は未解明だが、許可を受けた者の視界はリアルタイムでネットワークに接続され、戦闘・会話・行動すべてが映像化される。それらをライブ配信するのが今の主流だった。

 

 ダンジョンに潜り始めた初心者探索者――西園寺色蓮もその一人だ。


〝うーんかわいい〟

〝顔が強過ぎる、推せる〟

〝後輩口調は癖に刺さるっス!〟

〝レベル10で許可は早いな〟


「え、え、初配信なのにコメント多くないスか……? て、同接108人!? な、なんで、一階層スよ!?」


〝最近は低レベル探索者が逆に少ないのよ〟

〝初心者の初配信からしか摂取できない栄養がある〟

〝かわいいから(直球)〟

〝そら(美少女が初配信してれば)そうよ〟


「……ま、まぁ、ウチが可愛いのは事実っスからね! そういうことなら仕方ないっスね!」


〝…………〟

〝うーん〟

〝なんか(自分から言うのは)違うんだよなぁ〟

〝はいはいかわいい(棒)〟

〝止めろ! 配信を盛り上げようと恥ずかしいのを我慢して乗ってくれてるんだぞ! いくらギャグが空回りする美少女からしか摂取できない栄養があるといってもやり過ぎ注意な!〟

〝最終的に肯定してて草〟


「っ」


 色蓮が顔を赤くして羞恥に悶える。

 探索者としてレベルが上がるというのは、人間として成熟するとイコールではなかった。


〝しかしいい装備だな〟

〝ほんとにレベル10?〟

〝それ受注生産品の時価装備じゃん〟

〝あー人工魔道具のやつか〟

〝お嬢様かな〟


「あ、えっと……そうっス。ダンジョンに潜るなら、最低でも装備を整えろと、パパが」


〝パパ!〟

〝ワイのこと?〟

〝パパ(意味深)〟

〝マジでどっちのパパだ〟

〝最近の子はどっちもありえるから恐ろしいわ〟


「え、どっち……? パパは普通一人っスよね?」


〝ぬほほwww変な笑いでたwww〟

〝これはパパ(パパ)〟

〝純粋培養やなぁ〟

〝大丈夫? 配信しない方がよくない?〟


「よくわからないっスけど、配信できるならするって決めてるんで。だってそっちの方が面白いじゃないっスか!」


 実際、探索者でダンジョン配信をしない層は一部に限られている。

 これは何も面白いから、収益になるから、という理由だけにとどまらず、単純に安全対策として非常に有用だからだ。

 ダンジョン内の異常の早期発見、危険域に達した際の迅速な救援要請から、真偽はともかく配信コメントで投げられる階層の攻略情報まで。

 その効果は人死が映る可能性が高い、著しく倫理性が欠如した配信を政府が推進しているといえば分かりやすいだろうか。


 配信をしていない層など、今となっては一握りの変わり者と――初期組と呼ばれる高レベル探索者だけだ。


「なので、ウチもバンバン配信していくっス! いつかは世界ランクで100位以内に載るので、その時は古参面していいっスよ!」


〝なんか調子にのりはじめたぞ〟

〝気長に期待しとるわ〟

〝今100位のレベルいくつ?〟

〝分かってるだけで400〟

〝頑張れ(笑)〟


「い、いいじゃないスか、目標なんスから」


〝でもマジで頑張って〟

〝日本はダンジョン後進国やから期待するわ〟

〝一人でも100位以内が増えてほしいのは事実〟

〝ダンジョン後進国(世界一位は日本人)〟

〝あれ海外でも表記バグ扱いされてるぞ〟

〝一度も表舞台にでたことないからね……〟

〝仮に一位が日本人だとしても、20位以内の日本人はその人だけやし〟

〝おう古参面させてみろや〟

〝応援〟

〝はよ応援スパチャさせてみろ〟


 他にも色蓮に期待するコメントがいくつか見られた。いつの間にか同時接続者数は200人を突破している。

 初配信にしては快挙といって良い数字よりも、色蓮はその温かいコメントに胸を膨らませた。


「では、さっそく一層を攻略していくっス! ここから始まるっスよ、ウチの伝説が!」


 レベル100が装備するような人工魔道具製の片手剣を掲げ、色蓮が意気揚々とひたすらに広い草原を歩き出した。

 第一層には『ゴブリン』しか出現しない上に、攻略情報も確立されている。

 ダンジョンが出現した初期はそれでも潜った数の九割近くが死亡したが、今では逆に一割ほどしか死亡しない。その一割も碌な準備をしていない馬鹿ばかりだ。

 故に一層はきちんと準備をすれば安全、とは言い難いが、比較的安全と言ってもいいだろう。


 そんな一層で、色蓮は…………。


 ――三つの死体と遭遇した。


「…………え?」


 草原に倒れる三つの人影。

 仰向け、うつ伏せ、男、女、軽装、重装と分かれるが、一つだけ共通した事項があった。


 ……原型をとどめないほどに、体を粉砕されている。


「――――!?」


 色蓮が声の出ない叫び声を上げ、急いで死体に駆け寄った。

 慌て、震えた手つきでマジックバッグから一目で高級と分かる赤い液体――ポーションを取り出すと、状態の確認もせずに中身を注いだ。


 ポーションは死体の血を洗い流した。少しだけ。

 ただそれだけで、死体が生き返るようなことはない。


「な、なんで……」


 なんでポーションが効かないのか。

 なんで体がぐちゃぐちゃなのか。

 なんで一層で、死んでいるのか。


 答えは、視界の端に映るコメント欄にのっていた。


〝後ろ!!!!〟

〝後ろ後ろ後ろ!!!〟

〝逃げろ逃げろマジで逃げろ!!〟

〝おいおいおいおいおい!!〟


「……へ?」


 ――巨大な棍棒による衝撃が、色蓮の腹部を不意打ちで襲った。


 体重五十キロ近い人間は、余程のことがなければ真横に飛ばない。車に跳ねられようとも必ず放物線を描いて、いずれ地面へと落ちていく。

 だが、今の色蓮は疑いようもなく、蹴られたサッカーボールのように地面と平行して飛んでいた。

 

 長い滞空時間のあと、遮蔽物のない草原を転がるようにして止まる。


 生理反応か、意識があるのか。

 色蓮の指先が少しだけ動いた。


〝森鬼!?!?〟

〝なんで一層にいんだよ!!〟

〝イレギュラー!?〟

〝おいおいおいおい誰か助けにいけ!!〟

〝このコメントは削除されました〟

〝まだ生きてる!! まだ間に合うから!!〟


 全長三メートル近い大鬼。本来ならば二層にしか現れない森鬼(フォレストオーガ)が、一層に出現している。

 明らかな異常事態であり、イレギュラー。

 誰も状況を把握しているはずがなく、憶測が入り混じり、コメント欄はパニックに陥っていた。


 この状況で唯一確かなのは――森鬼(フォレストオーガ)が、色蓮に止めを刺すためにゆっくりと歩を進める、その足音だけだった。


「……しね、……い」


 蚊の鳴くような声で色蓮が呟く。いや、声にすらなっていなかった。

 意識はある。少しだけ。

 だが体がどうしても動かない。

 高級な装備で辛うじて耐えただけで、体が全く追いついていなかった。


 燃え尽きる寸前の残り火のような意識で、色蓮は自らの血で赤く染まる光景を見つめていた。


 巨大な棍棒を大きく振り被る鬼……。

 それが、色蓮が最後に見た光景だった。



 ――――静寂が戻る。


 

 少女の体を粉砕する音も、獣染みた呼吸も聞こえない。

 それどころか、森鬼(フォレストオーガ)の姿が幻のように消え去っていた。 


 そして――その中心に一人の少年が立っていた。


 黒髪、背中には信じられないほど巨大な斧。

 血の気配も殺気もない。その場に残されたのは、すべてが終わったという静けさだけだった。


 他には、何ひとつ残っていなかった。


 少年は少女に視線を落とす。


 感情を感じさせない動きで、ゆっくりと腰を落とした。


「……こいつか」


 独り言ともつかない言葉。

 表情は見えず、声音も平坦だった。


 そして――ポーチから淡い銀色の瓶を取り出し、無言で彼女に中身を注ぐ。


 瞬間、ポーションが血を洗い流し、薄く傷を閉ざしていく。

 応急処置。だが最低限、生き延びるだけの効果はある。


 瓶を投げ捨て、少年は一歩だけ色蓮から離れる。


 手のひらに淡い蒼光を凝縮させ、足元にぽたりと落とした。


 ――帰還用のクリスタル。


 使えば最寄りの安全領域まで転送される。


 本来ならレベル300以上の上位探索者ですら希少として所持している代物を、少年は無造作に落とした。


 次の瞬間――少年の姿は消えた。


 視界から、音から、存在そのものから。


 彼がいた跡には、ただ沈黙と、まだ目を覚まさない色蓮と、淡く揺れる蒼い光が残されていた。





 一部始終は配信されていた。


 あらゆる考察、あらゆる熱狂、あらゆる再生回数が、

 その“一言”と“背中”に集中した。


 山のように大きな、信じられないほど巨大な戦斧。

 そのような武器を持つ高レベル探索者、まして日本人など存在しない。


 だが、分かる範囲だけでも少年の取った行動は高レベル探索者のそれであり、まして『転移』を使ったことからも上澄みであるのは間違いなかった。


 であるならば、もう一人しかいなかった。

 誰も姿すら見たことがない、一人しかありえなかった。


 世界探索者ランク一位――真名『覇星斧嶽』


 彼がこの世界にいるという事実だけが、世界を震わせていた。




【Tips】ダンジョン配信


 特定の探索者に対してのみ、ダンジョン自身が許可を与えることで可能となる、謎の現象。

 許可を受けた者の五感は、ダンジョン内の未知のシステムを介してリアルタイムでネットワークに接続され、その行動の全てが映像化される。

 当初は一部の好事家が楽しむ娯楽に過ぎなかったが、ダンジョン内部の貴重な情報共有や、探索者の安否確認に極めて有用であることが判明。現在ではその倫理的な問題を孕みつつも、政府が公式に推奨する、探索者の重要な活動の一つとなっている。




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