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第18話 こうしてこうして、こう!


 三回目だ。


 蔦蛇を殺し、緑影狼を殺し、鉄嘴鳥の群れを殺し、元に戻る。


 色蓮はあれから、同じ工程を三回繰り返していた。


「……っ、……ぅ」


 百八羽目の鉄嘴鳥を殺し、色蓮はふらつきながら木にもたれかかる。

 目立った傷跡は無いが、全体的に消耗が激しい。


 ……体力の限界、いや、違うな。


 発汗の仕方と呼吸の乱れ方がおかしい。おまけに眼球の焦点が微妙に合っていない。

 色蓮が罠に掛かってからそろそろ四時間になる。

 どうやら彼女は、特別そういうのに耐性がある方では無かったらしい。残念だ。 


〝色蓮ちゃん頑張れ!〟

〝こんなとこで終わる器じゃないだろ!〟

〝高レベルになるんだろ、まだ応援スパチャもできてないんだぞ〟

〝あかんわ見てらんない〟

〝まだコメント見れる?〟

〝意識あるなら返事して〟


「……あります、よ。ちょっと、クラクラしてる、だけっス……」


〝良かったわ、ならまだ平気か〟

〝このコメントは削除されました〟

〝このコメントは削除されました〟

〝おい誰だ不謹慎野郎、帰れ〟

〝人間性を疑うわ、同じ人とは思えんわ〟

〝ワイや、でもちゃうわ、ワイは削除されるようなコメント書いてへんよ、ただ迷幻樹海を突破する攻略情報投げただけや〟

〝…………は?〟

〝このコメントは削除されました〟

〝おいマジだ、どうなってんだ〟


〝@覇星斧嶽:余計なことはするな〟


 ダンジョンに申請し、正しい情報を片っ端から弾いていく。

 一層は良い。道中も良い。

 だが色蓮自身の成長の妨げになるものは許さない。


 これは、そういう機会だ。


〝覇星様……〟

〝いや、ちょっと、マジで〟

〝さすがに洒落にならんて〟

〝鬼畜とかいうレベルじゃない〟

〝なんでそんなことするん……〟


 なんで、だと?


〝@覇星斧嶽:どんな状況でも適応できないやつに、先は無い〟


 なぜダンジョンに挑む人数に対し、高レベルになれる奴が圧倒的に少ないのか。

 その理由の一つは、攻略情報を見て楽をするからだ。

 こういったことの積み重ねが、一つ一つが大事なのに、それらを全てスキップしているからだ。

 自分で考え続けられないやつが、上にいけるはずがない。


「……せんぱいの、いってることは、当然ス……」


 色蓮が薄っすらと微笑みを浮かべる。

 

「それに、ウチは……そんなに弱くないので……っ」


 そう言った色蓮が、突然その場に蹲った。

 四つん這いになり、地面に食い込むほど両手の指に力を込める。

 そして背中の矢筒から矢を一本取り出し――手の甲に刺した。


「――っ」


 ——幻覚による自傷行為が始まった。


〝あかんマジでやばい〟

〝いうてほんまに危なくなったら覇星様が助けるでしょ〟

〝それな〟

〝だから安心して見れるんだけどな〟

〝覇星様がよく使うスキル、転移系のやつなんだけどさ〟

〝!!??〟

〝おい野生の高レベルニキが混じってるぞ〟

〝だけど、なんだ。いやなんでしょうか〟

〝おせーて高レベルニキ!〟

〝転移系のスキルはダンジョンのルールに対して無力だよ〟

〝…………は?〟


〝@覇星斧嶽:知らなかったのか? 事ここに至れば、普通の転移では無理だ〟


 だから最初に言っただろ?

 進むか退くか、選べと。


〝ざっけんなよお前〟

〝○殺しやろこれ〟

〝このコメントは削除されました〟

〝世界一位なら何してもいいのかよ〟

〝このコメントは削除されました〟

〝このコメントは削除されました〟

〝せめて情報だけでもいいでしょ!?〟


 皮肉なことに同接数がぐんぐんと伸びていた。

 元々20万以上あったのが、いまや40万人にまで達しようとしている。

 色蓮の死に目を見にきた野次馬根性なのか、それとも応援しにきたのかはわからない。

 ただ俺に対する暴言はあっても、眉を顰めるようなコメントは殆ど無かった。


 ……捨てたもんじゃないな。


「————マ、マ……っ」 


 言葉にならない声を上げ、色蓮が呻く。

 それだけに飽き足らず、頭を強く地面に打ち付けた。


 ……もう駄目か。



「【絶対強制——」



 ————待て。


 俺が彼女を強引に転移させようとした瞬間、それは起きた。

 俺の目には確かに見えている流れ——魔力の動きを、色蓮が虚ろな目をしながらも確かに目で追っている。

 そして緩慢とも思える動作で立ち上がり、幻影を求めるように歩き始めた。


〝もうやばいよこれぇ〟

〝誰か今すぐ二層に行け、高レベルいっぱい見てるんだろ〟

〝無理。もう領域が隔絶されてる〟

〝配信上は弾かれるから電話で直接通報したわ〟

〝だから無理だって〟

〝だからって見殺しにはできねーよ!〟

〝いや、その必要はもうないかも、いやでも〟

〝え、なに、どっち!?〟


「探索者の、感覚……」


 独り言。されど独り言。

 その声音には明瞭さの欠片もないが、しかし意味のある言葉を彼女は言った。

 そしてふらついていた足は、確かに地面を踏みしめる。

 

「……そう、か。これが、探索者の」


〝うわすごい、魔眼持ちの僕でもこれは驚いたな〟

〝魔眼ニキ!?〟

〝いや魔眼ニキって、魔眼持ち日本に一人しかいないけど〟

〝そんなんどうでもええわ、色蓮ちゃん大丈夫なんか!〟

〝魔眼持ちの僕が断言する。大丈夫だよ〟

〝うぉおおおおお!?!?〟

〝ええええええ!?!?〟


 ……あいつも見てるのか。暇な奴だ。


 しかし、どうやら上手くいったらしい。


 探索者の感覚は、第六感。


 それは常人では決して感知できない、魔力の流れを読み取る力。

 迷幻樹海という領域は、この六感に働きかけて幻を映している。


 だからこそ、探索者としての感覚を掴むことが大事だった。


 視覚を持たない人にどんな鮮やかな幻影を見せようとしても、その人は決して騙されることはない。

 だからこそ、六感を切り離せる程度には、目を閉じることができる程度には、感覚を掴む必要があった。

 それさえできれば、この罠は欠片も怖くない。


 ギリギリの極限状態は、時に人を急成長させることがある。 


 ……俺が先に諦めるとは、自省しよう。


「いる」


 色蓮はもはや、目の前の景色には何の意味も見出していない。

 木々の緑も、土の色も、湿った空気も、すべては背景に溶けている。ただ魔力を感知することだけに意識を尖らせている。


 やがて色蓮は、一本の巨木の前で立ち止まった。

 はたから見たら、何の変哲もない森の一部にしか見えない。

 だが色蓮は静かに矢を番え、弓を引き絞る。


 その手はもう、幻覚で震えてはいない。

 どこに的があるかも分からぬまま、だが色蓮は“そこ”を狙っていた。

 極限まで澄んだ瞳が、巨大な樹の幹の中心——ほんの僅かに魔力が淀んだ“核”を捉えた。


「……《ブレイクショット》」


 小さく、しかし凛とした声が森に溶ける。

 放たれた一矢は、迷いなく真っ直ぐに、巨木——否、《森羅樹》の中心を貫いた。

 次の瞬間、静寂が砕けた。


 根が、幹が、巨大な何かが軋む音を立ててうねる。

 空気が震え、木の皮が割れ、見上げるほどの巨体が鈍く呻いた。

 色蓮はそれを恐れるでもなく、ただもう一本矢を番える。


「《ブレイクショット》」


 森羅樹がゆっくりとその巨体を揺らした。


 ただ静かに、だが確かに。


 やがて、森羅樹のうねりが止まり——


 森そのものの空気が、ふっと軽くなった。


 ……幻は——消えた。


〝おおおおおお!!!〟

〝やったああああああああ!?〟

〝マジかよすげええええ!〟

〝おめええええええええ!!〟

〝色蓮ちゃんまた快挙じゃん!!〟

〝初心者の癖に快挙連発して誇らしくないの!?〟

〝今回はホントに駄目かと思ったぞぉおお!〟

〝あかん涙出てきた〟

〝同接伸びえぐいってぇ!〟


〝@覇星斧嶽:よくやった。偉いぞ〟


〝覇星様が超デレたwww〟

〝これはデレデレにもなる〟

〝おう今更出てきてなんの用やあんたぁ!〟

〝マジでおま、貴方様ねぇ、ちゃんと褒めてやらんと駄目よぉ!?〟

〝あーたのせいで恐れと怒りと感動が同居してるんだけど!〟

〝微妙に罵倒言えないの草〟

〝今回はもっと褒めて!!〟

〝頭よしよししてあげて!〟


 ……そんなことはしない。嫌がられたしな。


 色蓮は疲労からかその場に倒れ込み、両腕を天に突き上げる。


「――ぶい!!」


 その顔は、達成感と喜びに溢れていた。




【Tips】第六感


 ステータスには現れない、探索者だけが持つとされる第六の感覚。

 その正体はこの世界に満ちる微弱な「魔力」の流れを直接的に感知する能力だと考えられている。


 熟練した探索者はこの感覚を研ぎ澄ませることで敵の気配を察知したり、モンスターの殺意を予見したり、あるいは今回のように、五感を騙す幻覚の「本質」を見抜くことができる。


 しかし、この感覚、地上の常識や五感に頼っている間は決して覚醒しない。

 レベルが上がれば上がるほど、第六感に覚醒する確率が高まる。

 

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