第17話 詰みイベント始めました
「え? 罠?」
色蓮がそう呟いたのと同時に五感を研ぎ澄ませ、眉根を寄せて首を傾げる。
「……何も変わってないっスよ?」
その感覚は概ね正しい。
“なにも変わらない”という恐ろしい罠なのだから、当然だ。
〝おいおいまさか……〟
〝知っているのか雷〇!〟
〝迷幻樹海か。恐ろしいもんに掛かったなぁ〟
〝めっちゃ迷いそうな名前やんけ〟
〝めっちゃ迷う罠やで〟
「迷幻樹海? 迷う? 今更でしょう。ウチはここに来た瞬間から迷ってるっスよ。先輩に無理矢理連れて来られたので」
〝たしかにw〟
〝せやな〟
〝目的はレベルアップだしな。これまでも特に三層とか目指してないやろ〟
〝覇星様タクシーがあるし問題なくね?〟
〝世界一豪勢なタクシーやんけ〟
誰がタクシーだ。そんな遅くない。豪勢ではないけど。
ともあれ、ことはそれだけでは終わらない。
〝あかんあかんあかん、迷幻樹海だけはマジであかん〟
〝ダンジョンのルールに等しい罠やぞ〟
〝ヒント:森羅樹〟
〝ヒント:幻〟
〝ヒント:初級探索者はまず死ぬ〟
〝直球で草〟
〝草じゃないが〟
〝《迷幻樹海》。幻につつまれて前後不覚に陥り妄言や色々なもん垂れ流しながら死ぬ。意識清明時間は約四時間。その空間に居ればいるほど汚染度が高まるのですぐに抜け出すことを推奨。但し迷幻樹海からは逃げられない。Byダンジョンウィキ〟
〝そのうちこのコメントも見れなくなる〟
〝@覇星斧嶽:最後のアドバイスだ。探索者としての感覚を覚えろ〟
立て続けのコメント、それと俺からの最後という言葉に、色蓮の顔が真剣味を帯びてきた。
すぐに気を引き締めるように頬を叩く。
「ぼさっとしてる時間はないってことっスね。とりあえず動きましょう」
色蓮はマジックバッグから小さな石を取り出して、蹴って掘った穴に無造作に捨てた。
「《道標》をここに埋めていきます。こいつをコンパス代わりにして脱出しましょう」
〝頭いい〟
〝なんでも持ってるなぁ〟
〝道標とはなんぞや〟
〝数時間限定だけど常に《道標》の位置を把握できる人工魔道具や。拠点を見失わないようにする為によう使われるな〟
〝高いぞ〟
〝探索者用品だからね、仕方ないね〟
なるほど、人工魔道具か。
試したことはないので分からないが、さてどうなるか。
「ん、モンスターが」
言うが早いか、色蓮はその場から跳んだ。
蔦蛇の体が間一髪、足首に巻き付かれるのを回避する。
「邪魔!」
樹木の枝に降り立った色蓮が流れるように矢を放つ。
蔦蛇が空中で体を九の字に曲げて地面に落ちた。
これで終わり、などと甘くはない。
「――またっ」
今度は《影渡り》を駆使した緑影狼に背後を取られる。
その場で宙返りをして緑影狼の爪を避け、逆に背後をとった色蓮が空中で矢を放った。
倒すことには成功したが、無理のある空中での動きに体が付いていけていない。
着地に失敗し、変に手首を捻っていた。
「ポーションだって無限にあるわけじゃないんスよ、もうっ」
〝色蓮ちゃんも強くなったなぁ〟
〝二層の連携に初日で対処するとは恐れ入る〟
〝一応緑影狼は強い部類のモンスターなんやけどね〟
〝着地には失敗してたけどな〟
〝着地には失敗したね〟
〝着地くらいええやろ!〟
「着地くらいいいでしょ! 次はもっと上手く——」
一息ついていた色蓮だが、すぐに目を見開いた。
バリバリバリバリバリバリッ
まるでヘリコプターのような風切音に、色蓮の顔が引き攣っていく。
「ア――鉄嘴鳥っ」
鉄嘴鳥は二層において、森鬼と並ぶ脅威として恐れられている。
全身が鉄でできた時速二百キロで飛ぶ鳥。それだけならばレベル20を越えた探索者単体で対処可能だ。
それなのに奴らが脅威である理由は、ひとえに群れる。
それも五羽十羽ではなく、三十羽以上。
「――む、むり!」
脱兎のごとく逃げ出した色蓮に、鉄嘴鳥が追いすがる。
そもそもの速度が違う。どれだけ早く気付いたとしても気付かれた時点で逃げるのは不可能だ。
「おかしいでしょうこれ⁉」
ああ、おかしい。
それがダンジョンというものだ。
……俺も死ぬかと思ったしな。
〝やばいやばいやばい!〟
〝鉄嘴鳥の群れは逃げ一択でしょ!〟
〝いや逃げられんねこれ〟
〝鉄嘴鳥から逃げるにはレベル50はいるでしょうよ〟
〝というか木登りしてないのに理不尽じゃね?〟
〝ヒント:迷幻樹海〟
〝これは覇星様案件〟
〝いや、空中じゃ無理でも下なら勝ち目はある〟
「下なら勝ち目⁉」
コメントを反芻した色蓮だが、今は逃げるだけで精一杯だった。
枝から枝に飛び移り、背後からの風切り音を頼りに身を捩る。掠っただけで裂ける翼を布切れ一枚分かわした。
しかし立て続けに襲われればいつかは捕らえられてしまう。現に、色蓮の体には無数の裂傷が見受けられた。
「――やばっ」
着地に失敗し、色蓮の体が枝から滑るように空中に投げ出された。
その隙を見逃すほど鉄嘴鳥も甘くはなく、代名詞である嘴をドリルのようにして色蓮に突貫する。
しかし――幸運だった。
一つ。生木ゆえに柔軟性と耐力があったこと。
一つ。色蓮が乗ってもびくともしない程度には太い枝であったこと。
そして、鉄嘴鳥が、色蓮の頭を狙っていたこと。
これらの要因が組み合わさり、鉄嘴鳥は自らの嘴を枝に突き立て、貫通目前で動きを止めた。
「――《ブレイクショット》!」
空中で放った色蓮の矢が、枝を粉砕しながら鉄嘴鳥に直撃する。
その威力は凄まじく、鉄嘴鳥の体を貫通し、絶命させた。
「なるほど……これを繰り返せばいいんスね」
無軌道に逃げていた色蓮が、明確な意図をもって動き出す。
太い幹。
張り巡らされた枝。
絡み付く蔦。
それら自然物を有効に利用し、確実に鉄嘴鳥の数を減らしていく。
……戦い方が上手くなってるな。
これまで色蓮は自分の力のみで戦闘に勝利してきた。それは良くいえば地力があり、悪くいえば不利な状況で詰む可能性が高かった。
だが、ここにきて環境を利用する方法を急速に学んでいる。
ダンジョンに才能はないが、それでも戦闘センスというのは確かにある。
……二層の時の俺よりかは、センスがあるな。
「——ラスト!」
土煙を起こして目を潰した後、彼女は最後の鉄嘴鳥を撃ち落とした。
〝おぉおおおお!!!〟
〝かっけええええ!!〟
〝二層一日目で鉄嘴鳥を落とすとはたまげたなぁ〟
〝無我夢中でも中々できることやないよ〟
〝うーん、レベル100から見ても良い戦い方〟
〝これは切り抜き不可避〟
「ありがとうございます。おかげでレベルが二つも上がったっス。アクティブスキルは残念ながら覚えてないっスけどね」
〝レベル二つか、早いなぁ〟
〝やっぱ鉄嘴鳥は経験値効率ええなぁ〟
〝倒すのは困難やけどな〟
〝しゃーない、アクティブスキルは節目で覚えるもんや〟
〝アクティブスキル覚えたらもっとペース上がりそう〟
色蓮が機嫌良さそうにステータスを閉じる。
「鉄嘴鳥との戦闘で《道標》からも大分離れたんで、案外あっさりと抜け出せるかもしれないっスね。というか、実はもう抜け出してたり?」
〝だといいね〟
〝そうかもね(意味深)〟
〝これ言ってええのかな、覇星様〟
〝攻略情報じゃなければええんやない?〟
〝有識者ニキ多くて草〟
〝色蓮ちゃんの配信は高レベルの視聴者率が高い〟
〝そら(覇星様がおるし)そうよ〟
〝油断しない方がいいよ〟
「必要以上に悲観する必要もないっスけどね」
そう笑いながら、しかし追い立てられるようにに樹海を走る。
個人差はあるが、迷幻樹海で意識を保っていられるのは約四時間。既に一時間近く経過している。
本人にしかわからないレベルで、兆候は出ているのかもしれない。
色蓮は額に汗を流しながら足を動かし……ふと、止めた。
「……あれ?」
倒れた蔦蛇の死体に、緑影狼の死体。無数の鉄嘴鳥の死体もあった。
細かい点をいえば、割れた木の皮や折れた枝など、全てに既視感がある。
そしてなにより、色蓮が蹴り込んだ《道標》ですら、そこにはあった。
「な、なんで……」
〝……やばくない?〟
〝だからやばいよ〟
〝いや意味分からんやろ、道標やぞ。あれ高いじゃん〟
〝高いからって常に有効とは限らんぞ〟
〝色蓮ちゃん大丈夫か?〟
……やっぱりこうなったか。
仕方ない。ダンジョンは時に理不尽なものだ。
「……まだっス!」
気勢を上げ、色蓮が脱出に向けて走りだそうとした。
しかし、その足を絡め取ろうとする影が迫る。
「蔦蛇……っ!」
その場から跳んだ色蓮は、躍りかかる蔦蛇を矢で射抜いた。
「緑影狼!?」
背後から迫る緑影狼を宙返りで躱し、射殺す。
〝おいこれ〟
〝あかんやろこれ。もうアレじゃん〟
〝すげーデジャヴ〟
〝やめてくれ〟
〝まさかまた?〟
〝やめろやめろ〟
〝ダンジョン怖すぎる〟
コメントの言う通り、焼き直しだ。
焼き直しということは、この後は当然アレがくる。
「……鉄嘴鳥っ」
無数の風切り音で空気を裂きながら飛来する、鉄嘴鳥。
その個体の数は前回と同じ、三十六羽。
色蓮もまた、頬を引き攣らせて樹海を駆けた。
【Tips】迷幻樹海
主に森林系の階層に存在する森羅樹により、ごく稀に発生される広域・精神干渉型の領域系トラップ。
一度足を踏み入れた探索者は、自らが罠に嵌ったことにすら気づかないまま死に至ると言われている。
その効果は、二段階に分かれる。
第一段階は、「空間の強制ループ」。
術中に陥った者は、どれだけ進んでも必ず元の場所に戻されてしまう。物理的な脱出は不可能である。
第二段階は「悪意あるモンスターの強制召喚」。
ループに囚われた犠牲者の体力を削るように、領域内のモンスターが繰り返し、そして執拗に襲い掛かる。
しかし、この罠の真の恐ろしさは――――




