第16話 ご利用は計画的に
探索者としての感覚に慣れてきた色蓮は、二層のモンスターを危なげなく倒すことに成功し始めた。
勿論最初から完璧にいく、などということはない。
時には木隠れゴブリンだと思っていたのが緑影狼の群れで、あえなく敗走、という事態も普通に起こった。
だが、致命的な間違いだけは消えたといってもいい。
「……こっち、足音が大きいっスね。迂回しましょう」
およそ百メートル先の森鬼。
探索者として五感を研ぎ澄ませた色蓮には、その足音すらも聞こえている。
そうして強敵を確実に回避し、木隠れゴブリンや蔦蛇などの比較的倒しやすいモンスターを倒し続け、色蓮はレベルを上げた。
「レベル20っスね……一つの山場を越えた、ということでいいでしょうか」
〝おめ!!〟
〝はっやwww〟
〝初期はレベルが上がりやすいけどそれにしても早い〟
〝適正レベル以下での攻略は経験値効率バカ良いよ。マジで推奨されんから暗黙の了解として知られてるだけやけど〟
〝レベル20は初級探索者が目指す一つのゴールやからね〟
〝レベル20=一階層攻略〟
〝おや?〟
〝あれれ、おかしいぞぉ?〟
〝ほんまにおかしいんだよな……〟
「ま、まぁ、それは別にいいとして……」
色蓮が言葉を濁して視線を逸らす。
なんだ、言いたいことがあるなら言ってもいいんだぞ。
というか、俺の時には適正レベルなんてなかった。正確には俺しかダンジョンに潜ってなかったから、階層ごとにレベルキャップが設定されていることすら知らなかった。だから進める時に俺は進んだ。急ぐ理由もあったしな。
結果として、俺が一位だ。誰にも文句は言わせない。
色蓮は軽く咳払いをして、その話題から避けた。
「レベル20に上がったことで、ウチもアクティブスキルを覚えました。使用武器は当然弓で、名前は……《ブレイクショット》と《ラピッドファイア》っス」
〝二つ!? 〟
〝おいおいおいおい〟
〝しかもどっちも有用な弓スキルやんけ〟
〝ティアいくつ?〟
〝有志が作ったランキングではどっちもティア1〟
〝ほえ〜すごーい(小並感)〟
〝あくまで初期スキルだけの評価だけど、それでもすごい〟
「そうなんスか。けど、相変わらずウチの《星環陣》は使えないままなので、なんか素直に喜べないっスね……」
……まだ使えないのか。
ということは、そのスキルのキッカケはアクティブスキルが解禁されるレベル20ではなく、何かしら特殊な条件がいるということになる。
大体予想は付くが、こればっかりは想定の域を出ないので色蓮が自分で気付くしかない。
「とりあえず、今使えるスキルの使用感を試していきましょうか。無いものねだりをしても仕方ないっスからね!」
色蓮は気分を切り替えるようにそう言うと、さっそく感覚を研ぎ澄ませるのに集中した。
「……うん、緑影狼の個体、そこまで数は多くないっスね。レベルも上がりましたし丁度いいっス」
風に混じるわずかな獣の臭い。
それに敏感に反応した色蓮は、木々の合間を飛ぶように駆けた。
太い樹木の枝に降り立ち、見下ろすと四匹の緑影狼がいる。
風下にいたという幸運もあったが、二層の中でも気配に敏感な緑影狼相手に先手を取れたのは大きい。
〝すっかり熟練者みたいな動きしてるw〟
〝これで三回目の配信てマジ?〟
〝マジやで(古参面)〟
〝最初の頃は同接一万で奇声上げてたで(最古参面)〟
〝それが今はこんなに立派になって(;_;)〟
少し顔を赤くした色蓮が、口元に指先をもっていった。
集中は切らしていない。
「……せっかくなので、初手からいきますか」
色蓮が弓を構え、矢をつがえ、弦を引いた。
初めて使うアクティブスキルに緊張しているのか、動作がいつも以上に丁寧だ。
そして、呟く。
「《ブレイクショット》」
轟音が鳴った。
真っ直ぐに放たれた一射は、風を裂き、緑影狼の一体を軽々と貫通した。そのまま下草を薙ぎ、土を抉る。鏃だけが地面に突き立ち、残りは熱で煙になって消えていた。
緑影狼の二メートル近い体躯が、大きく音を立てて倒れる。
〝wwwwww〟
〝すっげwww〟
〝あーこれだわ、ワイが探索者の配信を見る理由〟
〝なんか一瞬でスカッとしたわwww〟
〝大弓使った時より威力高くて草〟
〝そら(スキルやから)そうよ〟
「お、おお……なるほど、これがスキルの力。自分で使ってて怖いくらいの威力……と、のんびりしてる暇はないようっスね」
色蓮の背後――正確には、彼女の影から飛び出した緑影狼の噛みつきを、色蓮は枝から前転しながら飛び降りてかわした。
緑影狼は深緑の毛皮を持つ迷彩色の狼、だけではない。
二層で最も強力と言ってもいいスキルである《影渡り》を持ち、かつ連携力も優れたモンスターだ。一匹倒しただけでいい気になるには早すぎる相手といえる。
その証拠に、飛び降りた色蓮を待ち構えるよう二匹の緑影狼が爪と牙を剥き出しにしていた。
「《ラピッドファイア》」
空中で急な移動はできないが、それでも矢を放つことはできる。
そう言わんばかりに、色蓮は目にも止まらぬ速さで連続して矢を放った。
……計九発か。
空中で狙いが定まらない、どれだけ連射できるのか試してみたくなった。
恐らくどっちの理由でもあるだろうが、色蓮は二匹の緑影狼を一瞬で殺した。そのまま死体を緩衝材代わりにして地面に降り立つ。
「こっちの方が普段使いには良さそうっスね」
色蓮は笑みを浮かべ、残りの一匹を《ラピッドファイア》で蜂の巣にした。
「よし! この調子でどんどんいきましょう!」
〝@覇星斧嶽:あんまり調子に乗りすぎるなよ〟
「問題なしっス! 今のウチなら森鬼と遭遇してもなんとか逃げられる気がしてるんで!」
……そういう意味で言ったわけではない。
〝あ……(察し)〟
〝オチが見えてきたw〟
〝これ言った方がいい?〟
〝覇星様が言わないならええやろ(適当)〟
〝探索者ニキ達こっそり教えて!〟
「なんスか皆して。大丈夫っスよ、スキルの使い方も性能も掴んだので。さすがに森鬼云々は冗談スから。でもあれっスね、なんか……まぁ平気でしょう!」
コメントのノリはからかいだと思ったのか、色蓮が笑いながらそれらを受け流した。
……好きにさせよう。
誰かに教えられるより、一度体験した方が身に付くのは早い。
「スキルを覚えたウチに、敵はなし!」
分かりやすく調子に乗った色蓮が、宣言通りハイペースで攻略を開始する。
…………。
そして、一時間後。
案の定、色蓮はヘロヘロになって木にもたれかかっていた。
「……な、なんで、もう、つか、れた……?」
それもある。
色蓮は約六時間近く、飲まず食わずで2層の探索を続けている。いくら探索者は体力が上がるといっても限度というものはある。正直よく持っていると言ってもいいくらい色蓮は動けている。
だが今にも気絶しそうなほど、ヘロヘロになる動きではない。
一番の理由は、そう、
〝SP切れ〟
〝SP切れきたwww〟
〝知 っ て た〟
〝探索者やないワイでも知ってることやでw〟
〝色蓮ちゃんはフリの回収がうまいなぁwww〟
「S、P……? そんなの、ステータスには……」
〝ないよね〟
〝無くても想像付くでしょwww〟
〝そんな強力なスキルが使い放題なわけないんだよなぁ〟
〝SPてのはワイらが勝手に呼称してるだけやけど、実際それに近い感じで何かが減ってく感覚なかった?〟
「……それは、その……」
……今はSPと呼ぶのか。
俺は勝手に気力と呼称していたが、まぁ呼び方なんてどうでもいい。
アクティブスキルは魔法と違い、МPを消費せずに使うことができる。
だから使い放題だと勘違いしてしまいそうになるが、当然そんなわけがない。
戦闘全てにスキルを使いまくった色蓮は、現にこうして立てなくなってしまった。
「……あ、駄目っス、もう、無理……」
〝ぐへへ〟
〝ぐへへ〟
〝ぐへへ〟
〝下衆コメ多すぎ草〟
〝SPは自覚しないとわかりにくいからね、初回は大体こうなる〟
〝これちょっとやばない?〟
「す、すみませ……せん、ぱい……」
そう言い残して、色蓮が気を失うように目を閉じた。
……そんなことさせるわけないだろ?
俺は色蓮の腹の上に、頭大ほどの石を転移させた。
「――ぐぇ!?」
〝草〟
〝草〟
〝やると思ったわwww〟
〝絶対やると思いました〟
〝@覇星斧嶽:飲め〟
この程度の衝撃では気力切れはどうにもならない。俺は色蓮の口元にスキルポーションを転移させる。
意識が朦朧としている色蓮は黄色く光る液体を気にせず、それでも怠さから緩慢な動作で飲み干した。
「……あれ?」
目をパチパチと瞬き、色蓮が一瞬で覚醒する。
〝@覇星斧嶽:スキルポーションだ。持ってなかったか〟
「あ、はい、すみません。正直何に使うのか分からないものは全く……あ、マジックポーションならあるっスよ」
……馬鹿か?
〝なんで魔法使えないのにマジックポーション持ってんの〟
〝魔法に対する憧れが先走ってるな、使えないのに〟
〝止めて差し上げろ〟
〝覇星様優しい〟
〝スキポ高いよな?〟
〝高い。一千万くらいする〟
〝ひぇ〟
〝探索者専用アイテムは高くなりがち〟
「げっ、そんなするんスかこれ。すみません、帰ったら返します」
〝@覇星斧嶽:構わない。それよりどうする〟
「いいえ返します。この前のフルポーションだって返せてないのに、これ以上はさすがにっ」
……強情だな。
〝@覇星斧嶽:そういう言葉は自分で稼げるようになってから言え〟
〝正論パンチで草〟
〝覇星様常識人で安心する〟
〝ほんまに?(鬼畜の所業を思い出しながら)〟
〝り、理由があるはずだから(震え声)〟
〝家に帰ったら一千万ぽんと出せるのか。金持ち確定だな〟
〝↑今更〟
〝色蓮ちゃん分が悪いよ〟
「ぐ……っ、ありがとうございます……」
そう言って、色蓮は渋々受け入れた。
最初からそうしておけばいい。気持ちはわかるから何も言わないが。
〝@覇星斧嶽:それで、どうする〟
「どうする、とは?」
意味がわからないと、色蓮が首を傾げた。
俺は最後通牒のつもりで再度問いかける。
〝@覇星斧嶽:進むか、退くかだ〟
「進みます。当たり前っスよ」
……即答か。
状況が分かっているとはとても言えないが、言い切られたなら仕方ない。
俺はその意思を優先し、手伝うだけだ。
〝@覇星斧嶽:そうか、ならいい。そこまでの覚悟を持ってるなら、俺から言うことは何もない。引き続き頑張れ〟
「はぁ? えっと、どうも?」
とはいえ、このまま何も伝えず見ているだけなのは寝覚めが悪い。
俺は現実を教えてやることにした。
〝@覇星斧嶽:お前、罠に嵌ってるぞ〟
数多の探索者を死に引きずり込んだ、2層最悪の罠。
《迷幻樹海》
色蓮は知らずの内に、その領域に足を踏み入れていた。
【Tips】SP
MPが「魔術的エネルギー」の総量であるのに対し、SPは、探索者の「精神力」や「生命力」そのものを数値化したものとされる。通称「気力」や「魂力」とも呼ばれる。
主に魔法ではない「アクティブスキル」は、このSPを燃料として発動する。
MPとSPは、車で言えば「ガソリン」と「エンジンオイル」のような関係であり、どちらが欠けても、探索者は正常な戦闘活動を維持できなくなる。
SPが残り僅かになると、探索者は極度の疲労感、集中力の散漫、そして思考の遅延といった症状に見舞われる。完全に枯渇した場合、脳が生命維持のための強制的なシャットダウンを行い、術者はその場で意識を失う。




