第15話 近くにいてほしかったなぁ
二層の探索を仕切り直した色蓮だが、少し残念な結果が続いた。
まず二層をデタラメに探索することを止め、一歩ずつ慎重に動くことになった。そこまではいい。
だが慎重に動きすぎた結果、他のモンスターと全く遭遇しなくなってしまったのだ。
「ん……なんか音がするので避けましょう」
そう言って草木の影に隠れて大袈裟なほど迂回し、その先でまた同じような行動を取っては迂回する。
一応、《蔦蛇》や《木隠れゴブリン》と何回か遭遇し倒してはいるが、それでもレベルを上げるには頻度も数も全く足りていない。それらにしたって索敵漏れが主な原因で、先手は全て向こうに取られている。
やがてしびれを切らした色蓮が二層の全景を探ろうと木の上に登ったのだが、それが本当によくない行動だった。
二層の空中は《鉄嘴鳥》の縄張りだ。姿を見せれば即座に襲ってくる。
加えて奴らの索敵能力は色蓮のそれを越えており、こちらが気付く前に奴らは色蓮に気付いてしまう。そうなればもう後の祭りだ。
色蓮は飛び降りるように木の上から逃げまくり、半死半生でレアポーションを二本も使うほどの怪我を負ってしまった。
得たものは、それだけだ。
「…………」
〝蹲っちゃったよ〟
〝かわいそう〟
〝マジで物音に敏感な小動物に見えてきた〟
〝怯えた表情かわいい〟
〝リョナラーは帰ってくれ〟
〝ドヤ顔の方がかわいいだろ!〟
未知のエリアを探索というのは想像以上に神経を使う。しかもここは一層のように拓けたエリアではなく、ほぼ密林といってもいい地帯だ。
獣道すら無い複雑な足場、体力を徐々に奪う高温多湿な環境、体にまとわりつく羽虫に無視できない毒虫、おまけに食人植物など洒落にならない罠もある。
そして、いつ自分の命を奪うか分からない、モンスターの存在。
二層の探索を開始してから三時間弱。
疲れて座りこむには、十分な時間だ。
「……先輩、まだ見てますか」
@覇星斧嶽:〝見てる〟
「よかった……」
〝ん゛ん゛(咳)〟
〝ワイらだってまだ見てるんやが⁉〟
〝だから唐突にNTR挟まんといて……〟
〝寝てから(ry〟
〝落ち着け覇星様と色蓮ちゃんは師弟みたいな関係なんやそれはこれまでの配信でも一目瞭然だそうだろう⁉〟
〝お前が落ち着け〟
俺が見ているというだけで安心した表情を見せた彼女に、コメント欄が変な邪推で盛り上がった。
同時接続者数は……二十万か。
これだけ見ていれば、色蓮を本気で応援するやつも出てくるか。
「先輩が見ているなら、もう少し頑張れそうです……」
@覇星斧嶽:〝そうか。頑張れ〟
「ちなみに今はどちらに?」
@覇星斧嶽:〝スーパー〟
「――――スーパー⁉」
〝wwwwwwwwww〟
〝草ァ!!〟
〝大草原不可避wwww〟
〝買い物してて草www〟
〝世界一位がスーパーを使ってる事実にワイ、無事腹筋崩壊〟
〝覇星様月収億とかやろwww〟
〝日収でも全くおかしくないんだよなぁ〟
「いやなんで⁉ そこは実は近くにいたとかそういう流れ――あ、今18時か……」
夕食の買い出し。至極当然の理由で、むしろ遅いくらいだ。
それを知った色蓮は、木々に阻まれて空も見えない頭上を見上げる。
「いいな……ウチもお腹空きました……」
マジックバッグに軽食くらい入れてるだろ、と思ったが、匂いにつられてもモンスターは寄ってくる。
色蓮はそこまで自分で考え、控えている。なら、俺が口を挟むべきではない。
「モンスターも夕食時なんスかね。森鬼とか。なら、今がチャンス……」
そこで、色蓮はなにかに気付いたように中空の一点を見つめた。
それ以降微動だにしない彼女に、コメント欄も不穏な空気を感じとる。
……いや、これは。
何が起点になったのか分からない。
だが、今の色蓮は……極限まで感覚を研ぎ澄ませている。
おもむろに弓を取り出し、矢をつがえ――放つ。
「――ギィ⁉」
木々の迷彩柄に扮した《木隠れゴブリン》が一匹、頭を打ち抜かれて地面に落ちる。
射抜いたのは色蓮なのに、なぜか驚いた表情を浮かべていた。
〝すげww〟
〝急に神業見せるやん〟
〝モンスターが夕食とかあたおかな事言った途端にこれは草〟
〝木隠れゴブは迷彩に特化してるから、普通気づけんのやけど〟
〝なにした?〟
「いや、ウチもさっぱり……ただ、そこから息遣いが聞こえてきたので……」
試してみたら当たった、と、色蓮が困惑しながら口にした。
@覇星斧嶽:〝その感覚を忘れるな〟
「え!? ど、どうしたんスか急に!?」
色蓮がまるで、突然性格が変わった家族を心配するような反応をした。
……まあ、少しは自覚している。
@覇星斧嶽:〝どうもしていない。わかったな?〟
「は、はい!」
〝覇星様からの珍しいアドバイス〟
〝色蓮ちゃん緊張してて草〟
〝指導らしい指導は何気に初では?〟
〝ほんまやww初やんけwww〟
〝草〟
〝いやどういうことだってばよ〟
〝色蓮ちゃんワンコみたいでかわいい〟
〝正解引けて嬉しいのかな?〟
「うるさいっスよそこ! 余計なこと言うの禁止!」
言い終えてから、色蓮が少し唇を尖らせる。
噛みつきながらも、どこか嬉しそうな表情が隠せていない。
……一回成功したならいいか。
@覇星斧嶽:〝レベルを得ていなかった頃の感覚は捨てろ〟
「感覚?」
@覇星斧嶽:〝ステータスには反映されない五感だ。意識を変えろ〟
「意識を変える……」
レベルが1上がるだけで、探索者は常人から離れた存在になっていく。
力や敏捷というステータスがその最たる例だ。レベル1からレベル10では、数値が8倍から10倍ほどの開きがある。それだけ離れていればもう人外と言ってもいい。
それは、ゲーム的なステータスだけに限った話ではない。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚。
これらも人外になっていなければ、おかしいだろう?
「…………」
肩に余計な力が入り、呼吸が浅くなるのが分かる。だが数秒の静止のあと、少しずつ全身から余分な緊張が抜けていった。
――何かに耳を澄ますように、色蓮が微かに首を傾ける。
俺にとっては配信越しでも分かるが、わずかな空気の流れ、遠くで水滴が落ちる音、獣の匂いにまで意識を研ぎ澄ませているのが見て取れた。
周囲を“本当に”感じ取ろうとしている。
それまでの自分に頼らず、レベルが引き上げた感覚を無理やり使おうとしている。
少し前までなら絶対に気付けなかったはずの微かな気配に、色蓮のまつ毛がピクリと反応した。
「……いる?」
色蓮が目を瞑ったまま弓を引き、目を開いた。
……当たったのはモンスターでも何でもない蛇だった。
「違う……」
ブツブツと小さな言葉を繰り返す色蓮が、今度は目を開けたまま一切の動きを止めた。
五秒、十秒。
時間にしておよそ一分もの長い間、色蓮は一ミリも微動だにしていない。
それは呼吸すらも止めている言っていいほどであり、実際に止まっていた。
……一つずつでいい。
これまで常人の感覚で過ごしていたやつが、探索者の感覚に慣れるというのは非常に難しい。人が翼を手にしたところでいきなりは飛べないのと同じだ。足だって立てるようになるまで何ヶ月も掛かる。
だから一つずつだ。しかし急げ。
聴覚の次は視覚。
慣れない感覚に慣れるまで待ってくれるほど、ダンジョンは優しくない。
「……――っ!」
――連続六射。
息を止め、目を開き続けることおよそ三分。
……成果は、上々だった。
色蓮を包囲するように展開していた木隠れゴブリンの集団が、断末魔の叫び声を上げる間もなく絶命している。
〝おおおおお!? 〟
〝覚醒したw〟
〝マジで人外やんけ……〟
〝おーすごいわ、理解するの早い〟
〝ワイ探索者、これ地味だけどマジで凄いよ〟
〝あかん嫉妬に狂いそう〟
〝二発外してるw〟
〝二発なんもないとこにうってるぞw〟
「ぐ……っ」
色蓮は外したことを恥ずかしがるように顔を伏せたが、すぐに真面目な表情を浮かべる。
「しかし、木隠れゴブリンが意外といたっスね。もしかしてこれまでも?」
〝せやで〟
〝ずっと尾けてたと思われる〟
〝あいつら知能高い〟
〝色蓮ちゃんが疲れて眠るとか、油断した隙に殺すのが木隠れゴブリンや〟
〝二層のゴブリンは初手で殺してくるから気ぃつけて〟
〝覇星様に睨まれたくないから言わんかったけど、気付けて安心したわ〟
「なるほど。つまり、ウチは奴らの術中にまんまとハマってたってことっスね。というかコメント欄が素直で気味悪いっス」
〝草〟
〝何だてめぇ……っ〟
〝……キが〟
〝わからせオラァ!〟
〝覇星様やっちってくださいよ!〟
〝先生お願いします!〟
コメントのノリはともかく、概ねその通りだ。
このままだったら色蓮は遠からず死んでいただろう。
もちろんそこまでは俺がいかせないが、死の一歩手前までなら許容範囲だ。
けれど、もうその窮地は抜け出した。
「ですが、もう大丈夫っス。今度こそ、ウチの快進撃をお見せしましょう」
最初の頃のような勢い任せの言葉じゃない。
自分で二層を歩くコツを掴んだからこその自信が、色蓮の表情にも言葉にもにじんでいた。
……まぁ、二層はそんなに甘くないけどな。
ゲームで言えば、色蓮はチュートリアルを終えたばかり、といったところだ。




