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第12話 まだ臭うかな……?


 土曜日。十四時。

 配信開始まで残り一分ほど。

 待機画面に映る同接数は最初から5万人を超えている。


 前回は同接一万人で顔を青褪めさせていた色蓮だが、今日はやけに楽しそうに鼻歌まで歌っていた。


「随分機嫌がいいな」

「そうっスか? 先輩の家のお昼が美味しかったからっスよ、きっと」

「そういやいたな」


 自然過ぎて気づかなかった。

 学校から唯愛と一緒に帰ってきたせいで、なんか当たり前のように飯を作ってしまった。唯愛の他の友達と錯覚したのかもしれない。


 ……似たようなもんだしいいか。


「機嫌が良いのは、それだけが理由じゃないっスけどね」

「というと?」

「ウチが探索者になるのをパパがようやく認めてくれたんスよ。渋々でしたけどね。前まではレベル10を越えたら自衛として十分だ、とか言って反対してたのに」

「なんだ、反対されてたのか」

「ええ、まぁ。えっと……黙っててすみません」


 色蓮がバツの悪そうな顔で謝る。

 捉え方によっては俺を共犯にしたようなものだから、その居た堪れなさはなんとなくわかる。

 だが、本当にバツが悪いのは俺のほうだ。


 ……責任は俺の方が重い。


 どっちから話を持ちかけたとか関係ない。手伝う以上は筋を通す。それが人としての当たり前だろう。

 そんな重要なことは、後回しにするべきじゃなかった。

 そう、昨日、雷蔵と話して思った。


「……」

「わ、ちょ、なんスか、髪乱れるっ」


 色蓮が嫌そうに俺から離れた。

 唯愛にするように頭をガシガシ撫でたのだが、不評なようだ。


「気にするな。それより配信時間過ぎてるぞ」

「――あ! やばいやばい!」


 色蓮が慌ててUIをタップして、配信を開始させる。


「こ、こんハスー。いろはすチャンネル始まりまーす」


〝こんハスー〟

〝こんパスー〟

〝知らぬ挨拶だがこんハスー!〟

〝今日はあまり噛まずに言えたね〟

〝えらい〟

〝いきわれ!〟

〝マジで心配した〟


「ご心配をおかけしました。でもすっかり元通りなんで安心してください。あ、臭いも当然消えてます! というかそれは最優先で消しました!」


〝草〟

〝臭〟

〝臭くねぇから!〟

〝絶対いい匂いするぞ〟

〝そんなこと言うお前には嗅がせてやらないから〟


「いや誰にも自発的に嗅がせる気はないっスよ!?」


 確かに色蓮の防具は新品みたいに輝いている。おそらく何らかの人工魔道具を使って綺麗にしたのだろう。

 ダンジョン内はもっと過酷だから臭いがどうこう気にしてなかったが、やはり女性としては気になる要素らしい。


 ……別に考慮はしてやらないがな。


〝今日もレベル上げらしいけど何するん〟

〝無難にゴブリン集団かな?〟

〝てことは覇星様のザコラッシュ?〟

〝あれはあれできつそうやわ〟

〝ゴブリン集落リベンジと予想〟

〝流石に痛い目見たしないでしょ〟


「ふふん、勘のいい視聴者がいるっスね。その通り! ゴブリン集落リベンジっス!」


 色蓮の宣言に、コメント欄が沸き立った。


〝速報、色蓮ちゃん勇者だった件〟

〝おいおいおいおいwww〟

〝死にかけたの忘れたんかwww〟

〝なんでわざわざ無茶するん……?〟

〝もしかして撮れ高気にしてる?〟

〝あんたこそエンターテイナーや!!〟

〝リベンジ配信とはわかってる〟


「あ、別に撮れ高とかそういうのは気にしてないっスよ。単純に挑む必要があると思ったから挑むだけっス」

 

〝覇星様に強制されてない?〟

〝力になるからいつでも相談して〟

〝↑覇星様より力になれるの?〟

〝そんな無茶しなくても十分高レベルになれるよ〟

 

「……ありがとうございます。強制とかは一切されてないのでその心配はいらないっス。単純にウチがリベンジしたいだけっスよ。負けっぱなしはいやなので」


 そう、集落へのリベンジは俺が決めたことではない。

 色蓮が自発的に決めたことだ。


 それが一番重要だと、俺は思っている。


〝やっぱ無茶でしょ〟

〝ソロなのがつらい〟

〝仲間とか募らんの?〟

〝ギルドに入れば安全だよ〟


「あー、ギルドっスか」


 色蓮が困ったような顔で頰をかいた。


 確かにまともなギルドに入れば安全にレベルを上げられるだろう。有名どころは俺も知っているが、そういうのは総じて中レベルを量産している。


 だが、そこまでだ。


「あの、いい機会なので言っちゃいますと」


 色蓮が配信画面の向こうにいる視聴者に向けて、ほんの少し姿勢を正す。

 言葉を選ぶように一拍置いてから、まっすぐ画面を見据えた。


「ウチは誰ともパーティーを組むつもりもなければ、ギルドに入るつもりもありません。ギルドのお誘いとかがダイレクトメールで届いてますが、必ずお断りするので止めてください。これは予定ではなく、絶対です」


〝なんでや??〟

〝ギルドはわかるけどパーティーは必要やろ〟

〝今どきソロなんて物好きか厨二だけだぞ〟

〝悪いことは言わん、パーティーは組んどき〟

〝二層以降はマジでパーティ必須だぞ〟

〝安心して色蓮ちゃんの配信が見たい〟


 心からの言葉に、色蓮がまた困ったように頬をかく。

 しかし、すぐに口を開いた。


「先輩がいるのに、パーティーが必要ありますか?」


 ……さて、な。


 一つだけ言えることは、パーティーなんか組んだ時点で俺は手を離す。

 それだけだ。


「というわけで、理由はどうあれ、ウチは誰ともパーティーを組むつもりもなければギルドに入るつもりもありません。そういうことでいいっスね?」


〝おけ〟

〝しゃーない〟

〝至極当然の理由〟

〝ギルドやパーティに誘導してたやつら全員黙って草ww〟

〝まず覇星様の支援が並のパーティーより有益やからな〟

〝絶対に死は回避してくれるだけでお釣りがくるレベル〟

〝それよ〟

〝それ強すぎる〟

〝やべぇな、反論できない〟

〝無茶なレベリングし放題やん〟


 ……確かにそれだけは回避するが。


 それを前提に動かれても困る。


 俺が口を挟むべきか悩んでいると、色蓮が小さく首を傾げた。


「まぁそうかもしれないっスけど、ウチは痛いのも嫌なんで普通に慎重に動くっスよ? 誰が好き好んで危ない橋を渡るんスか」


〝せ や な〟

〝???〟

〝5分くらい前の発言もう忘れた?〟

〝そう、ですね(?)〟

〝はぁ(納得いかない顔)〟


「な、なんスかみんなして。別にゴブリン集落の攻略は無茶じゃないっスよ! それを言うならレベル10で二層に行く方が無茶でしょ!? ねぇ先輩!?」


 ……俺に矛先を向けるな。


〝@覇星斧嶽:もう行け〟

「あ、ちょ、面倒になったからってそれはな、」


 色蓮をゴブリン集落の目の前に転移させた。




 唐突な転移にも慣れたのか、色蓮が諦めたように溜息を零す。


「……いいっスけどね。移動が楽だし」


〝草〟

〝お家芸みたいになってて草〟

〝すっかり雑談配信の気分だったけどもう集落か〟

〝少しは気持ちの整理させて……〟

〝というかマジで挑むのか〟

〝今回もう○こ?〟


「今回はう……、えっと、コホン。それは使いません。というか前回はやり方を間違えました」


〝言えないのかわいい〟

〝きっと卑猥な言葉はもっと言えんのやろな……〟

〝↑キモ過ぎ自重しろ〟

〝やり方間違えたってなんで〟

〝途中までかなりいい感じだったけど〟


「ええ。ですが結局、ゴブリンヘッドには負けたでしょう?」


 色蓮が事実としてはっきり言った。

 そこに悔しさも、卑屈さもない。


「ウチはゴブリンヘッドに勝てません。前回のあれではっきり分かりました。どれだけ頑張ったところで勝てないと。もう白黒付いちゃってるんスよ」


 ならどうして挑む、と思ったが、最初に言っていたな。

 負けっぱなしは嫌、だったか。


「でも絶対にゴブリン集落は攻略したい。ならどうするか、ウチは考えました。そして一つの答えを得たんスよ。つまり――戦う前に殺せば勝ちだ、と」


 そう言って不敵に笑った色蓮が取り出したのは――弓だった。

 前回使っていたショートボウとは比べものにならない。全長が身の丈ほどもある、馬鹿げたサイズの大弓だ。


 一見すれば木製の弓だが、ところどころに不自然な光沢のある金属が埋め込まれ、握り部分には人工魔道具らしい淡い紋様が浮かんでいる。

 全体のバランスも独特で、通常の弓の常識では到底引けないほど張力が強く、扱うだけで相当な膂力が必要だと一目で分かった。


 ……また、随分なゲテモノを出してきたな。


「こいつで射殺します。それで終わりっスよ」


〝やっべwww〟

〝また高そうな武器だなw〟

〝こんなんありww?〟

〝いやマジでありなの?〟

〝卑怯やない?〟

〝どうなんですか覇星様!〟


〝@覇星斧嶽:なんで駄目なんだ?〝


〝あ、はい〟

〝すみません〟

〝おっしゃる通りで〟

〝(覇星様がええ言うたら)ええか〟


 実際何が駄目なのか分からない。

 正規の攻略云々言うならそもそも正規なんてないし、高価な武器を使うのが駄目というなら最初から色蓮は駄目だ。そしてそんなルールは存在しない。


 人によって適正武器が違うように、色蓮には色蓮のやり方がある。それを有りか無しかで分けることは誰にもできない。


 ……それに、上手くいくかは別の話だ。


「……ゴブリンヘッドは丁度外に出てるっスね。なんて都合が良い」


 色蓮が目を眇めて目標を確かめる。確かにヘッドは中央広場に陣取って飯を食べていた。


 ゴブリン集落は意外と広い。円形に広がった敷地は、直径一キロほどあるだろうか。


 臭い消しはしていない以上、近づけば即座に気づかれる。


 つまり色蓮は、大弓という力を要する武器を使って、最低でも五百メートル以上離れた位置から狙撃を成功させなければならない。 


 これは、レベル14の探索者では至難の技と言ってもいい。


「……」


 色蓮は迅速に移動し、ヘッドを射抜ける位置を確認する。

 補修すらされていない柵の隙間……そこに色蓮は陣取った。

 これだけでも時間は確実に消費している。まだヘッドはのんきに飯を食っているが、この機を逃せば次のチャンスはいつになるか分からない。


〝まずこんな弓引けるんか〟

〝竜でも殺せそうやん〟

〝張力いくつやろか〟

〝目算で4、500キロくらい?〟

〝ひぇ、対物ライフルやん……〟

〝↑一瞬で計算してて草〟


 色蓮が深呼吸を一つしてから、矢を取り出した。ゲテモノの弓には、それ相応のゲテモノの矢が必要になる。

 その矢は、もはや槍と呼ぶ方が相応しい代物だった。

 

 ヘッドが動けば全ては水の泡となる。

 そんな焦りがあってもおかしくない場面だが、色蓮は落ち着き払った様子でゆっくりと弦を引いていく。


「……っ」


 弦を一ミリ引くごとにギリギリと嫌な音が響き、色蓮の腕は限界を訴えるように震え始める。色蓮の額や頬を汗が伝い落ちた。

 張力500キロ。レベル14では引けるかどうか本当に微妙なラインだ。


 ……それでも、色蓮は最後まで弓を引ききった。

 

 骨がきしむ音が聞こえてきそうなほど、全身を総動員している。

 矢先の震えが止まり、狙いが定まった。

 指先に力を込め、息を殺す。


 瞬間――――唸りを上げた。


 距離、およそ500メートル。

 放たれた矢はその空間を一瞬で貫き、ゴブリンヘッドの頭部に直撃した。


 ……弓の音ではなかった。


 空気が裂けるような音に、地響きを伴った衝撃が遅れてやって来る。

 それは、まるで雷が落ちたかのような強烈な一撃だった。


 ヘッドは座ったまま盛大に吹き飛ばされ、肉片を撒き散らしながら地面に沈む。


 その頭は、もうどこにもない。


〝やっっっっっ!?!?!? 〟

〝まじかよおおおお⁉⁉〟

〝やべええええええ!!!〟

〝神かよwwwwww〟

〝やるね〟

〝色蓮ちゃんすごすぎんごwww〟

 

「……ふ、ふふん。どんなもんスかっ」


 やりきったように大の字に転がった色蓮に、俺はコメントする。


〝@覇星斧嶽:立て。次がくるぞ〟

「……へ?」


 角笛の音が連続して響き渡り、すぐに銅鑼の音まで加わった。

 幾重にも重なった足音が、慌ただしくこちらへ近づいてくる。


〝@覇星斧嶽:倒せ〟

「…………」


 頭を潰しただけで手足は残っている。

 なら、全部潰さないとな。


〝相変わらず鬼畜www〟

〝それでこそ覇星様やわwww〟

〝最早見慣れた光景〟

〝色蓮たんがんばえー〟

〝草〟


 色蓮は無言で大弓を片付けて、代わりにショートボウを取り出した。

 その目は少し泣きそうだったが、見えなかったことにしてやった。

 




【Tips】ダンジョンのことわり


 ダンジョンは、我々の住む地上とは根本的に異なる物理法則に支配された異世界である。

 そこでは、地上における科学技術の多くがその効力を著しく減退させられるかあるいは完全に無効化される。

 ダンジョンが認めるのは、ダンジョン自身のルールから生まれた力のみ。

 すなわち、モンスターを討伐することで得られる「レベル」、経験の中で目覚める「スキル」、そして、ダンジョン産の素材から作られた「魔道具」。

 これらダンジョンの理に属する力だけが、その世界で「奇跡」を起こすことを許される。


 ……ダンジョン出現黎明期、ある軍事大国がその圧倒的な科学力を過信し、最新鋭の装備で固めた特殊部隊を自国内に出現したダンジョンへと送り込んだ。

 暗視ゴーグル、衛星通信、そして鉄すら容易に貫くはずのアサルトライフル。

 しかし彼らがゲートを越えた瞬間、全ての電子機器は沈黙し、銃から放たれた弾丸は数メートル先で力を失い地面にぽとりと落ちた。

 彼らが最期に見たのは、石斧を構えたたった数匹のゴブリンの群れだったという。

 この「大国の悲劇」以降、ダンジョン攻略の主役が軍隊から「探索者」へと完全に移り変わることになった。


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― 新着の感想 ―
こんばんは。 槍みたいな矢を飛ばすクソデカ弓…破城鎚ならぬ破城弓って感じですね(笑) 昭和時代の漫画『天地○喰らう』で、張飛が同じような木製のデカい弓で敵をまとめてぶち抜いてたなぁ…。
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